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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン28

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無くてもいい幕間 第2章:万華鏡の模倣品、或いは既製品の夢



学術特区を統べるのは、露出過多のセンサーが捉えたような、彩度を剥奪された「白」の暴虐。

それは夜明けの祝福ではない。覚醒を強いる、LEDによる冷徹な処刑だ。


巨大な講義室は、管理された酸素と無菌の湿度が漂う、巨大なペトリ皿。

外の世界を汚す「液体静電気あめ」の湿り気など、この高度な濾過空間シェルターには侵入を許されない。

整然と並ぶ長机には、光の幾何学で構成されたディスプレイ。

キーボードを叩く乾いた音が、微細な節足動物の羽音となって、個の輪郭を削り取っていく。


「……反吐が出る」


壇上の教授が説くのは、統計学という名の宗教。

いかなる消費行動が脳内の報酬系を最大化し、いかなる返報性が社会の歯車を円滑に回すか。

すべては演算可能。すべては代替可能。


ふと、前方席に座る者の網膜投影(AR)が、私の視界に「断片フレーム」として割り込んできた。

彼女は講義を無視し、虚空に指を走らせている。


『マジ、それな。超ウケる(笑)』

『わかる。私も全く同じこと考えてた!』


飛び交う文字列は、どれもが既製品のパッケージ。

流行の符牒(ふ牒)を自らの心根に無理やり嵌め込み、解像度を引き伸ばして再利用する、魂の希釈作業。

観測者である私の眼には、彼女たちが交わすそれは、ブロックノイズの奔流に見えた。

同意わかる」という定型文テンプレートを送信するたびに、彼女たちの個性は摩耗し、標準化フォーマットされていく。補正フィルターで陶器のように滑らかに加工された顔面。その奥に、熱量は微塵も宿っていない。


彼らは自らを「唯一無二」だと信じている。

けれど、その実態はアルゴリズムが推奨した『流行モード』という名のパーツを組み上げた、量産型のアンドロイドに過ぎない。


(もし今、私がこの席から消去デリートされたとしても)


私は、赤い指先で自らの喉をなぞった。

明日には全く同じスペック、同質の装い、適度な「悩み」を備えた別の標本が、この空隙くうげきを埋めるだろう。社会という巨大なハードウェアにとって、個の代替不可能性など、処理を遅らせるだけの脆弱性バグだ。


「ねえ、昨日アップされた新作動画フィルム、観た?」


休憩時間を告げる電子音と共に、隣席の女子学生が、訓練された笑顔で接触してきた。

私は有線の絶縁体イヤホンを片方だけ外し、氷点下の視線を向ける。


「観ていない。視神経を汚したくないから」

「えっ、相変わらず冷めてるねー。でも損してるよ。告白のシーン、最高に『エモかった』のに。あんな風に、愛してるって言われてみたいよね」


彼女が口にする『愛してる』。

その言霊ことだまは今や、コンビニの棚で腐りゆく安価なスナックより価値が低い。

画面の中で使い回され、タグとして消費され、誰の心も通わぬまま空中に漂う、ただの記号。


「……ねえ。その『エモい』という形容は、具体的にいかなる情動エモーションを指すの?」

「え? いや、エモいのはエモいっていうか……なんか、胸にグッとくる感じ?」

「『グッとくる』。それも誰かの受け売りね。あなたの心拍数が、本当にその言葉を肯定しているの?」


女子学生は、予想外の質疑に困惑を模倣して笑った。

その表情さえ、どこかの広告で見覚えのある、借り物の筋肉の動きだ。


「怖いなあ。そんなに難しく考えなくても、みんなが『良い』って言うものは、良いじゃない」

「『みんな』。その集合知の中に、あなた自身は一滴でも残っているの?」


私はそれ以上、声を発するのを辞めた。

彼女に本質的な対話を求めるのは、空のハードディスクに詩を乞うよりも虚しい。

再び耳の奥に絶縁体を押し込む。流れ込むのは、昨日と変わらぬ、荒廃した砂嵐の音。


私が求めているのは、そんな予定調和のやり取りではない。

例えば、相手を再起不能にするほど鋭利な、生々しい憎悪。

例えば、発露することさえ憚られるような、泥臭く整理のつかない、重い独占欲。

「好き」か「嫌い」か。あるいは「死」か「生」か。

これ以上分解できない、剥き出しの二進法的真実。


建前を削ぎ落とした先にある、痛切な「本物」。

たとえそれが、魂を砕く絶望であっても、私はこの街の『甘美な麻酔』より、その裂傷を欲していた。


ふと、強化ガラスの向こう側に目を向ける。

ネオ東京の虚空から、再び藍色の「万華鏡の破片」が降り始めていた。

それはすべてを同じ色彩に塗りつぶそうとする、停滞の象徴だ。


(模写して、貼付ペーストして、気に入らなければ消去する。私たちはいつまで、このデジャヴを踊り続けるのかしら)


授業終了のチャイムが響く。

学生たちは一斉に起立し、再び記号として都市の動脈へと溶け出していく。

私もまた、その波に紛れながら、無意識に鞄の中の赤いコートの端をなぞった。


そこに隠された、剥き出しの自我。

それは私にとって、このコピーだらけの肖像群に対する、密やかな叛逆のしるしだった。


「……空気が、重い」


完璧に管理された室内で、私は溺れるような錯覚に陥っていた。

誰よりも「生」に飢えながら、私自身もまた、この箱庭の一部として「未熟」を演じなければならない。


人混みを避け、私は講義棟を後にした。

向かうのは、洗練された上層階ではない。

もっと暗く、もっと湿った、情報の届かぬ『死角』へ。

私の足取りは自虐的でありながら、確かな殺意を孕んでいた。


この既製品の夢で溢れた世界で、せめて私だけは、解像度を下げずに堕ちていきたい。

その願いが、私をさらに孤独な深淵アビスへと追いやっていく。


外へ踏み出すと、冷たい電子の糸が、私の白い頬を叩いた。

その不快な刺激だけが、今、私が「予備パーツ」ではないことを証明する、唯一の触覚だった。


(第2章・了)

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