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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン28

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第十二章:不適合者の再点火(再起動)


親譲りの最適化バイアスが、ついにこの灰の都の「虚構のシステム」を焼き切ったらしい。

 復興庁・東京鎮守府の最上階で、九藤くどう次長が署名しようとしていた「完全浄化宣言」は、私が注入した実測データという名の論理爆弾によって、文字通りちりとなった。窓の外では、九藤が「論理的に崩壊し得ない」と豪語したあの巨大な防潮堤が、物理法則という名の冷徹な重力に従って、瓦礫の山へと姿を変えていた。

だが、物語はそこでは終わらない。

 行政という名の巨大な慣性系は、一つの部品(九藤)が損壊した程度では停止しないのだ。


1. 恒常性ホメオスタシスという名の絶望

崩落の翌日、鎮守府の庁舎は、何事もなかったかのように予備の電源で再起動リブートしていた。

 九藤は「構造計算の予期せぬ外部因子による一時的な不具合」の責任を問われ、事実上の更迭となった。だが、彼の空席を埋めるために派遣されてきたのは、九藤と寸分違わぬ冷徹な視線と、より洗練された「いやらしさ」を備えた、**天野あまの**という名の新しい次長だった。

天野は、九藤の失敗を「前任者の個人的なヒューマンエラー」として切り捨て、すぐさま新しい行政文書の起案を始めた。タイトルは『防潮堤崩壊事案を糧とした、真のレジリエンス構築に向けた新基本方針』。

 奴らは、自分たちの間違いさえも「復興のプロセス」として再定義し、組織の無誤謬性むごびゅうせいという名の神殿を再建しようとしている。

私は、自分のデスクから私物を箱に詰め込みながら、その光景を眺めていた。

 隣の席では、山嵐(堀田)が古い端末のキーを叩き、不器用に溜息をついている。

れい、お前さんは辞めるのか」

「ああ。この『嘘の定数』で埋め尽くされたソースコードをデバッグするのは、もう飽きたよ、山嵐。ここでは、どれほど正しい数式を書いても、出力アウトプットが最初から決まっているんだ」

私は、かつて九藤に署名を迫られたあの「ゼロ」と書かれた報告書を、シュレッダーにもかけず、ただの紙屑としてゴミ箱へ投げ捨てた。

 情報の熱力学において、意味を失ったデータはただの「ノイズ」に変わる。今の私にとって、この庁舎の中にあるすべての言葉は、絶対零度よりも冷たい、死んだノイズに過ぎない。

2. 窓口の「残響」

庁舎を去る際、私は一階の帰還住民相談窓口を通りかかった。

 そこには、かつての係長・柴田しばたの姿はなかった。彼は、防潮堤崩壊の責任を末端の不手際として押し付けられ、依願退職という名でこの都から追放されたと聞いた。

だが、その後釜に座った新しい係員もまた、柴田と同じ「慇懃無礼な笑み」と「規則という名の鉄格子」を使いこなしていた。

「……お婆さん、そのガイガーカウンターは旧式ですから、この『最新の行政基準』には適合しませんな。様式第百四号を書き直してきなさい」

柴田という個体は消えても、柴田という「機能(関数)」はシステム内に永続する。小市民的な支配欲と、規則の恣意的な運用。それが、この行政という名の巨大なプログラムを駆動させる、最も安価で効率的な「燃料」だからだ。

私は、窓口で呆然と立ち尽くす老婆の背中を見つめ、心の中で呟いた。

 「お婆さん、その鉄格子は、言葉では開かない。あいつらが最も恐れるのは、規則ではなく、規則が無視しようとしている『生身の現実』なんだ」

3. 灰の下の「再起動」地点

鎮守府を出た私は、核の灰が舞う瓦礫の荒野を抜け、再び「ゾーン・ゼロ」の深淵へと降りていった。

 地下鉄の廃墟、あの「暗い大地」には、古賀こがが待っていた。

古賀は、データ上は依然として「死亡」のままだ。だが、今の彼の瞳には、九藤の部下だった頃の怯えはない。彼は、地下に住む人々と共に、自作の「真実のサーバー」を稼働させていた。

「零さん。上では、また新しい『嘘』が始まったようですね」

「ああ。天野という九藤のコピーが、今度は『新・安全神話』を上書きしようとしている。だが、それも長くは持つまい」

私は、自分の持ってきた最新の計測器を、地下のネットワークに接続した。

 私たちがここでやろうとしていることは、行政を倒すことではない。行政という名の「虚像」がいつか自壊した時、その瓦礫の下で生き残った人々が、本当の意味で自立するための「真実の地図」を引き直すことだ。

物理学において、エントロピーが増大し続ける系を救う唯一の方法は、系の外部から「負のエントロピー(情報)」を注入することだ。

 九藤たちが無視し続けた、地下に堆積する「不条理な生のデータ」。柴田がゴミ箱へ放り込んだ、人々の「苦痛の記録」。それらを一つひとつ拾い集め、高精度な測量図として再構成する。


システムの秩序(嘘)を保つために周囲(大地)へ捨てられた熱量(真実)。私たちは、その捨てられた熱を再びエネルギーへと変換する、非平衡熱力学的な「再起動」を開始したのだ。

4. 祈りとしてのロジック:不適合者の再点火

「山嵐も、もうすぐここへ来る」私は、地下の壁に映し出された、リアルタイムの線量マップを見つめながら言った。

 現場の職人である山嵐(堀田)は、鎮守府の嘘に耐えかね、ついに辞表を叩きつけた。彼は、この地下の共同体が構築している「自律型浄化システム」の、物理的なメンテナンスを担うことになる。

私たちは、不適合者の集まりだ。

 九藤の「無誤謬性」という名の完璧なコードに弾き出され、柴田の「規則」という名の檻から脱走した、欠陥品たちの連合体だ。

だが、欠陥があるからこそ、私たちは「現実」の手触りを知っている。

 

 「零さん。これから私たちは、何を記述すればいいんでしょうか」

 古賀の問いに、私は自分の網膜に焼き付いている「暗い大地」のイメージを重ねた。

「嘘のない、祈りのようなロジックだ」

私は、キーボードに指を置いた。

 それは、誰かを支配するための文章ではない。

 「ここに汚染がある」という痛み。「ここに人が生きている」という鼓動。

 それらを、いかなる行政文章も改竄できないほどの厳密さで、しかしこの大地を慈しむような優しさで、一刻みずつデジタル・ソイル(電子の土壌)に刻み込んでいく。

私にとっての「祈り」とは、目を閉じて神に縋ることではない。

現実の不条理を、逃げずに、歪めずに、そのまま記述すること。

 ロジックという名の水路を、この「暗い大地」に一本ずつ引き、いつかそこに「生命」が再び芽吹くのを、静かに観測し続けることだ。

東京は、まだ灰の中だ。

 行政の嘘も、小市民のいやらしさも、権力欲の亡霊も、依然としてこの都の空を支配している。

 

 だが、私たちの足元にあるこの「暗い大地」は、発酵を始めている。

 嘘に殺された人々の怨嗟が、記述されなかった真実の断片が、新たな進化のための「栄養分」へと転換されようとしている。

私は、モニターに映し出された第一線を、力強く「Enter」キーで確定させた。

 不適合者の再点火(再起動)。

親譲りの無鉄砲さは、もはや「若さの過ち」ではない。

 それは、嘘で固められた世界をデバッグし、この死の都に「生きた心臓」を取り戻すための、唯一の、そして最強の駆動装置エンジンなのだから。

私は、古賀と、そしてもうすぐここへ来る山嵐と共に、新しい地図を書き始めた。

 

 それは、完璧なロジックを積み上げながらも、その根底にある「暗闇(不合理)」を愛し続ける、不器用で、しかし誇り高い「不適合者たちのナラティブ」の始まりであった。

(完)



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