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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン28

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無くてもいい幕間 第4章:緋の傘と、拒絶される救済



情報の不感地帯から這い出た私を待っていたのは、更なる彩度の剥落した灰色の世界だった。

ネオ東京の街角は、液状化した静電気――天からの灑水さいすいによって、輪郭を失いかけている。

高層建築の隙間から吹き抜ける風は、都市の廃熱を奪い去り、私の皮膚を硬質な冷気で研ぎ澄ませた。


「……どこまでも、不純」


私は再び、あの鮮烈な「赤の雨合羽レインコート」を羽織り、雑踏の片隅に佇んでいた。

足元を流れる汚濁した水溜りには、ダイヤモンド形のホログラム広告が歪に反射し、私の実存を粉々に粉砕しようとする。


「――そんなに自分を、痛めつけて楽しいのかい?」


不意に、頭上を叩く滴の衝撃が途絶えた。

代わりに視界を覆ったのは、私の纏う「赤」と同質の、けれどどこか人工的で完璧すぎる色彩。

「緋色の傘」だった。


隣に立っていたのは、一点の曇りもない『適合者』の証を纏った少年だ。

彼の差し出した傘は、雨を遮るための道具というより、外界との繋がりを断絶するための「温室」のように見えた。


「見ていられないよ。ずぶ濡れで、震えて。……この中へおいで。ここは、君が思うよりずっと静かだ」


少年の声音は、精密に調律された弦楽器のように心地よい。

彼は、私がこの赤色の皮膜の下に隠している、剥き出しの絶望など一顧だにしない。

ただ、この都市が推奨する「適切な保護」という名のテンプレートを、慈愛のかたちで押し付けてくる。


「……静かなのは、あなたの耳が、世界の悲鳴を拒絶しているからでしょう?」

「悲鳴? 聞こえるのは、ただの降雨音ノイズだよ。それをどう解釈するかは、システムが最適化してくれる。……ほら、手を取りなよ。僕なら、君を『正解』の場所へ連れて行ける」


少年の掌が、私の赤い袖に触れようとする。

その指先には、生身の人間特有の「迷い」が一切存在しなかった。

彼が差し出したのは、救済という名の甘い麻酔(飴)。

もしこの緋色の檻に身を委ねてしまえば、私の抱えるこの渇きも、肺を焼く苛立ちも、すべては「一過性のエラー」として処理され、消去されるだろう。


(――ああ、なんて、おぞましい救済)


私は、握らされた傘の柄を、自らの意志で弾き返した。

緋色の円盤が泥濘ぬかるみへと墜落し、跳ね返った汚水が私の頬を汚す。

少年の完璧だった微笑が、ノイズ混じりの静止画のように硬直した。


「……何故だ。何が不満なんだ? 君を守ろうとしているのに」

「あなたの傘は、世界を隠すだけ。私は、この冷徹な重力に打たれていたい。それが、私が私であるための、唯一の『痛み』だから」

「……狂っている。そんな未熟な感情に、何の意味があるというんだ。二文字で説明してみろよ」


「――『せい』よ」


私は、彼の「透明な瞳」を見据えて吐き捨てた。

意味などない。効率など知らない。

ただ、この不快な湿度と、皮膚を刺す寒冷だけが、誰にも模倣コピーできない私の輪郭を定義してくれる。


「さよなら。既製品の神様」


私は一度も振り返ることなく、再び「灰色の豪雨」の中へと踏み出した。

傘のない世界は、相変わらず容赦がなく、私の視界を暴力的に奪い去る。

けれど、その不自由さこそが、今の私にとっては至高の贅沢だった。


泥に塗れた赤いコートを翻し、私は都市の深部へと疾走する。

背後で、少年が差し出した「緋色の傘」が、主を失ったまま雨に打たれていた。

それは、救済という名の絶望の象徴。


私の睫毛を濡らすのは、電子のゴミが混じった不純な水滴。

けれど、その一滴の冷たさが、今の私にはどんな甘い言葉よりも鮮烈に、「ここにいろ」と叫び続けていた。

渇きは、まだ癒えない。

癒えてしまえば、私は私でなくなってしまうから。


(第4章・了)

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