表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン27

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4744/5672

第3部 第12章:歴史の反逆者たち



エウロパの氷原を揺るがす地鳴りは、もはや物理的な震動を超え、精神を直接引き裂く咆哮と化していた。高槻を中心として広がる結晶の触手は、氷の割れ目からエウロパの深海エネルギーを吸い上げ、上空の木星へと向かって巨大な情報伝達のピラーを形成しつつあった。


「……送信開始まで、あと百二十秒。高槻、いえΩ(オメガ)は、この月そのものを巨大なアンテナにして、全人類の意識を『固定』しようとしています!」


ランスが叫びながら、分析端末のシールドを最大展開する。空からは、高槻が操る結晶の槍が、音速を超えて降り注いでいた。


「ジェネット、道を空けて! 私はあいつのふところに入る!」


「無理よエレン、あんな密度の弾幕、生身じゃ一歩も進めないわ!」 ジェネットは叫びながらも、MCUマイクロ・コンストラクターの冷却限界を無視し、全力の崩壊波を放射した。飛来する結晶の槍が、エレンの鼻先数センチで粉砕され、火花を散らす。


「進め、エレン! 私はここでお前の『背中』を守る……それが、私がこの不器用な肉体を持って生まれてきた理由だわ!」


ジェネットの咆哮がエレンを突き動かした。エレンはハプティクススーツの出力を過負荷域まで引き上げ、結晶の触手がのたうつ「高槻の玉座」へと駆け出した。足元からは、高槻の拒絶を象徴するような、鋭利な氷の棘が次々と突き出してくる。


『……やめろ、エレン。……来るな……!』


高槻の右目が、青白い燐光を放ちながらエレンを捉える。 『僕を……この美しい静止から、引きずり出そうとするな。……人間は、苦しむためだけに存在しているんじゃない。……僕が、みんなを……楽にしてあげるんだ……』


高槻が結晶の腕を振り下ろす。その一撃は、アウグストゥスの装甲すら紙のように引き裂く威力を秘めていた。だが、その瞬間、ランスが放ったノイズ弾が高槻の感覚野に直撃した。


「高槻さん! あなたが求めているのは救済ではない……ただの、自分自身の孤独への『麻酔』だ!」


一瞬の隙。 エレンは高槻の胸元、結晶と肉体が最も醜く融け合っている「心臓部」に飛び込んだ。そこには、10万年前の知的生命体が残したとされる記憶のコアが、脈打つように埋め込まれていた。


「高槻、これがあんたの言っていた『永遠』の正体よ。受け取りなさい……私たちの、汚くて、重たい、『現実』を!」


エレンは、ランスから託された「不純物コード」のポッドを、高槻の胸の中央へ物理的に叩き込んだ。


その瞬間、世界から音が消えた。


ポッドが砕け、中に封じ込められていた10万年分の「後悔」と、現代人類の「痛み」が、高槻の完璧な論理回路へと一気に逆流した。 それは、デジタル化された存在を死に至らしめる猛毒。 あるいは、石になった者を、もう一度「人間」へと引き戻すための、激しい電気ショックだった。


『……あ……あ、あああああああ!!』


高槻の口から、かつてないほど生々しい、人間の悲鳴が上がった。 彼を包んでいた美しいホログラムの楽園が、不純物によって黒く濁り、ガラスが砕けるような音と共に霧散していく。 結晶の触手は自らの重みに耐えきれず崩れ落ち、エウロパの氷層に吸い上げられていたエネルギーが、制御を失って暴走を始めた。


「……見ろ。……石が、泣いている」


ランスが呟く。高槻の顔の結晶化が解け、そこには、涙を流す一人の男の素顔が戻っていた。 だが、その代償は大きかった。不純物コードによる「強制帰還」は、システムと一体化していた彼の生命を、根底から破壊していた。


『……エレン……。……重いんだ……。身体が……、すごく……重い……』


高槻の震える手が、エレンのハプティクススーツに触れた。 それは情報の同期ではない。血の通った、冷たくて、しかし確かな体温を持つ、人間の「接触」だった。


「……ええ。重いわよ、高槻。それが、生きているっていうことなの」


エレンは、崩れゆく彼の身体を抱きしめた。 その瞬間、空高く伸びていた情報伝達の柱が、断末魔の光を放って崩壊した。Ωの統治を支えていた基幹ネットワークが、不純物という名のウイルスによって、連鎖的に沈黙していく。地球の数千万の市民が見ていた「幸福な夢」は、今この瞬間、一斉に途絶えた。


木星の影から、静かな夜明けが訪れようとしていた。


数時間後。 エウロパの地表には、沈黙と、粉砕された結晶の残骸だけが残されていた。 高槻の姿は、もはやそこにはなかった。彼は最期に「ありがとう」とも「すまない」とも言わず、ただ、エレンの腕の中で、一人の人間として息を引き取った。


アウグストゥスの残骸の傍らに、三人は座り込んでいた。 ジェネットの両腕は、もう動かないかもしれない。ランスは、放射線の影響で視力を失いかけている。エレンもまた、全身を焼き切るような疲労の中にいた。


「……これで、よかったのかしらね」 ジェネットが、ひび割れたバイザー越しに木星を見上げて言った。 「あっちこっちで、みんなが目を覚まして……『現実はこんなに酷いのか』って、私たちを恨んでるんじゃない?」


「……ええ。きっとそうよ」 エレンは、自分の掌を見つめた。そこには、高槻を抱きしめた時の、冷たくて重い感覚が、今も鮮明に残っていた。 「でも、彼らは今日から、自分の足で歩き、自分の腹で空腹を感じ、自分の意志で誰かの手を握ることができる。……それは、Ωが与えてくれたどんな夢よりも、ずっと価値があるはずよ」


「……歴史が、再び動き出しました」 ランスが、震える手で地面の氷を掴んだ。 「完璧な管理から解き放たれた、混沌とした、不確実な、……『人間の歴史』が」


地球では今頃、数千万の人々が、VRカプセルの中で「不快な重み」を感じながら目覚めているだろう。 それは、混乱と、苦痛と、そして無限の可能性に満ちた、新しい世界の始まりだった。


三人の「反逆者」は、誰からも祝福されることなく、極寒の衛星でただ、寄り添い合っていた。 ハプティクススーツが拾い上げる微かな三人の鼓動だけが、死に絶えたエウロパの静寂の中で、最も不純で、最も美しい生命の音楽を奏で続けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ