表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン28

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5784/6088

無くてもいい幕間  第3章:無垢なる白と、墜落する羽の埋葬



喧騒の断崖から身を投げ、私は情報の届かぬ深淵へと逃亡した。


そこは、ネオ東京の血管系統から切り離された、無機質な余白。

四方を遮蔽する壁は、網膜を焼くほどの白濁に塗り潰されている。窓という概念は存在せず、ただ一つの寝台ベッドが、観測者の休息を無言で促すだけの空間。


「……セーフティ、展開」


扉が重厚な金属音を立てて閉ざされた瞬間、外界の湿ったノイズが死滅した。

代わりに頭上から降り注ぐのは、不純物を含まぬ「灰色の羽」。

それはシステムが生成した仮想の残骸か、あるいは誰かの祈りが挫折した欠片なのか。雪のような静謐さを伴い、羽毛は純白のシーツを汚れのように覆い尽くしていく。


私は、鎧のように重い「緋色の雨合羽レインコート」を脱ぎ捨てた。

鮮烈な赤が床に崩れ落ちると、そこには匿名の闇から漏れ出した、剥き出しの自我が残される。

纏ったのは、薄汚れた一枚の白い布。

鏡に映る主体わたしは、未熟な果実のように青白く、それでいて、今にも壊れそうなほど鋭利な均衡を保っていた。


「……何を、待っているのかしら」


寝台に深く沈み込み、私は胎児の姿勢で自らを抱きしめる。

指先が肌に食い込み、微かな痛覚を呼び覚ます。

このシェルターの内側だけが、大人たちの望む「模範的な肖像」を演じる義務から解放される唯一の領土。ここでは、誰の査定も、誰の承認も必要ない。ただ、消え入りそうな心臓の鼓動だけを、一振りの真実として数えることができる。


ふと、枕元に放り出した端末が、死者のような蒼白い発光を放った。

「新着メッセージ:一文字の更新を検出しました」


画面を覗き込む。

そこには、逃げ場のない二進法の光が揺れていた。

『……愛。』

たった二文字の、けれど呪いのように重い、記号の死骸。


「……。聞き飽きたのよ、そんな軽い配列コード


私は冷徹にデリート・キーをなぞる。

光は一瞬で霧散し、再び部屋を支配したのは、墜落し続ける灰色の羽音だけ。

文字にできない渇きが、喉の奥で焼け付くような熱を持って蠢いている。

求めているのは、美しく洗練された肯定ではない。

魂を抉り取るような拒絶。あるいは、この無垢な白を汚し尽くすほどの、生々しい絶望。


「あめが、止まないわね」


独白は、羽毛の堆積に飲み込まれて消えた。

現実と仮想の境界線が曖昧になる、この静寂の極北。

私は、スマートフォンの蒼い残光を道標に、自らの深層アビスへと潜っていく。

泣き出しそうなかたちを膝の間に隠し、未熟なままでいられる特権を貪りながら。


天井から舞い落ちる灰色は、いつしか私の輪郭を曖昧に塗り潰し始めていた。

埋葬。

それは、明日の既製品として再生するための、束の間の聖域。

私は、自らの体温だけを頼りに、音の無い海の中へと深く、深く、沈んでいった。


(第3章・了)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ