第33章 アニメ風
同時刻。東シナ海、旗艦「いずも」。
艦内の作戦室には、耐えがたい重苦しさが漂っていた。原爆増産計画と、原子力空母「ドナルド・レーガン」の出現――二重の衝撃が、乗員たちの胸を圧迫していたのである。
片倉大佐は、即座に沖縄本島の第32軍司令部に連絡を入れた。牛島満大将、長参謀長をはじめとする陸軍首脳に加え、旧海軍からは戦艦大和副長・森下耕作。そして未来から来た自衛艦隊の片倉、神谷、三条、山名――時代を超えた将校たちが、一堂に会する緊急会合が開かれることとなった。
牛島大将の地下司令部。
薄暗い作戦室に並ぶ顔ぶれは、いずれも疲労と緊張を隠しきれない。壁際には簡易な野戦ベッドが置かれ、卓上には冷めた茶碗がいくつも並んでいる。夜を徹して続く作戦会議の苛酷さを物語っていた。
まず片倉が、三条律の解析した最新情報を提示した。携帯端末を簡易投影機に接続すると、米軍の暗号通信記録と、その解読結果が映し出される。
「ご覧のとおりです」片倉の声は静かだが、底に鋭い緊張が潜んでいた。
「米軍は沖縄戦線での予想外の損害を受け、一時的に本島攻略を断念しました。その代わり、原爆の製造数を当初の二発から四発に増強。投下目標は広島、長崎に加え、東京、北九州とされています。実行時期は……二か月後と推定されます」
作戦室を、重苦しい沈黙が覆った。
陸海軍の参謀たちは言葉を失い、互いの顔を見合わせる。原子爆弾――その存在自体が彼らにとって想像を絶する未知の兵器だった。しかし片倉らの情報の確実さと、その口調の切実さが、それが虚構ではなく、国家の存亡を左右する現実だと突きつけていた。
「……原子爆弾」長参謀長が低く呟く。「それがいかなる兵器か我々には想像もつかぬ。だが、本土の四都市を同時に狙うというならば、抗戦能力を根こそぎ奪い去るための最終兵器に違いない……」
言葉の端々に、理解を超えた脅威への恐怖がにじんでいた。
片倉は、さらに画面を切り替えた。そこに映し出されたのは、海面を割って進む巨大な艦影と、その甲板に並ぶ戦闘機群――F/A-18スーパーホーネットのシルエットだった。
「米軍は、もう一つの切り札を用意しています。太平洋東方で確認された艦影――それは、我々の時代、2025年の米海軍に所属する原子力空母、ドナルド・レーガンです。米軍は我々の戦闘能力に驚愕し、この艦を沖縄攻略に投入すべく、極秘裏に稼働を開始しています」
森下副長の顔から血の気が引いた。
「未来の艦が……今度は敵として現れるのか。しかも米軍の指揮下で……」
その声は乾き、かすれていた。戦艦大和と「いずも」が協力して勝ち得たわずかな希望が、再び押し寄せた絶望の波に呑み込まれていく。
牛島大将は、地図を睨みつけたまま動かない。
血走った眼は疲労と困惑に覆われながらも、思考を止めようとはしなかった。
「……二重の脅威、ということだな。一つは本土を狙う原子爆弾。そしてもう一つは、沖縄へ迫る未来の艦隊……しかも、それは貴官らと同じ“未来”から来た同胞だと」
沈黙を破ったのは神谷一佐だった。
「さらに……沖縄での我々の抵抗が、米軍の本土上陸作戦――ダウンフォール計画を加速させています。米軍は日本本土上陸を前倒しするため、沿岸部への大規模な艦砲射撃と航空攻撃を準備中です。九州、本州の沿岸は徹底的に叩き潰されるでしょう」
言葉を重ねるごとに、作戦室の空気は重く沈み込んでいく。
希望のために戦ったはずが、その戦いが新たな絶望を呼び寄せる。
誰もが理解していた。――この戦いは、すでに「未来を守る戦い」ではなく、「未来を歪め続ける戦い」に変わりつつあることを。