表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン28

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5786/6091

無くてもいい幕間  第5章:愛の抹消(デリート)、あるいは電子の咆哮



白磁の静寂に守られていたはずの「箱庭」は、今や猛毒の光を放つ檻へと変質していた。


寝台ベッドの上に投げ出された端末が、心臓の不整脈に同期して震える。

網膜に直接突き刺さる、無数の通知パルス

『好きだよ』『今どこ?』『君が必要だ』。

どれもが洗練されたフォントで飾られ、送る側の「善意」という名の自己満足をコーティングした、ただの電子の残滓。


「……五月蝿い。壊れてよ、全部」


私は震える指先で、浮遊するダイヤモンド状のパネルを薙ぎ払った。

視界を埋め尽くす幾何学的な「コード」が、不快なノイズを撒き散らしてゴミ箱の底へと沈んでいく。


この街において、言葉はもはや意思を伝える道具ではない。

空虚な自己を埋めるための充填剤であり、誰かと繋がっているという「錯覚」を維持するための安価な延命措置だ。

『愛してる』という文字列がディスプレイの上を滑るたび、私の内側にある「本物」が、酸を浴びせられたように溶けていく感覚。


「二文字以内でいいって、言ったのに」


喉の奥から絞り出すような独白が、白い壁に跳ね返る。

私が欲しているのは、そんな記号化された甘言ではない。

「殺せ」あるいは「抱け」。

逃げ場のない、装飾を削ぎ落とした究極の二進法。

けれど、この無機質な都市バベルが差し出してくるのは、いつだって「適度な距離感」と「平均化された優しさ」という名の、吐き気を催すような既製品の雨だけだ。


不意に、視界の隅でダイヤモンド形のフレームがひび割れた。

エラー。システムエラー。

私の拒絶反応が、網膜投影の限界を超えて世界を歪ませていく。

積み重なった「灰色の羽」が、電子の火花を散らして黒く焦げ始めた。


「……あ。ああああ……っ!」


私は自分の胸を、薄汚れた白い服の上から強くかきむしった。

爪が皮膚に食い込み、微かな血の温もりが指先に伝わる。

その痛みだけが、情報の濁流に飲み込まれそうな私の実存を、この座標に繋ぎ止める唯一のアンカー


自分を幾何学的なパーツに分解して、このまま霧散させてしまいたい。

けれど、そう願えば願うほど、心臓は卑しくも力強い拍動を繰り返し、私がまだ「未熟な生命」であることを残酷に突きつけてくる。


「嘘つき……みんな、嘘つきだわ!」


私は、声にならない咆哮を上げた。

防音壁に囲まれたこの「白い箱」の中で、私の叫びはどこにも届かず、ただ内圧を高めていく。

視界の中で、かつて私を惹きつけたはずの「緋色の色彩」が、ノイズと共に崩壊していく。

愛して、なんて言わないで。

分かっているなんて、顔をしないで。

あなたのその「低解像度な共感」で、私の渇きを汚さないで。


画面の中に溢れる『愛』の文字列を、一つ、また一つと、執拗にドラッグ&ドロップで葬り去る。

削除デリートの度に、脳髄を走る電気信号。

それは、偽物たちとの繋がりを絶ち切るたびに味わう、至高の孤独という名の快楽。


ふと、自分の指先を見る。

血が滲み、震えている。

その不格好で、美しくも何ともない「生々しさ」。

それこそが、どんな高精度なホログラムも再現できない、私だけの「真実」だった。


「……もっと。もっと、痛くしてよ」


私は、ベッドの上に散らばった灰色の羽を握りつぶした。

電子の咆哮は、やがて静かな喘鳴ぜんめいへと変わっていく。

世界は断片化され、私はその欠片の中で、一人、自らの爪跡を確認する。


夜明けが近い。

システムの再起動リブートが始まれば、この狂おしい情動も、また「一時的なエラー」として処理されてしまうだろう。

けれど、私は忘れない。

この白い檻の中で、確かに自分が「餓えた獣」のように叫んでいたことを。


私は、床に転がった「緋色の雨合羽レインコート」を、泥だらけのまま引き寄せた。

再びその「拒絶の皮膚」を纏う時、私は、昨日よりもずっと深い渇きを抱いて、あの雨の街へと戻っていけるはずだ。


(第5章・了)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ