首里、砲声途絶――稼ぎ出した時間
## エピソード75 首里の砲声の途絶
昭和二十年四月二十一日、午後五時。
沖縄本島中南部、首里主陣地帯。
数時間にわたって大地を揺らし続けていた砲声が、いつの間にか間遠になっていた。
完全な静寂ではない。
沖縄近海の米火力支援艦からは、なお散発的に大口径砲弾が飛来し、米第24軍団の砲兵陣地からも阻止射撃が断続している。
だが、午前から続いていた戦車と歩兵による連続的な前進は止まっていた。
それまで低空を旋回していた戦闘爆撃機の姿も、急速に減っている。
首里北方の反斜面陣地。
砲撃で原形を失った壕口から、日本兵が恐る恐る双眼鏡を差し出した。
谷底には撃破されたM4戦車と、放棄された装具が散乱している。
その向こうで米歩兵は煙幕の陰へ後退し、負傷者の収容と部隊の再編に入っていた。
「……来ない」
観測兵が呟いた。
「敵が、来ないぞ」
誰も歓声を上げなかった。
これは勝利ではない。
米軍の火力も兵員も、なお圧倒的だった。
ただ――前へ押し寄せ続けていた巨大な潮流が、初めて止まったのである。
***
首里城地下、第32軍司令部壕。
低い坑木の天井から地下水が滴り、手回し発電機の回転音が湿った坑道に響いていた。
軍司令官・牛島満中将は、作戦卓の前に立っていた。
傍らでは八原博通高級参謀が、各前線から届いた報告票を一枚ずつ整理している。
「浦添方面、敵前進停止」
八原が読み上げた。
「西原方面も同じです。戦車部隊は前進位置から後退。歩兵は砲撃支援下で負傷者を回収しています。艦砲射撃と重砲射撃は続いておりますが、攻撃準備射撃の密度ではありません」
長勇参謀長が眉をひそめた。
「罠ではないのか」
「その可能性はあります」
八原は即答した。
「ゆえに追撃はしません」
長が八原を見る。
「敵が退いているのだぞ」
「だからこそです。ここで兵を壕外へ出せば、敵砲兵の観測下へ自ら身を晒すことになる。我々に予備兵力も弾薬もありません」
八原は作戦図を指した。
「陣地を取り返す必要も、戦果を拡張する必要もない。壕を守り、通信線を直し、負傷者を収容する。それが現在の最善です」
牛島がゆっくり頷いた。
その時、有線電話のベルが鳴った。
通信機の前にいた山名三等海尉が受話器を取る。
「こちら首里。……山名です」
短いやり取りの後、その顔色が変わった。
「閣下」
山名が振り返った。
「塩屋湾の『いずも』からです。沖縄東方の米原子力空母『ロナルド・レーガン』が戦域から離脱を開始。船尾に重大な損傷を受け、航空作戦も停止した模様です」
壕内が静まり返った。
長が低く言った。
「……そうりゅうか」
「詳細はまだ分かりません」
山名が答える。
「ただ、レーガンが沖縄へ航空攻撃を継続できる状態ではないことは、複数の観測からほぼ確実です」
八原は作戦図を見つめた。
米軍地上部隊そのものが消えたわけではない。
戦艦も野砲も残っている。
明日になれば、再び攻撃してくる可能性も高い。
それでも、二十一世紀の空母が提供していた精密航空攻撃という最大の不確定要素は、少なくともこの夕刻、戦場から取り除かれた。
「閣下」
八原が牛島を見る。
「我々は敵を撃滅したわけではありません。しかし――時間は稼ぎました」
牛島は答えなかった。
作戦卓の隅には、電池残量をほとんど失った海自の端末が置かれていた。
そこには、大和と「まや」が豊後水道を越え、呉へ向かっているとの最後の連絡が残されている。
牛島は長い沈黙の後、静かに口を開いた。
「我々が欲しかったものは、最初から勝利ではなかった」
長と八原が顔を上げる。
「一日だ。いや、一刻でもよかった」
牛島は地図上の沖縄から、本土の方向へ視線を移した。
「その時間を、大和に渡すために我々はここへ残った」
八原が深く頷いた。
「はい」
「ならば、我々は時間を稼ぎ抜いた」
牛島の声には歓喜も高揚もなかった。
ただ、長い戦いの果てに一つの任務を確認した指揮官の静かな確信だけがあった。
「だが、まだ終わってはおらん」
牛島は立ち上がった。
「全軍へ伝えよ。追撃を禁ずる。現陣地を維持。弾薬を再集計し、通信線と換気坑を復旧。負傷者を後送し、夜襲に備えて警戒を続けよ」
「はっ!」
「銃弾一発も、兵一人の命も、勝手に使わせるな」
壕内の将校たちが直立した。
牛島は山名へ向き直った。
「大和へ打てるか」
「有線で『いずも』へ送り、そこから可能な回線を使います。即時到達は保証できません」
「それでよい」
牛島は告げた。
「『首里健在。防御配置を維持す。我らは約した時間を守った。本土の務めを果たされたし』」
山名は敬礼した。
「了解しました」
午後五時十二分。
首里の地下壕では、兵士たちが崩れた坑道を掘り返し、切断された電話線を繋ぎ、最後に残った弾薬を一本ずつ数え始めていた。
地上では、遠い米軍砲兵の砲声がまだ聞こえている。
戦争は終わっていない。
沖縄も救われたわけではない。
だが、朝から首里へ向かって動き続けていた敵の歩みは、確かに止まっていた。
そしてその短い停止こそが、沖縄の地下で戦い続けた者たちが、本土へ送り出すことのできた最大の戦果だった。




