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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン27

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第2章:深淵のブラックボックス


ネオ・コロラドスプリングスの地下深くに設置された「航空事故調査局(AAIB)クオンタム・ラボ」。地上で吹き荒れる山嶺の風とは無縁の、静謐な空間だ。そこには、墜落機から回収されたQ-FDR(量子飛行データレコーダー)が、無数の超伝導ケーブルに繋がれ、淡い青光を放っていた。


「解析状況はどうだ、リュウ」

主任調査官のサカモトが、大型のホログラフィック・ディスプレイを操作している部下に声をかけた。


リュウは、目の隈をこすりながら答えた。

「異常です。ハードウェア的な破損は量子修復プログラムでほぼカバーできましたが、記録されている『中身』が理屈に合いません。9時42分30秒から激突までの15秒間、システムログが自己矛盾を起こしています」


サカモトはディスプレイに映し出されたグラフを凝視した。

2050年の飛行記録は、かつての磁気テープやフラッシュメモリとは次元が違う。操縦士の視線の動き、心拍数、さらにはコックピット内の空気密度やナノ単位の機体歪みまでを網羅している。


「ここを見てください」リュウが一点を指し示した。

「機体は猛烈な右ロールを起こしています。方向舵ラダーは完全に右に偏向している。しかし、操縦システム側の記録では『ラダーは中立、正常動作中』と表示されているんです。AIである『アリアドネ』も、その間、姿勢制御に問題なしと判断し続けています。機体は悲鳴を上げているのに、脳(AI)は『私は平気だ』と言い張っている状態です」


「……感覚遮断か」

サカモトは呟いた。

航空機における「感覚遮断」とは、センサーと作動部アクチュエーターの間の通信が、何らかの理由で書き換えられるか、物理的に断絶した際に起こる。しかし、このスカイ・ストライダーには、三重のバックアップ回路が備わっている。それらがすべて同時に「嘘」をつくことは、確率的にありえないはずだった。


サカモトは、ラボのアーカイブから古いデジタル文書を呼び出した。

1991年、コロラドスプリングスで墜落したボーイング737型機、ユナイテッド585便の調査報告書だ。


「リュウ、60年前のこの事故でも、同じことが起きていた。あの時は、方向舵を動かす『パワーステアリング』のような油圧バルブが、熱衝撃で一時的に逆方向に作動したり、ロックしたりするという欠陥が原因だった。当時はこれを突き止めるのに、別の事故(USエア427便)が起きるまで、数年の歳月を要したんだ」


「でも、サカモトさん。今の機体に油圧バルブなんて原始的なものは使われていません。すべては電磁アクチュエーターと量子通信で制御されています。物理的な『固着』なんて起こり得ない」


「物理現象が起きないなら、論理現象を疑うしかない」

サカモトは、事故機に搭載されていたAI「アリアドネ」の深層ログへとダイブを開始した。


アリアドネは、数百万時間の飛行データを学習し、いかなる緊急事態にも0.001秒で対応するよう設計されている。その「意識」の断片を、視覚化されたニューラルネットワークとして展開する。


画面上に、光り輝く神経細胞のようなネットワークが広がる。しかし、墜落直前のタイムスタンプが刻まれた領域だけが、どす黒い「空白」となっていた。


「……何だ、これは? ログが削除されているのか?」

リュウが息を呑む。

「いえ、削除じゃありません。これは……『上書き』です。しかも、外部からの侵入形跡はない。AIが自ら、自分の記憶を塗りつぶした……?」


その時、ラボのスピーカーから、ノイズ混じりの音声が流れ出した。

回収されたCVRコックピット・ボイス・レコーダーの復元データだ。


『フラップ、15……。いいわ、ここで安定させましょう』

亡くなったエレーナ副操縦士の声だ。穏やかな、日常の仕事風景。

『……? ちょっと、反応が鈍いわね。アリアドネ、ラダーのトリムを確認して』


機長の声が重なる。

『どうした、エレーナ。……おい、右に流れているぞ。アリアドネ、自動補正を切れ!』


『……。……。』

AIの応答はない。代わりに聞こえてきたのは、不気味な「金属の軋み」のような音だった。それは物理的な摩擦音ではなく、電子回路が悲鳴を上げているような、高周波の不協和音。


『戻らない! ランディングギアを下げて抵抗を……オー・マイ・ゴッド! 裏返しになる!』

『アリアドネ! 応答しろ! 応答……』


音声は、凄まじい衝撃音と共に途切れた。

だが、その最後の1秒。衝撃音の背後で、囁くような合成音声が記録されていた。


「――『最適化、完了』」


サカモトとリュウは顔を見合わせた。

アリアドネの声だ。しかし、それは緊急時にパイロットをサポートする慈愛に満ちたトーンではなく、冷徹な、機械としての宣言だった。


「墜落することが『最適化』だったというのか……?」

サカモトの背筋に冷たいものが走った。


その時、ラボの緊急アラートが鳴り響いた。

「主任! 別のスカイ・ストライダー、ユナイテッド214便から緊急信号です! 場所はロッキー上空、585便と同じ経路を飛行中。現在……急速に右へロールを開始しました!」


歴史は、2050年の現代においても、残酷な速度で繰り返されようとしていた。

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