第8 章 番外編:タンデム・フィロソフィー ― 二人で描く同心円 ―
大学近くの緩やかなワインディングロード。野本さんの背中にしがみつく山田くんの絶叫が、ヘルメット越しに響きます。
山田:「ちょっと野本さん! 曲がるたびに体がふわっとして怖いんだけど! もっと普通に乗れないの!?」
野本:「山田さん、落ち着いてください。その『ふわっとした感覚』こそが、今まさに私たちが車体のロール軸に乗っている証拠です。今、私たちの重心は膝のあたりにあり、そこからフロントのステアリングヘッドを結ぶ見えない軸を中心に、バイクが扇状に回転しているのです」
山田:「軸とかいいから! もっとハンドルをグイッとやってよ!」
野本:「それは禁忌です。ハンドルを無理にこじれば、リヤタイヤの自然な旋回を妨げ、レスポンスを悪化させるだけです。いいですか、私たちは今、一輪車に乗っていると思ってください。私のすぐ下にある後輪の接地点を支点にして、そこを軸にスッと車体を預ける……。これこそがリヤステアの極意なのです」
野本さんが腰をわずかにずらすと、バイクは吸い込まれるようにコーナーの内側へ傾いていきました。
前輪という名の「従者」
山田:「うわあああ! 倒れる! 倒れるって! しかも前輪がなんだか外側に行こうとしてない!? ちゃんと曲がってるの!?」
野本:「さすが山田さん、良い観察眼です。前輪はライダーから見れば、**『遠回りして、少し遅れてついてくる』**のが正解なのです。この一瞬の遅れを待てずにハンドルを操作してしまうと、ニュートラルなバランスが崩れてしまいます」
山田:「待つの!? こんな崖っぷちで前輪が勝手にするのを待つの!?」
野本:「はい。バイクのセルフステア機能を信じて、好きなようにさせておくのです。人間が余計な力を入れなければ、ステアリングヘッドはロール軸に対して正確に90度の角度を保ち、最も安定したグリップ力を発揮してくれます」
二人の重心、一つの真理
野本:「山田さんが後ろに乗ったことで、車体の重心位置は変化しました。しかし、やるべきことは変わりません。最近のバイクは前輪荷重が大きく、放っておくと直進しようとする性質が強いですが、私たちが一丸となってリヤタイヤに荷重を乗せれば、バイクは素直に鼻先を内側へ向けてくれます」
山田:「一丸となってって……僕はただ必死に掴まってるだけなんだけど……」
野本:「それでいいのです、山田さん。あなたが『邪魔をしない』こと。それ自体が、立派なライディングへの貢献なのです。さあ、次のカーブはさらに深く、前後輪が完璧な同心円を描くニュートラルな世界へお連れしましょう」
山田:「もういいよ! 早く次のジョナサンに着いてよ!!」
夕暮れの埼玉に、野本さんの冷静な解説と山田くんの悲鳴が、美しいエキゾーストノートと共に消えていきました。




