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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン27

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第2章:13番街の疾走


戦艦大和の巨大なランプウェーを滑り降りた志藤のモンテカルロは、タイヤの下で不気味に砕ける瓦礫の音を響かせながら、かつてのベイエリアへと突き進んでいた。


車内には、使い古された革シートの匂いと、志藤が燻らす強い煙草の香りが充満している。凱は助手席で、膝の上に置いた耐衝撃仕様のタブレットを強く握りしめていた。窓の外に広がる光景は、大和の艦上で見ていたホログラムの復興図とは、あまりにもかけ離れていた。


「……これが、東京の今なのか」


凱が呟くと、志藤はハンドルを片手で操りながら、センターコンソールにある古びた無線機と最新式のホロ・ディスプレイを同時に操作した。


「ああ、そうだ。お偉いさんたちが大和の快適な指令室で夢見ている『スマート・シティ』の成れの果てだ。見てろ、日向。目を逸らすなよ」


志藤がダッシュボードのスイッチを入れると、フロントガラスに拡張現実(AR)のグリッドが投影された。(イメージ10.bmp:車内の重苦しい空気の中、志藤は無造作にスマートフォンを耳に当て、誰かと密談を交わしている。彼の視線の先、フロントガラス越しには、崩壊したビル群の上に青白い「スマート・グリッド」の設計図が重なり、再建の幻影を映し出していた)


「……はい、分かっています。例の件は調整済みだ。……ああ、三賢者には話してある。遅れることはない」


志藤は電話の向こうの相手に対し、冷徹な、だがどこか焦りを含んだような声で応じている。凱は聞こえないふりをしながら、窓外の景色に集中した。


かつて高層マンションが立ち並んでいた豊洲付近は、核震災による地盤沈下と津波の影響で、半ば水没した廃墟の森と化していた。しかし、その瓦礫の山の上には、不気味なほど整然とした「空中回廊」の支柱が打ち込まれ、ドローンが忙しなく飛び交っている。


「ARで見れば、ここはもう再建された未来都市だ。だが、その足元を見てみろ。除染ナノマシンが行き渡らない路地裏には、まだ数万人の『未登録市民』が這いつくばって生きている。俺たちの仕事は、そのバグを排除することだ」


志藤は電話を切ると、乱暴に加速した。1979年製のモンテカルロは、核爆発のEMP(電磁パルス)を耐え抜いた特殊なアナログ・エンジンを唸らせ、瓦礫の道を突き進む。


「13番街に入るぞ。ここは、復興庁の管轄外だ。つまり、俺たちが法律だ」


車は、かつての幹線道路を外れ、巨大なコンクリートの塊が複雑に絡み合った「サバイバル・セクター」へと入っていく。そこは、再建用の3Dプリンター建築が不自然に増殖し、まるで腫瘍のように街を覆っているエリアだった。


「日向、バッジを隠せ。ここではそのピカピカの正義は、ただの標的になる」


志藤の言葉に従い、凱はジャケットの襟を立ててバッジを隠した。周囲の視線が突き刺さる。焚き火を囲む浮浪者、出所不明の電子部品を売り捌く露天商、そして建物の影からこちらの様子を伺う武装した若者たち。


突然、志藤が急ブレーキをかけた。タイヤが白煙を上げ、路上の塵を舞い上げる。


「降りろ。仕事だ」


志藤は車を降りると、迷いなく路地裏へと歩き出した。凱も慌てて後に続く。路地の奥では、数人の男たちが少女を囲み、彼女が背負っていた小型の除染フィルターを奪おうとしていた。


「おい、ゴミ共。その汚い手を離せ」


志藤の声は低かったが、路地裏の湿った空気を一瞬で凍りつかせた。男たちの一人が、隠し持っていたナイフを抜く。


「なんだ、執行官様か? ここはあんたらの管轄じゃねえはずだぜ」


志藤は答えず、ジャケットの中から二丁の拳銃――45口径のカスタマイズモデル――を流れるような動作で引き抜いた。銃口が、男たちの眉間を正確に捉える。


「俺の管轄は、俺が歩いている場所すべてだ。三つ数える。……一」


男たちは志藤の瞳に宿る、狂気にも似た「本物の狼」の輝きを見て、顔をこわばらせた。「三」を待たず、彼らは少女を突き飛ばして逃げ去っていく。


凱は駆け寄り、震える少女を助け起こそうとした。だが、志藤はその腕を荒っぽく掴んで制した。


「構うな。自力で立てない奴は、この街では明日には死ぬ」


「……しかし、彼女は怪我をしています。保護すべきだ」


凱が食い下がると、志藤は凱の顔のすぐそばまで顔を寄せ、冷笑を浮かべた。


「いいか、日向。お前が今日救えるのは一人かもしれない。だが、その一人のために足を止めれば、街を動かすシステムが止まる。俺たちはヒーローごっこをしに来たんじゃない。秩序を『執行』しに来たんだ」


志藤は少女が落とした除染フィルターを拾い上げ、中身を確認すると、そのまま自分のジャケットのポケットにねじ込んだ。


「これは押収だ。……さあ、行くぞ。次のポイントが待っている。三賢者が求める『清潔な街』を作るには、まず泥の中に手を突っ込まなきゃならねえんだよ」


志藤は背を向け、再びモンテカルロへと戻っていく。凱は立ち尽くし、自分を救ったはずの男を怯えた目で見つめる少女の視線に、胸を刺されるような痛みを感じた。


大和の艦上で見た、あの輝かしい復興の理想は、この灰色の街角で脆くも崩れ去ろうとしていた。志藤が電話で話していた「調整」とは何なのか。三賢者が隠している「裏側」とは。


凱は重い足取りで助手席に戻った。モンテカルロのエンジンが再び咆哮を上げる。それは、平和な日常へと戻るための音ではなく、より深い闇へと彼を運ぶための合図だった。


「日向、狼になる準備はできたか? まだトレーニングは始まったばかりだぜ」


志藤は不敵に笑い、アクセルを底まで踏み込んだ。13番街の廃墟を、黒い影が弾丸のように駆け抜けていく。空では、大和から射出された偵察ドローンが、彼らの足跡を無機質なカメラで追い続けていた。

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