第128章 第4章
「……さあ、第4章だ。等々力警部、あんたのその、今にも爆発しそうな面構え……最高だよ。でも、本当に爆発するのは、あんたが信じてやまない『健全な日本家庭』の正体を知った時だ」
スズキタゴサクは、取調室の空気を楽しむように深く吸い込み、再び『汝、星のごとく』のページをめくった。その指先は、物語の核心にある痛みに触れることを心底待ち望んでいるかのように、卑猥に震えている。
「第4章のタイトルは『男らしさの墓標――「稼ぐこと」が愛だという幻想』。お嬢ちゃん、あんた、結婚するなら『経済力のある男』がいいなんて、薄っぺらな婚活女子みたいなことを考えてないかい? だとしたら、この櫂という男の死に様は、あんたのその可愛らしい夢を叩き潰す鉄槌になる」
スズキは不意に身を乗り出し、等々力を指差した。
「警部さん、あんたの世代の呪いだよ。『男は家族を養って一人前』、『女を食わせていけるのが本当の愛』……。櫂はこの呪縛に、自分から首を突っ込んだんだ。彼は島で、暁海を守ると誓った。東京で成功して、彼女をあの閉塞的な島から連れ出す。そのために、彼は自分の才能を切り売りし、身を粉にして働いた。立派だよねえ。涙が出るよ。でもね、それが今の日本社会では、最悪の『自爆スイッチ』になるんだ」
スズキは嘲笑を浮かべ、取調室の壁を叩いた。
「今の日本を見てごらん。物価は上がり、賃金は上がらず、明日の雇用すら保証されない。そんな中で『男が稼いで女を守る』なんていう古臭いモデルを後生大事に抱えている男たちは、どうなると思う? 櫂のように、稼げなくなった瞬間に、自分の存在価値を失うんだよ。彼はね、暁海に弱音を吐けなかった。金がなくなったこと、才能が枯渇したこと、都会の荒波に負けたこと。それを認めることは、彼にとって『男としての死』を意味していたんだ。だから彼は、自分を偽り、酒に逃げ、ついには一番守りたかったはずの暁海を傷つけることで、自分のプライドを保とうとした。……醜いねえ。でも、これがこの国の『大黒柱』たちの真実だ」
等々力は苦虫を噛み潰したような顔で、スズキの言葉を無視しようとした。だが、スズキの毒は確実に、彼の「責任感」という傷口に染み込んでいく。
「お嬢ちゃん、よく聞きな。櫂を殺したのは、爆弾じゃない。この国に蔓延している『有害な男らしさ』という名の毒ガスだ。弱さを見せられない、助けを求められない。稼げない男には価値がないという、社会全体の暗黙の了解。櫂は、そのガスに巻かれて窒息したんだ。今の日本で、男性の自殺率が高いのはなぜだと思う? それはね、彼らが『稼ぐ機械』であることを強要され、機械が故障した時に廃棄されるのを恐れているからだよ。櫂は、まさにその廃棄を恐れる機械だった」
スズキは椅子を大きく鳴らし、取調室をゆっくりと歩き回り始めた。
「一方で、島に残された暁海はどうだったか。彼女はね、皮肉にも櫂がいないことで、自分の『手』で生きる術を身につけていった。刺繍という小さな、しかし確実な技術。自分の足で立ち、自分の金で飯を食う。彼女が手に入れたのは、櫂が夢見た『守られる愛』ではなく、『奪われない自立』だった。この対比が残酷だよねえ。男が『守ってやる』と意気込んでいる間に、女はとっくに、男が守る必要のない高みへと昇っていたんだから」
スズキは等々力の背後に立ち、耳元で囁くように言った。
「警部さん、あんたが守ろうとしている『社会の秩序』ってのは、こういう歪な自己犠牲の上に成り立っているんだよ。男は稼げ、女は家庭を守れ、若者は親を介護しろ。その役割から一歩でも外れれば、冷たい目で見られ、切り捨てられる。……俺が仕掛けた爆弾はね、そんな『役割』を押し付けられて壊れた連中の、最後の叫びなんだよ。櫂が東京のビルから飛び降りる代わりに、俺は自販機を蹴り、爆弾を仕掛けた。本質的な絶望は同じなんだ」
スズキは再び椅子に座り、ニタリと笑った。
「第4章の結末……それは、櫂という『男らしさ』の崩壊だ。彼は、暁海を救うための王子様になろうとして、自分という人間を焼き尽くした。今の日本には、そんな『燃えカス』のような男たちが溢れている。……さて、次はいよいよ第5章。この物語の最も危険な『劇物』……北原先生という男の話をしようか。彼はね、俺と同じ、既存のルールを破壊する『怪物』なんだよ」
スズキタゴサクの言葉が、冷たい取調室に響き渡る。第4章――それは、愛という名のプレッシャーに押し潰された、日本の男性たちの鎮魂歌だった。
「……警部さん、そんなに睨まないでよ。俺はただ、鏡を見せているだけなんだからさ」




