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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン1

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十万トンの死角――空母直下への潜入




昭和二十年四月十九日、午前十一時十分。喜界島南東沖四十海里。

白波が泡立つ太平洋の海原を、二十二ノットの高速で切り裂いて進む米海軍ニミッツ級原子力空母「ロナルド・レーガン(CVN-76)」。

その十万トンの巨大な船尾からは、幅六十メートル、長さ数千メートルに及ぶ純白の航跡ウェーキが、猛烈な気泡のカーテンとなって海面に刻み込まれていた。


その気泡の帯の直下、水深六十五メートル。

海上自衛隊の潜水艦「そうりゅう」は、全身を軋ませながら死の激流の中へと身を投じていた。


「下降流、強烈です! 深度計、急降下中……水深七十、七十二! 潜舵、上げ舵一杯!」

発令所の操舵員が悲鳴のような声を上げ、操舵桿を抱え込むようにして必死に踏ん張った。

耐圧殻がミシミシと嫌な音を立てる。頭上わずか数十メートルを、十万トンの巨体と四軸の超大型スクリューが叩き出す二十八万馬力の推進水流が通過しているのだ。

空母直後のウェーキ内に滑り込む――それは、水中に無数のマイクロバブルを充填させることで敵パッシブソナーの音波伝播を完全に遮断し、自艦の推進音を空母自身の重低音の中に溶け込ませる究極の隠密機動であった。


だが、その理論的な美しさの裏には、文字通りの物理的破滅のリスクが潜んでいた。

「艦長、スクリュー後流の猛烈なキャビテーション気泡により、舵効きが著しく低下しています!」

副長・深町二佐の叫ぶ声に、艦長・竹中二佐はコンソールの把手を白くなるほど強く握りしめたまま、微動だにせず前を見据えていた。

「推進モーター、回転数微増。後流の外側へ弾き出されるな。流速の境界面――せん断層の真ん中に艦首をねじ込め」


巨大空母の航跡に潜むということは、激しい乱流によって艦の姿勢制御を失い、海面へ突き上げられて十万トンの巨大スクリューに切り刻まれるか、あるいは制御不能となって圧壊深度まで叩き落とされるかの、紙一重のチキンレースを意味していた。

さらに、ソナーの盲区ブラインドゾーンは敵にとってのみならず、味方にとっても完全な盲目を意味する。

「ZQQ-7統合ソナー、前方パッシブ全チャンネル、空母のスクリュー雑音と気泡の破裂音で完全にサチュレーション(飽和)! 前方の障害物探知、一切不可能です!」

水測長・石倉先任伍長の張り詰めた報告が飛ぶ。

相手が見えない。相手からも見えない。

衝突を避ける唯一の命綱は、空母のスクリュー音のドップラー変化から推定する相対距離の計算値のみであった。


「佐久間機関長、AIP(非大気依存推進)用液体酸素の残量は」

竹中が低く問う。

「残余四十二パーセントです。低速を維持していますが、この激流に抗して姿勢を保ち続けているため、スターリング発電機の酸素消費率が通常の三倍に跳ね上がっています。この位置を維持できるのは、長くてあと四十分が限界です」

「十分だ」

竹中は即座に切り捨てた。

「これより本艦は、レーガンの真下――竜骨下深度四十メートルへと滑り込む。十八式重魚雷の残弾は二本。外せば、我々に二度目の機会はない」


「艦長……」深町が声を落とした。その視線には、激しい倫理的葛藤が滲んでいた。

「本当に、撃つおつもりですか。相手は……現代の米海軍です。我々の時代の同盟国であり、共に演習を行っていた友軍です」


発令所内の空気が、乱流の振動とは別の意味で凍りついた。

首里城地下で牛島中将や大和の士官たちと交わした「講和のための出血強要」という冷徹な軍事ドクトリン。しかし、いざ引き金を引く段になり、水面下で同じ二〇二五年の海を共にした米海軍将兵をその手で海底に沈めることへの激しい拒絶反応が、自衛官たちの胸を鋭利に抉っていた。


竹中は深く息を吸い込み、冷徹に深町を見据えた。

「深町、首里地下で片倉司令と牛島閣下が定めた方針を思い出せ。我々の目的は、レーガンの撃沈ではない。飛行甲板とカタパルト、そして推進系統を奪い、航空打撃能力を破砕することだ。……だが、彼らが過去の米軍の指揮系統に従い、沖縄の座礁要塞と大和を壊滅させようとするならば、我々はこの引き金を引かねばならん」

竹中は海図台を指先で強く叩いた。

「我々が躊躇すれば、沖縄の十万の将兵と民間人が焼き尽くされ、本土へ四発の原爆が落ちる。……その歴史の重みを背負って、我々はここにいる」


「……了解しました」

深町は直立し、青ざめた顔を引き締めた。


「水深五十メートルへ微速浮上。気泡の層を抜け、レーガンの船底エコーを捕捉しろ」

竹中の鋭い号令が下る。

操舵員が慎重に潜舵を操作し、「そうりゅう」の漆黒の巨躯が、激しい乱流の白泡を突き破って、巨大な空母の船底直下へと静かにその切先を向け始めた。

頭上に広がるのは、十万トンの鋼鉄の天井。

逃げ場のない深海の心室で、同時代の最強兵器同士による、息詰まる照準戦が始まろうとしていた。

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