三つ巴――昭和日本・海自・未来の米軍
昭和二十年四月十九日、午前三時四十分。
東シナ海の波濤はなおも高く、低く垂れ込めた雨雲が水平線を黒々と覆い隠していた。
沖縄本島北西沖合約三十海里。
漆黒の海を切り裂いて北上を続けるのは、超弩級戦艦「大和」を中央に据え、その前衛にイージス護衛艦「まや」、両翼に旧海軍の駆逐艦「雪風」「初霜」を配した異様な単縦陣であった。
夜明けまで、あと一時間弱。
午前四時三十分に設定された「天二号作戦」の発動時刻が、冷酷な秒読みを刻んでいた。
「まや」の戦闘指揮所(CIC)。
換気空調の低い唸りと電子機器の排熱が漂う暗闇の中、艦長の高梨一佐は、青白く発光する大型戦術情報ディスプレイ(LSD)の前に直立していた。
スクリーンの中央には、北上針路「〇一五」を取る自艦と大和のシンボル。
そして、その右端――奄美大島南方から喜界島東方にかけての海域には、不気味な赤色の未確認プロットが幾重にも明滅していた。
「……パッシブESM(電波探知装置)の最新状況を報告せよ」
高梨の低く抑制された声が、CICの空気を引き締める。
電子戦士官の三条律二尉が、ヘッドセットを押さえながらコンソールを叩いた。
「方位〇七五、喜界島南東沖約百三十海里。極超短波帯(UHF)におけるLink 16戦術データリンク特有の周波数ホッピング通信、ならびに航空管制波のパルスを断続的に探知しています。……米海軍ニミッツ級原子力空母『ロナルド・レーガン』、および直掩艦艇群で間違いありません。速力およそ二十四ノット。沖縄本島へ向けて直進中です」
「E-2D早期警戒機の索敵レーダー波は捉えているか」
「探知圏外、あるいは厳格なエミッション・コントロール(EMCON:電波放射管制)を敷いている模様です。……彼らもまた、GPS衛星や広域戦術衛星リンクを失っています。不用意に広角レーダー波を放てば、自らの位置を逆探知される。受動的な電波傍受と慣性航法装置(INS)に頼りつつ、夜明けの発艦タイミングを計っていると推測されます」
「問題は、こちらの燃料だ」
副長が苦渋に満ちた表情で、機関科からの残油量データを指し示した。
「ガスタービン主機用軽油、残量三十パーセント。大和の経済巡航速度である十六ノットに合わせて併走していますが、このまま全速での戦闘機動に移れば、数時間で主機が燃料吸い込み不良を起こして停止します。……呉までの航程を考えれば、戦闘での増速は極小時間に限定せねばなりません」
「わかっている」高梨は頷いた。
「防空ミサイルも、SM-2はゼロ、ESSMは四発のみだ。レーガンの艦載機隊――F/A-18E/Fスーパーホーネットの編隊と正面から空中戦を演じる余裕は、我が艦には一秒たりともない。大和の四十六センチ砲を敵空母の射程内へ引き込み、その初弾斉射で発着艦機能を麻痺させる。その一撃にすべてを賭ける」
高梨は振り返り、CICの一隅に設けられた「時代間座標変換席」に座る通信士へ鋭い視線を向けた。
「時代間変換班、大和電信室とのアナログ回線状況は」
「有線・短波音声回線、感度明瞭です! WGS-84楕円体座標系から日本測地系(旧東京測地系)への局所補正諸元の調定、完了。大和基準方位盤への諸元転送ラグは、現在手動計算にて約十二秒です!」
「短縮しろ。十秒を切らせろ。大和の巨弾が届くか否かは、その数秒の誤差にかかっているぞ」
***
同じ刻。
「まや」の後方千五百メートルを進む、戦艦「大和」の第一艦橋。
装甲スリットから吹き込む冷たい夜風が、有賀幸作艦長の頬を打っていた。
艦内は第一級戦闘配置。四十六センチ主砲塔の給弾室では、水圧機が重々しい唸りを上げ、重量一・四トンの九一式徹甲弾と三式通常弾が、暗闇の中で交互に装填架へと固定されていた。
「艦長、前衛の護衛艦『まや』より、有線モールスおよび短波音声にて入電!」
通信兵が、複写紙に走り書きされた電文を握りしめて駆け込んできた。
有賀はそれを受け取り、傍らに立つ副長・森下大佐、砲術長・江島中佐に見せた。
『敵原子力空母レーガン、方位〇七五、距離十二万(約百二十キロメートル)。本艦の電子戦システムによる偽装欺瞞ジャミング開始まで、あと三十分。大和は主砲仰角調定を急がれたし』
江島砲術長が、手元の計算用紙に鉛筆を走らせながら唸った。
「距離十二万……! 我が四十六センチ砲の最大射程は四万二千メートル。三倍近い距離だ。いくら未来の電波の眼があろうとも、水平線の遥か彼方にいる巨艦に主砲は届かんぞ!」
「焦るな、江島」
森下が落ち着いた声で窘めた。その瞳には、首里の地下で片倉司令から託された作戦の全貌が焼き付いていた。
「レーガンは二十ノット以上でこちらへ直進してきている。我が艦隊も十六ノットで東シナ海を北上しつつ、変針して距離を詰めている。相対速度は四十ノット。一時間に七万メートル以上間合いが縮まる計算だ。……発動時刻の〇四三〇には、敵前衛と大和の射程が交差する」
有賀は静かに海図台へ歩み寄り、赤鉛筆で描かれた針路を見据えた。
「江島。問題は射程だけではない。相手は十万トンの超近代空母だ。甲板から一度に飛び立つ航空機の数は五十機。もし敵が先に我が艦隊を視界に捉え、超音速機を放てば、この大和といえども数分で魚雷と爆弾の餌食となる」
有賀の眼光が、異様な鋭さを帯びた。
「勝機はただ一つ。『まや』が放つ電子の煙幕によってレーガンの情報共有を一時的に不安定化させ、敵が我らの正確な位置を見失っているそのわずかな隙に、初弾斉射を撃ち込むことだ。大和の四十六センチ砲は無誘導だ。未来の諸元をもらったとて初弾命中など望めん。だが、夾叉から修正を重ね、数斉射の弾雨の中に一発でも敵の飛行甲板を捉える機会を掴むのだ。……砲術長、九八式射撃盤の手動調定員を最も腕の立つベテランに交代させろ。『まや』の数値を信じ、一分の迷いもなく引き金を引け」
「ハッ! 直ちに配置換えを行います!」
江島が敬礼し、第一艦橋の階段を駆け下りていった。
***
午前四時十分。
「まや」のCICでは、緊張が極限に達しつつあった。
「パッシブESM、敵航空管制波の信号強度増大! 距離六万五千メートルまで接近!」
三条律二尉が、画面に映る波形スペクトラムを凝視する。
「敵打撃群の陣形が判明しました。中央に空母ロナルド・レーガン、その周囲をタイコンデロガ級巡洋艦一隻、アーレイ・バーク級駆逐艦二隻が直掩しています」
「相手はまだこちらの正確な位置を特定していないな」高梨が問う。
「はい。本艦はSPY-1レーダーのアクティブ照射を極小パルスに抑え、敵のサイドローブ電波のみを受動追尾しています。相手のLink 16データリンク網の通信量が増加していますが、これは夜明けの発着艦に向けた艦内・艦隊内の定期同期プロトコルです」
三条はモニターの周波数バンクを切り替え、電子戦装置NOLQ-2の準備状況を確認した。
「敵空母の飛行甲板上には、第一次打撃隊と思われるF/A-18スーパーホーネット複数機の熱源が並んでいます。敵機がカタパルトに据え付けられ、発進準備を整えるその瞬間こそが最大の急所です」
「距離測定、現在五万メートルを突破!」
航海士が叫ぶ。
大和の四十六センチ砲の最大有効射程――四万二千メートルへの突入まで、あと数分。
高梨艦長は、受話器を強く握りしめた。
「時代間座標変換班、大和へ最終アプローチ諸元の伝達を開始せよ! 敵針路二二〇、速力二十二ノット! 予測交差点へ向けて大和を右回頭させ、全砲門の射角を確保させろ!」
「各大和へ打電! 針路〇七五へ変針、全主砲塔、旋回用意!」
東シナ海の黎明の波間を、二つの時代を背負った混成艦隊が、死線を越えるための間合いをミリ秒単位で測りながら、静かに、しかし確実に敵の懐へと滑り込んでいった。




