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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン27

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第二章:慣性の牙(スピード域で“重くなる”バイク)



追跡は途切れていない。

環状線の分岐を抜けた先、夜明け前の物流区画に入ると、空気が変わった。油膜、粉塵、冷えた金属の匂い。ここは都市の血管で、企業の監視がいちばん濃い。配給コンテナの列、搬送レール、半自律フォークリフトの待機灯が、霧の中で脈打っている。


私は速度を上げた。上げた瞬間、車体が“重く”なる。

それは体重が増えたような感覚じゃない。ハンドルが粘り、バイクが自分の意思で直進を選び続ける感覚。慣性が、言葉を持ったみたいに「真っ直ぐ行け」と囁く。スピードが出るほど、バイクは“扱いづらい重さ”になる――この世界で生き残るには、その重さを恐れない訓練が必要だ。 


後ろから、低く唸る排気音が一台。さっきの上手い奴だ。

彼は距離を詰めない。詰めない代わりに、逃げ道を消してくる。ドローンが上空で旋回し、路面に細い照準線を落とす。照準線は私の進行方向の“逃げ場”を予告している。つまり、撃つ場所を決めている。


前方に左の中速コーナー。

しかも路面が良くない。継ぎ目、補修跡、薄い油膜――一見するとただの濡れ。だがこういう場所は、タイヤのグリップが“唐突に抜ける”。抜けるのはたいてい、余力がないとき。余力がないのは、欲張ったとき。


私は速度を落としすぎない。

落としすぎると、ここから先の直線で追いつかれる。かといって突っ込みすぎれば、曲がる余力がなくなる。

そこで私は、進入で“バンク角を増やして曲げる”発想を捨てた。角度を深くするほど曲がれる、というのは半分だけ正しい。タイヤは、曲がるために横方向の力を使い、同時に前へ進むために縦方向の力も使う。限界は一つだ。バンク角だけ増やしても、使える力の総量が増えるわけじゃない。むしろ、余力の配分を間違えると破綻が早い。


私は先に“曲がれる状態”を作る。

ごく短いブレーキでフロントに荷重を乗せ、サスペンションを沈めて接地感を立ち上げる。ここで強く握らない。沈み込みを急にすると、フロントが過敏になり、路面の段差で跳ねる。跳ねた瞬間、接地は一瞬で消える。

沈んだら、私はブレーキを緩めていく。完全に離さない。ほんのわずかな制動を残して、荷重移動を“滑らかに”つなぐ。


曲がり始め。

バイクはまだ直進したがる。慣性の牙が、脇腹に刺さる。

ここで腕で引きずり込もうとすると、ハンドルが暴れ、姿勢が乱れ、タイヤが嫌がる。だから私は視線を出口へ置いたまま、車体を倒し込み、倒れた角度を“維持”する。角度を増やして勝負しない。維持して勝負する。


追跡者が撃つ。

弾が路面を削り、湿った粉塵が舞う。

私は回避のためにラインを変えたい衝動を抑え、代わりにスロットルをほんの僅かに開けた。

加速ではない。荷重をリアに戻し、タイヤに“張り”を作るための開け方。張りがあると、車体は安定する。安定は、次の操作の余裕になる。


コーナーの途中で、私はさらに車体を深く寝かせない。

寝かせると安心する人間は多い。角度を深くすると、曲がっている実感が強くなるからだ。だが実際には、曲がる力は“速度とラインと荷重”で決まる。途中でバンク角だけ深くしても、ラインが急に内へ入るわけじゃない。内へ入れようとして余計な入力をすると、タイヤの横方向の余力を削り、いちばん危ない“滑りの入口”に立つ。


私は、出口へ向けてラインを締める。

締め方は、体を内へ落とすのではなく、スロットルの微調整だ。

ほんの少し戻すと、荷重が前へ寄って曲がりが強くなる。ほんの少し開けると、荷重が後ろへ寄ってラインが緩む。

この“ほんの少し”が、都市の夜では生死の差になる。


追跡者が同じコーナーへ入る。

彼は速い。だが彼の速さは、私の背中に貼り付くための速さだ。彼の目的は転倒させること。あるいは、私が減速した瞬間に横へ並び、体当たりして終わらせること。


出口。

私は車体を起こし始める。起こすときも急がない。

起こしながらスロットルを開ける。開けながら起こす。

この順番を逆にすると、寝たまま開けることになり、リアが滑りやすい。濡れた路面では特に。

私はタイヤが掴んでいる“気配”を足裏で感じ取って、掴んでいる限りだけ開ける。掴んでいないなら、開けない。


直線。物流区画の脇道。

ここで彼が仕掛けてくるのは分かっている。狭い通路での横移動、あるいは前方に落とされた障害物。

案の定、路肩のシャッターの隙間から黒いドローンが飛び出し、私の前方に小さな筒を転がした。煙筒――いや、粒子散布だ。視界を奪い、タイヤを滑らせるための微粒子。


私はそこで“ブレーキで止まる”選択をしない。

止まれば撃たれる。

私は速度を保ったまま、タイヤの上を通すラインを選ぶ。

散布は中央に濃い。端に薄い。薄い側へ半車線ずらし、車体はできるだけ立てたまま通過する。寝かせて通ると、横方向の力が増え、滑りやすい。立てれば、横方向の負担が減る。


粒子の上で、タイヤが一瞬だけ軽くなる。

その軽さに対して、私は操作を増やさない。増やすと、軽さが揺れになり、揺れが転倒になる。

私は“何もしない勇気”を使う。

そして粒子帯を抜けた瞬間、スロットルを少しだけ開け、後輪に荷重を戻す。回復の儀式みたいに。


追跡者が粒子帯に突っ込む。

彼は速度を落とさない。落とすと私を逃がすからだ。

だが彼は私ほど路面の変化を信じていない。彼は“機械”を信じている。トラコン、姿勢制御、ABS。企業の車両は高性能だ。だが万能じゃない。

粒子帯でフロントがわずかに流れた瞬間、彼は修正を入れた。入れた修正が、余計だった。

車体が一度だけヨーに揺れ、次の瞬間、彼は立て直した。上手い。だが揺れた分だけ距離が開く。


私は呼吸を整える。

まだ終わっていない。

彼は“直接”は来ない。次は前へ回り込む。

この区画の先には、半径が一定の長い右コーナーがある。そこで彼は私を外へ押し出すか、内側に閉じ込めて速度を奪う。速度を奪われれば、コーナー出口で並ばれ、体当たりの距離になる。


長い右。

私はそこで、あえて速度を“ほんの少し”落とした。

落としたのは恐怖じゃない。情報のためだ。

速度を少し落とすと、バイクの重さが少しだけ減る。減ると、路面の情報が戻ってくる。どこが濡れているか、どこに油が浮いているか、タイヤの温度がどれくらいか。

この情報がないと、戦闘では死ぬ。


私は進入でラインを外から取り、出口を早く見つける。

出口を早く見つけると、スロットルを早く開けられる。

早く開けられるということは、立ち上がりで距離を作れるということ。距離ができれば、次の攻撃を受けにくい。


追跡者の気配が薄れた。

薄れたのは諦めたからじゃない。前へ出たからだ。

そして、その読みは当たった。


コーナーの出口の先、路面に細いワイヤが張られていた。

今度は前輪を取る罠じゃない。車体を起こして加速する瞬間――いちばん前が軽くなる瞬間――そのタイミングで引っかけ、姿勢を崩して転ばせるタイプ。


私は出口で“起こし切らない”。

起こし切らず、バンク角を少しだけ残したまま、ワイヤを斜めに越える。

斜めに越えると、タイヤがワイヤを踏む時間が短い。踏む時間が短いと、入力が小さい。入力が小さければ、姿勢は崩れにくい。

そして越えた瞬間、私は車体を起こし、スロットルを開ける。

開けるのは一気じゃない。掴んだ分だけ。


背後で、ワイヤが弾ける音。

彼が追いつこうとして、同じ出口の加速で踏んだのだろう。


私は振り返らない。

背中のケースがわずかに鳴った。紙が揺れた音。

この一枚のために、私は走る。

そして次の区画で、私は“自分がどこまで曲げられるか”ではなく、“この都市をどう曲がり抜けるか”を問われることになる

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