表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン27

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4837/6009

第三章:踏み切り線(リーンの“きっかけ”と、ためらいの死)



物流区画を抜けると、都市の骨格が露出してきた。

高架の下から、旧市街へ降りるスロープ。そこだけは照明が生きている――生きているというより、“監視が濃い”。壁面の広告ディスプレイが死んだまま点滅し、代わりに路肩のセンサー杭が、赤外で車体の姿勢角を測っていた。


追跡者は一台。

まだいる。音がする。姿は見えない。見えないのに、いると分かる。

距離の詰め方が、いちばん厄介なやつのそれだった。直線で焦ってこない。コーナーの出口で呼吸のように寄せてくる。あれは、私が“ためらう瞬間”だけを狙っている。


前方、連続する右左。

路面は乾いた部分と湿った部分がまだらで、継ぎ目が斜めに走っている。

こういう場所では、技術の差が露骨に出る。上手い奴は、危ない場所を避けるんじゃない。危ない場所の上で、入力を増やさない。危ない場所の上で“迷わない”。


私は、次の右コーナーで一度、速度を落とした。

落としたのは恐怖ではない。

この区画に入ると、風向きが変わる。高層の隙間から吹き下ろす風が、車体を横へ押す。押されたときに、バイクがどの程度“戻ろうとするか”。その戻りの癖を、いま確認しておきたかった。


右コーナーの入口。

私は進入でブレーキを短く当て、フロントへ荷重を乗せる。

そのまま、ブレーキを抜きながら倒し込みに入る――はずだった。


だが、視界の端に“白い線”が見えた。

路面に引かれた補修のペイント。濡れている。滑る。

滑るのが分かった瞬間、人間は本能的に入力を止める。止めると、バイクは直進を選ぶ。直進を選べば、コーナーは曲がれない。


ためらいは死だ。


私は一瞬だけ、胸の奥が冷えるのを感じた。

「このまま倒していいのか」

脳がそう問いかけてくる。


問いかけた瞬間、追跡者の銃声が重なった。

音が近い。弾はまだ当たっていないが、“当たる距離”に入ったという宣言だった。


私は決める。

決めるために、腕ではなく、体幹で息を締める。

そして、リーンのきっかけを作る。


ハンドルを大きく切らない。

切って曲がろうとすると、バイクは不安定になる。

私は、ほんの一瞬だけ逆方向へ押す。右に曲がりたいなら、右のグリップを“押す”。

短く、確実に。

その入力で車体が傾きはじめる。傾きはじめたら、もう迷わない。迷わないというのは、勢いで突っ込むことじゃない。入力を“増やし続けない”ことだ。最初の一撃で倒し込みを始め、あとはタイヤと荷重の仕事に任せる。


タイヤが濡れたペイントに触れる。

滑る感触が、来る――来ない。

滑らない。

滑らなかったのは運じゃない。車体が傾く前に余計な入力を入れなかったからだ。濡れた場所の上で、操作を増やすほど滑る。操作を増やさなければ、タイヤは案外、持ちこたえる。


コーナーの中盤で、私は“曲げ足す”誘惑を捨てた。

ラインがわずかに外へ膨らみそうになる。そこで人は、さらに寝かせるか、さらにハンドルに力を入れる。

どちらも、今の路面では危ない。

私は代わりに、視線を出口へ固定して、スロットルをほんの少し戻した。戻すと荷重が前へ寄り、曲がりが少し強くなる。

戻しすぎない。戻しすぎればリアが軽くなり、旋回の途中で不安定になる。


出口が近づく。

私は車体を起こしながら、スロットルを開ける。起こしながら開ける。

そのタイミングで、背後の追跡者が並びかけた気配がした。

狙いは体当たり。直線の入り口、私が加速に移る瞬間に横へ来て、押し出して終わらせる。


私は直線に入る寸前、わざと加速を遅らせた。

一拍だけ、遅らせる。

遅らせると、相手は“加速で並ぶ計算”を外す。

追跡者の車体が半車線ぶん前へ出た。出た瞬間――私は開ける。

遅らせた分だけ、いま開けてもトラクションに余力がある。余力があるから、車体はまっすぐ前へ出る。


追跡者が振り返るようにラインを修正する。

修正が大きい。大きい修正は、次のコーナーで破綻する。


次は左。低速寄り。

ここでバイクは、急に曲がりにくくなる。速度が落ちるほど、車体は倒れたがらない。倒れたがらないから、人はハンドルをこじる。こじると、フロントが逃げる。逃げると転ぶ。


私は低速の入口で、リーン“だけ”を頼りにしない。

車体を倒すきっかけを、もう一度作る。

短い逆入力。

そして、倒れたら、倒れた角度を維持する。

維持するために、外足に荷重をかける。腕で支えない。腕で支えると、入力がブレる。


追跡者の銃声。

今度は近い。弾が路面を削り、左足のつま先の数十センチ前で火花が跳ねた。

私は瞬間的に体を固くしそうになる。固くなれば、バイクが暴れる。

暴れる前に、私は息を吐く。吐いて、体の余計な力を捨てる。


コーナー出口。

狭い路地へ入る。

そこはさらに低速。しかも路面が荒れている。

低速は、戦闘の最悪の舞台だ。速度がないほど、相手の銃が正確になる。相手の体当たりが効く。こちらは加速で逃げられない。


だが、低速には低速の武器がある。

「曲げる意思」だ。


私は路地の入口で、強く曲げる。

強く曲げるといっても、乱暴に切るのではない。

きっかけを明確にする。

ためらわず、最初の入力を決めて、車体を“こちらの都合で”倒す。

その一瞬が決まれば、低速でもバイクは曲がる。

決まらなければ、バイクは直進し、壁に刺さる。


背後で追跡者が同じ路地へ入ろうとした。

だが彼は一拍遅れた。

遅れたのは、路地が狭すぎたからだ。

狭い場所では、上手い奴ほど慎重になる。慎重になるほど、ためらいが生まれる。

私はそのためらいを、技術で殺している。


路地の中ほど、私は左へ折れる直角コーナーに入った。

ここで車体を寝かせたままブレーキを握れば、転ぶ。

私は直前で速度を“必要な分だけ”落とし、車体を立て、曲がる瞬間にだけ倒す。

立てて止める。倒して曲がる。

その切り替えを、滑らかにやる。


角を抜けた瞬間、都市の空気が変わった。

湿気が減り、冷たい金属臭が増える。

ここは旧地下鉄の換気坑の近くだ。地下街区へ降りる入り口がある。


背中のケースがまた鳴った。紙が揺れた音。

――あと少しで届けられる。


だが、その瞬間に、上空のドローンが低く唸った。

赤外線のラインが、私の前方の地面に細く引かれる。

狙撃の予告線。

出口を塞ぐための、合図。


私は決める。

決めるしかない。

この章で学んだことは単純だ。


曲がるために必要なのは、知識でも、勇気でもない。

「ためらいを操作に変換しない」こと。

その一点だけが、生き残りの条件になる。


私はアクセルを少しだけ開け、次のコーナーへ視線を投げた。

踏み切り線は、もう目の前にある。


(第三章・了)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ