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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン28

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現代という幕間 第3章:八年と四年の静域(バッファ・ゾーン)



大学の事務局へと続く廊下は、いつもより長く、そして異様に静まり返っているように感じられた。僕の靴音が、リノリウムの床に反射して、規則的なパルス(一定の周期で繰り返される信号や衝撃)となって鼓膜を叩く。胸の奥では、高電圧のトランス(電圧を変換するための変圧器)が唸りを上げているような、不快な振動が続いていた。


「休学の手続きに来ました」


窓口の向こう側に座る事務官にそう告げた時、僕の声は自分でも驚くほど掠れていた。事務官は、特に驚く様子もなく、ルーチンワーク(決まった手順で行われる定型的な業務)の一環として、一枚の書類を僕の前に差し出した。それは、僕がこれまで必死に維持しようとしてきた「現役大学生」というステータス(現在の状態や立場)から一時的に離脱するための、いわばシステム終了の承認依頼書だった。


「理由は……病気療養、でよろしいですね。医師の診断書はありますか」


僕は頷き、保健管理センターで受け取った封筒を差し出した。事務官はそれを手際よく確認し、端末を操作し始める。画面上で僕の学籍データが書き換えられていく。その無機質なプロセスの最中、僕はふと思い立って、ずっと気になっていた「期限」について尋ねてみた。


「あの、もし今回休学したとして、僕はあとどれくらい、この大学にいられるんでしょうか」


事務官は、眼鏡の奥の目を少しだけ細め、僕のデータを読み取った。


「愛媛大学の学則(大学が定めた運営上の根本的な規則)では、学士課程の在学年限(卒業までに大学に籍を置ける最大の期間)は八年と定められています。あなたは現在三回生ですから、あと五年間の在学が可能です」


五年。その数字を聞いた瞬間、僕を縛り付けていた透明な鎖が、少しだけ緩んだような気がした。しかし、事務官の言葉には続きがあった。


「そして、それとは別に休学年限(在籍期間中に休学できる合計の期間)があります。これは通算で四年間です。この四年間は、先ほどの在学年限の八年にはカウントされません。つまり、八年間の在学枠とは別に、最大で四年間、立ち止まるための時間が用意されているということです」


僕は頭の中で、その数値を加算した。八足す四。合計で十二年。


「十二年……」


思わず口から漏れた言葉に、事務官は淡々と頷いた。


「ええ。論理的には、入学から卒業まで十二年間の猶予があることになります。もちろん、奨学金や経済的な問題は別ですが、制度上のバッファ(衝撃を緩和したり、変動を吸収したりするために設けられる余裕領域)としては、それだけの幅が確保されているんです」


バッファ。その工学的な響きを持つ言葉が、乾ききった僕の心に深く染み込んでいった。


それまでの僕は、最短の四年という「定格(機械やシステムが安全かつ正常に動作するようにあらかじめ設計された標準値)」で動くことしか考えていなかった。一秒の遅延(レイテンシ:データ転送や処理において発生する時間のズレ)も許されない、過酷なリアルタイムシステム(入力に対して即座に応答し、厳格な時間制約の中で動作するシステム)の中に自分を追い込んでいたのだ。しかし、実際にはこの組織という巨大な回路には、十二年という膨大な冗長性(システムの一部に障害が発生しても機能を維持できるよう、予備の要素を備えておく性質)が組み込まれていた。


手続きを終え、事務局を出た時、五月の空は驚くほど高く、青かった。僕のステータスは「休学中」へと遷移(システムがある状態から別の状態へと移り変わること)した。それは社会的な活動からの「絶縁(電気や熱の伝わりを遮断すること)」を意味していたが、今の僕にはその静寂が必要だった。


数日後、僕は松山市内のアパートを引き払い、実家へと戻った。


荷造りの際、僕はかつての自分を象徴していた教科書やノートを、段ボールの奥深くに沈めた。それは、動作不良を起こした古いファームウェア(ハードウェアを制御するために組み込まれた基本的なソフトウェア)をアーカイブ(長期保存のためにデータを整理して保管すること)するような作業だった。


実家での生活は、外部クロック(コンピュータの動作タイミングを計るための基準となる信号)を失ったスタンドアロン(ネットワークなどの外部システムに接続せず、単独で動作する状態)のコンピュータのようだった。


「無理しなくていいから、今はゆっくりしなさい」


母の言葉は、過熱した僕のCPU(中央演算処理装置)を冷却するヒートシンク(熱を吸収し、空気中に放熱するための部品)のように機能した。彼女は僕の「適応障害」という診断名を、何か得体の知れない病としてではなく、ただ「少し休ませるべき回路の疲れ」として受け入れてくれた。


最初の数週間、僕はただひたすら眠った。


それは単なる睡眠ではなく、脳内に蓄積された膨大な未処理のデータや、処理しきれなかった負の感情を、バックグラウンド(ユーザーが直接操作していない裏側で動作するプロセス)でクリーンアップ(不要なファイルやデータを削除し、システムを整理すること)しているかのような、深い、深い沈眠だった。


目が覚めている間も、僕は積極的な活動を一切行わなかった。テレビを見ることも、スマートフォンで誰かと連絡を取ることも、今の僕にはインピーダンス(交流回路における電流の通りにくさを表す数値)が高すぎて、エネルギーを消費しすぎる作業だった。


僕はただ、庭に咲く花や、通り過ぎる風の音を眺めて過ごした。


ADHDの特性である「注意力の散漫」は、刺激のない環境下では、奇妙な平穏をもたらした。ターゲットとなるべき「やるべきこと」が存在しない世界では、僕の意識はどこまでも自由に、しかし静かに拡散(分子などが濃度の高い方から低い方へ広がり、一様になっていく現象)していくことができた。情報の洪水から切り離され、純粋な「存在(Being)」としての自分を取り戻していく過程。


松山の夜は静かだった。遠くで聞こえる伊予鉄道の踏切の音だけが、世界がまだ動いていることを微かに伝えてくる。かつてはその音が、僕を置いていく社会の足音のように聞こえて怖かった。でも今は違う。世界という巨大なシステムは、僕という一つのノード(ネットワークを構成する個々の接続点や端末)が一時的にオフラインになったとしても、何の問題もなく稼働を続ける。その冷徹なまでの安定性が、今の僕には最大の救いだった。


「十二年か……」


僕は暗闇の中で、事務官が告げた数字を反芻(一度飲み込んだものを口に戻して噛み直すこと。転じて、物事を繰り返し深く考えること)した。


人生という名の設計図には、まだ十分な余白がある。四年という短距離走ではなく、十二年という長大なバッファを見据えた時、僕の脳内で鳴り響いていたアラート(異常事態を知らせる警告音)は、ようやくその音量を下げ始めた。


今は、インピーダンス・マッチング(信号源と負荷の抵抗値を合わせ、エネルギー伝達効率を最大化すること)を急ぐ必要はない。まずは自分自身の内部抵抗を下げ、静かに電荷(物体が帯びている電気の量)を蓄える時期なのだ。


僕の意識は、穏やかなシャットダウン(システムを安全に終了させること)のプロセスを経て、再び深い眠りの中へと沈んでいった。明日という名前の入力待機インプット・ウェイトが来るまで、僕はただ、静域(無信号の状態)の中に留まり続ける。


第3章・完

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