無くてもいい幕間 第6章:終焉の閃光、あるいは渇水の肯定
都市が排熱の溜息を吐き、虚飾の再起動を宣告する。
ネオ東京を覆っていた藍色の膜が、予定調和の夜明けによって希釈され、無機質な白磁の空へと書き換えられていく。
「……また、昨日をなぞるのね」
私は、錆び果てた鉄の肺壁に立ち、新生する絶望を肺に満たした。
階下を彷徨うのは、画一化された幸福を演算する影法師たち。
彼らは再び、誰かの遺言を模写し、去勢された情動を貼付しながら、平穏という名の緩やかな自殺を演じるのだろう。
「警告。未登録の情緒変動を検出。個体番号8205、最適化パッチを再適用しますか?」
頭上を漂う監視の眼が、機械的な慈愛を伴って問いかけてくる。
私は、赤い雨合羽のフードを深く被り、そのレンズに映る自らの歪な貌を睨みつけた。
「拒絶。……私の不協和音を、あなたの清潔な譜面で汚さないで」
指先一つで、私は浮遊する警告を粉々に粉砕した。
ダイヤモンド形のフレームが砕け散り、電子の破片が朝の光に溶けていく。
昨夜、白い檻の中でかきむしった胸の痕は、今も脈打つような熱を持って、私が「未熟な生命」であることを証明していた。
「喉が、渇くわ」
その渇涸こそが、私の魂の羅針盤。
偽物の満ち足りた静寂より、血の滲むような欠落を選び取る。
理解されたいと願う幼い欲求を、この藍色の天泣で冷徹に研ぎ澄ませ、欺瞞に満ちた世界への宣戦布告とする。
「ねえ。……そこに、いるんでしょ?」
私は、虚空に向かって問いかけた。
答えはない。
けれど、この閉塞した箱庭のどこかに、私と同じように「二文字の真実」を求めて爪を立てている誰かがいるはずだ。
テンプレートの優しさに唾を吐き、既製品の愛をデリートし、ただ、この不自由な重力を愛おしんでいる同類が。
「……。さあ、狂ったリズムを刻みましょう」
私は、赤い皮膚を翻し、積層された虚偽を蹴散らして疾走した。
空中回廊を駆け抜け、切り取られた景色を、自らの実存で突き破っていく。
風が、雨が、ノイズが、私の輪郭を鮮烈に刻印する。
走るほどに喉は焼け、意識は透明な狂気に染まる。
(吸って、吐いて。……それでも、私は此処にいたい)
嘘つきだらけのバベルの頂上で、私は立ち止まり、大きく両腕を広げた。
再び降り始めた青い糸が、赤い背中を痛いくらいに叩く。
それは、世界が私を拒絶している証。
そして、私が世界を拒絶しているという、至高の対話。
私は、旧世代の有線の絶縁体を耳の奥へと捩じ込んだ。
指先が震えている。
けれど、その震えはもはや恐怖ではない。
これから始まる、誰にも書き換えられない私の「独唱」への高揚。
「……だから、」
唇が、たった三文字の接続詞を紡ぐ。
その先に続く言葉は、誰にも教えない。
私は再び、極彩色の奈落へと足を踏み出す。
雨は止まない。
渇きは癒えない。
けれど、その不完全な絶望こそが、私が手に入れた唯一の、本物の輝き。
私は笑った。
解像度を上げた悲鳴を胸に、ネオ東京の濁流へと、真っ直ぐに堕ちていく。
(第6章・完)




