第17章 焦燥と困惑:スプルーアンスの悪夢
沖縄沖での、立て続けの壊滅的な敗北は、米太平洋艦隊司令官、レイモンド・スプルーアンス大将を深い衝撃と苛立ちの淵へと突き落としていた。旗艦「インディアナポリス」の作戦室で、彼は最新の戦況報告書を乱暴に叩きつけた。
「輸送艦隊が、まるで紙切れのように引き裂かれただと?しかも、あの海岸に座礁した旧式艦が、我々の戦車部隊と歩兵を側面から叩き潰したというのか!」
彼の脳裏には、数時間で壊滅した上陸部隊、そして不可解な砲撃で沈む艦艇の映像が焼き付いていた。日本本土からの通信記録によれば、九州や本州沿岸への絨毯爆撃は着々と進捗しているはずだった。にもかかわらず、沖縄の抵抗はなぜこれほどまでに強固なのか。
情報幕僚が、震える声で報告を続ける。「敵の索敵能力が異常なまでに向上していることは、すでに承知しておりました。しかし、今回の攻撃はそれだけではありません。あの**座礁させた旧式艦艇、軽巡洋艦『矢秡』、駆逐艦『朝霜』、『霞』**からの砲撃は、まるで陸上要塞と化したかのように正確で、我々の進撃を完全に阻みました。そして、そこから上陸した海軍兵士による背後からの奇襲……。これまでの日本の戦術とは、全く異なるものです」
スプルーアンスの眉間の皺は、さらに深くなった。座礁艦艇を陸上戦力として活用するなど、彼らの戦術教範には存在しない発想だった。艦艇は海に属し、陸上戦闘は陸軍の領域という常識が、目の前で打ち砕かれていた。「動かない艦が、これほどまでに効果的な防御陣地になるとは……狂気の沙汰だ!」彼は報告書に記された座礁艦の位置と被害状況を指でなぞり、その異常な有効性に戦慄した。
「さらに、あの戦艦『大和』です」別の参謀が報告を続けた。「我々の輸送艦隊への砲撃は、目視できない距離から、まるで狙い澄ましたかのようにピンポイントで着弾しました。46センチ主砲の威力は想像を絶し、副砲ですら、我が駆逐艦を瞬時に航行不能に陥らせるほどの精密性です。これまでの日本の砲術とは、明らかに一線を画しています。まるで、未来の照準器でも使っているかのようです……」
報告を聞きながら、スプルーアンスは思わず椅子の肘掛けを強く握りしめた。彼の経験上、これほどの遠距離から、しかも高速で航行する目標に対して、これほど正確な着弾を連発できる主砲など存在しなかった。それは、熟練の砲術士官の技量を超越した、まるで魔法のような精密性だった。副砲による駆逐艦への一撃必殺も、彼の常識を遥かに逸脱していた。
「ありえない、絶対にありえない!あの巨艦は、もはや単なる戦艦ではない。我々の技術を凌駕する何かが、そこに存在する!」
「未来だと?馬鹿な!」スプルーアンスは机を拳で叩いた。「それは日本の新型秘密兵器か、あるいはドイツからの技術供与か!何でもいい、その正体を突き止めろ!我々のレーダーは、何を探知しているのだ?!」
三条律らの介入により、米軍のレーダーは強化され、低高度飛行の機体を探知する能力を高め、対電磁波妨害(ECM)能力を強化した新型偵察機を投入しているが、それでもこの未知の敵の全容は掴めていなかった。
「レーダー波形は……依然として不明瞭です。既存のどの艦種にも該当しません。そして、奇妙なことに、上空の我が偵察機は、敵の無人機らしきものを頻繁に目撃しておりますが、それを追跡しようとすると、すぐに視界から消えてしまいます」
スプルーアンスの眉間の皺は、さらに深くなった。存在しないはずの艦艇、認識不能なレーダー波形、そして空中で消滅する航空機。理解不能な現象の前に、米軍は焦燥感を募らせるばかりだった。
「このままでは、本土上陸作戦に甚大な遅れが生じる。あるいは、我々が予想もしない損害を被る可能性がある」スプルーアンスは作戦室の大型地図を睨みつけた。そこには、日本本土上陸計画「ダウンフォール作戦」の詳細が記されている。
「至急、ワシントンに報告せよ。沖縄での事態は、単なる抵抗ではない。これは、我々の知る戦争の常識を覆す『異常事態』であると。そして、沖縄方面へのB-29の増援部隊をさらに前倒しで投入。あの『動かない要塞』、そして『見えない敵』を叩き潰せ!」




