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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン26

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第125章 第2章

「……さあ、第2章だ。お嬢ちゃん、顔色が悪いよ。まだ始まったばかりだっていうのに」

スズキタゴサクは、取調室のパイプ椅子の上で、まるでリビングのソファにでも座っているかのように弛緩し、だらしなく身体を揺らした。彼は机の上の『汝、星のごとく』を、まるで解剖を待つ死体を見るような目で見つめ、再び口を開く。

「第2章のタイトルは『ヤングケアラーの鎖――暁海という静かな爆弾』だ。等々力警部、あんたの世代なら『親孝行』の一言で片付けたいんだろう? でもね、そんな綺麗な言葉の下で、どれだけの若者が内側から腐っていくか。それをこの物語は、一切の容赦なく書き抜いているんだよ」

スズキは、脂ぎった指で自分の喉元をなぞった。

「主人公の暁海。彼女はね、お嬢ちゃん、あんたと同じくらいの年齢の時から、すでに『死んでいた』んだよ。肉体は動いている。学校にも行く、刺繍もする。でも、その魂は母親という重石に繋がれて、深い海の底に沈んでいる。不倫して逃げた父親。そのショックで精神を病み、子供のように喚き、縋り付く母親。暁海は、母親が壊れないように、自分が壊れることを選んだんだ。……これをね、世間は『健気な娘』と呼ぶ。でも俺に言わせりゃ、これは『緩やかな殺害』だよ。母親が娘の未来を、一日、一時間、一分ずつ、丁寧に切り刻んで食べているんだ」

「……やめろ」

等々力が低い声で遮った。だが、スズキは笑みを深めるだけだ。

「やめろ? なぜだい? これが日本の『家庭』のリアルじゃないか。お嬢ちゃん、あんた、警察官を目指した時に『正義』なんてものを信じていただろう? でも、この社会には警察も介入できない、法律も届かない聖域がある。それが『家族』だ。密室の中で、親が子供を精神的に去勢し、自分の介護ロボットに作り替える。それは事件にならない。虐待の証拠になる痣もない。ただ、子供の目が光を失っていくだけだ。暁海を見てごらん。彼女は島から出られないんじゃない。母親という爆弾を抱えているから、一歩も動けないんだ。自分が手を離せば、母親が爆発して死ぬ……そう刷り込まれているんだよ」

スズキは、机に置かれた『爆弾』の調書と、目の前の小説を交互に指差した。

「俺が自販機を蹴飛ばしたのは、社会に対する些細な抗議だった。でも、暁海が内側に溜め込んでいる不満は、そんなもんじゃない。彼女はね、心の奥底で母親が死ぬことを願っている。同時に、そんな自分を呪っている。この自己矛盾が、どれほど強力なエネルギー源になるか分かるかい? 怒りじゃない、悲しみじゃない。それは『無』だ。自分という存在が消えていく恐怖。等々力警部、あんたたちが追っている爆弾魔よりも、よっぽど危険な火薬が、今の日本のあちこちのワンルームや、地方の古い日本家屋に充填されているんだよ。ヤングケアラーという名の、静かな爆弾がね」

倖田沙良は、震える手でメモを取っていた。スズキの言葉は、彼女が警察学校で学んだ「守るべき市民」という概念を、根本から踏みにじっていく。

「スズキ、君は……自分がその『爆弾』の代弁者だとでも言いたいのか」

沙良の問いに、スズキはクスクスと肩を揺らした。

「代弁者? 買い被りすぎだよ。俺はただの観測者さ。でもね、暁海と櫂が出会った夜、彼らが交わした言葉を読んでごらん。あれは愛の告白なんかじゃない。お互いの『鎖』の長さを確認し合ったんだ。『ああ、あんたも繋がれているんだね』『俺と同じ、逃げられない場所にいるんだね』って。その瞬間に、彼らの間にだけ通じる特別な回路ができた。……そしてその回路が、やがて社会への復讐へと繋がっていく」

スズキは不意に声を潜め、獲物を狙う蛇のような目になった。

「この物語の残酷なところはね、暁海が一度も『被害者』として叫ばないことだ。彼女は淡々と、刺繍の針を進めるように、自分の絶望を縫い込んでいく。等々力さん、あんたの部下たちが、過労で自殺したり、精神を病んだりするのはなぜだと思う? それは彼らが『真面目』だからだ。暁海も同じだ。真面目であればあるほど、鎖は深く肉に食い込む。今の日本社会はね、そういう『真面目な人間』を燃料にして動いているんだよ。安上がりの、文句を言わない、使い捨ての燃料だ」

スズキは取調室のカメラを見上げた。

「これを見てる上層部の連中も、きっと暁海を見て『いい娘だ』と思うだろうさ。自分たちの不備を、彼女みたいな若者が個人的な犠牲で埋めてくれているんだからな。でもね、燃料には限界がある。いつか空っぽになるか、あるいは……引火して爆発する。暁海が北原先生という男に出会った時、彼女の中の爆鳴気が一気に高まった。それは『救済』の顔をした『破壊』の始まりだったんだ」

スズキは椅子から立ち上がり、狭い室内を歩き回った。

「第2章の結末はね、お嬢ちゃん。彼女が『自分を殺すこと』を覚悟した瞬間だ。誰かのために生きるという美徳が、自分の人生を抹殺する最強の凶器に変わる。この反転が分からない限り、あんたたちは俺がどこに爆弾を仕掛けたか、一生たどり着けないよ。……爆弾はね、箱の中にあるんじゃない。あんたたちが無視してきた、あの静かな若者たちの胸の中にあるんだから」

スズキは再び椅子に座り、ニタリと笑った。

「さて、次は第3章だ。東京へ行った櫂の話をしようか。成功という名の毒薬を飲まされた、哀れな天才の話を。……コーヒー、まだかな? 警部さん、あんたが淹れてくれるまで、俺は一歩も動かないよ」

取調室の重苦しい沈黙の中に、スズキの不快な鼻歌だけが響いていた。それは、社会の底辺から響いてくる、終わりのない呪詛のように聞こえた。



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