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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン27

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なくてもいい幕間 第二章:ロール軸の理(ことわり)と、遠回りする前輪


「暇つぶしサークル」の部室には、今日も独特の停滞した空気が流れていました。しかし、野本さんの周囲だけは、目に見えない旋回Gが渦巻いているかのような熱気に包まれています 。


野本:「……驚きました。前輪というのは、ただそこにあるだけではいけないのですね。後輪の描く軌跡と、寸分違わぬ同心円を抵抗なく描く。これこそが『ニュートラルステア』という調和の姿なのです」


山田:「また始まった。野本さん、さっきからその本にかじりつきだね」


野本:「山田さん、これは死活問題です。もし前輪が内側に切れ込みすぎれば『オーバーステア』、逆に外側にダラダラと逃げていけば『アンダーステア』。どちらもバイクとの対話を拒絶した、独りよがりな走りに他なりません」


橋本副部長:「へえ、調和か。でも、どうすればそのニュートラルな状態になれるの? ハンドルを動かすとか?」


野本:「いえ、副部長。むしろ逆です。『ハンドルをこじらない』こと。そして、車体の中心を貫く『ロール軸』に身を委ねることが正解なのです」


野本さんは、部室にあった掃除中のモップを斜めに立てかけ、その周囲を指でなぞり始めました。


野本:「見てください。バイクには、ステアリングヘッドの下端と、ライダーの膝付近にある車体の重心を結ぶ、目に見えない軸が存在します。これがロール軸です。資料によれば、ステアリングヘッドの傾きに対して、このロール軸が90度で直交しているとき、バイクは最も素直に、ニュートラルに傾くことができるのです」


小宮部長:「90度……。デッサンのパースをとる時みたいな、絶対的な基準があるってことね。面白いじゃない」


野本:「はい、部長。この軸を意識せずに、体を無理にひねったり、無理やりバンクさせようとすると、軸が崩れて途端にバイクは重くなります。逆に、軸に逆らわなければ、スピードが出ていても車体は驚くほど軽々と倒れ、前輪は自然に最適な舵角をつけてくれるのです」


重子:「でも、バイクを傾けるのって怖くない? 前輪が滑っちゃいそうで」


野本:「そこです、重子さん。多くのライダーが陥る罠がそこにあります。前輪が自分より先に曲がってくれないと不安になる。しかし、真実はその逆。前輪は『遠回りして、後からついてくる』感覚でいいのです」


場所は変わり、夕暮れのファミレス。野本さんはアルバイトの準備をしながら、富山さんと亀山さんにこの「前輪の心理」を説いていました 。


野本:「富山さん。前輪というのは、ライダーから見れば少し遅れて、外側を遠回りしてついてくるものなのです。これを『セルフステア』と呼びます」


富山:「遠回り? 普通はさっさと曲がってほしいと思っちゃうけど」


野本:「ええ。でも、その『一瞬の遅れ』を待てずにハンドルを操作してしまうと、バイク本来の自律性が損なわれます。前輪が勝手に動くのを、好きなようにさせておく。この『放っておく勇気』が、安定したグリップを引き出すコツなのです」


亀山:「放っておく……。なんだか子育てや、長年連れ添った夫婦の秘訣みたいねえ」


野本:「まさに。バイクによってもその感覚は違います。アップライトなネイキッドタイプは前輪が遠回りする感覚が強く、逆に低い姿勢のレプリカタイプはハンドルの動きがダイレクトに伝わりやすい。いずれにせよ、そのバイクが持つ『ニュートラルな声』を聴くことが肝要です」


野本さんは、お冷のグラスをトレイに乗せ、流れるような動作で歩き出しました。


野本:「自分のロール軸を感じ、前輪のわがままを許容する。そうすれば、どんなコーナーでも不安なく、吸い付くように曲がっていけるはずです。……おっと、お客様です。ニュートラルな接客を心がけねば」


富山:「野本さん、接客はもう少し自分から動いてもいいのよ……?」


しかし、野本さんの心はすでに、次の「旋回グリップの安定」というさらなる深淵へと向かっていました。後輪で始まり、前輪が追従する。この美しい円舞曲を完成させるために、彼女はさらなる「暇つぶし」のページをめくるのでした。

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