市ヶ谷の衝撃――第二の未来艦を確認せよ
## エピソード41 市ヶ谷の判断――第二の未来艦
昭和二十年四月十八日、午後三時十分。
東京・市ヶ谷。
陸軍省地下、大本営作戦会議室。
南西諸島海図の上には、三種類の資料が並べられていた。
喜界島電波監視所からの方位記録。
沿岸見張所による大型艦目視報告。
航空監視部隊から届いた「航空母艦様巨大艦」の観測電文。
梅津美治郎参謀総長は、しばらく黙って三枚を見比べていた。
「一つなら誤認で済ませられる」
低い声だった。
「三つとも、ほぼ同じ海域を指している」
海軍側の幕僚が頷く。
「観測時刻を補正すると、対象は西方へ移動しております」
「沖縄へ向かっているのか」
「可能性は高いと判断します。ただし、針路変更の余地はあります」
梅津は海図に視線を落とした。
「艦種は」
「確定できません」
海軍参謀が答える。
「目視では大型航空母艦様。ですが、既知の米海軍艦艇とは特徴が一致しません」
「具体的に」
「全長は推定三百メートル級」
室内がざわめく。
「エセックス級を明らかに上回ります。加えて顕著な煤煙が確認されていません」
大西瀧治郎中将が眉をひそめた。
「煤煙がない?」
「はい」
「ディーゼルか」
「その規模の航空母艦を三十ノット前後で動かす機関としては説明困難です」
「ならば観測誤りではないか」
「その可能性も残しております」
海軍参謀は即答した。
断定しない。
それが今は重要だった。
梅津が別の電文を取った。
「これは何だ」
「沖縄方面を経由して届いた、海上自衛隊側からの照会です」
そこには簡潔な文面しかなかった。
――喜界島東方ニ異常ナル電波活動ヲ確認。
――昭和二十年現用通信方式ト異ナル可能性アリ。
――大型水上目標トノ関連、調査中。
――所属断定セズ。
大西の目が細くなる。
「未来の連中も、分からんと言っているのか」
「はい」
「それでも異常だとは認めている」
「そのようです」
部屋の空気が変わった。
大和。
いずも。
まや。
そうりゅう。
すでに帝国陸海軍の常識では説明できない艦艇群が存在している。
ならば――。
若い参謀が慎重に口を開いた。
「米軍側にも、同様の現象が発生した可能性はないでしょうか」
大西が鋭く見る。
「未来から来た米軍艦だと言うのか」
「断定はいたしません」
「ならば口にするな」
「しかし仮説として排除もできません」
梅津が手を挙げた。
「よい」
大西が黙る。
梅津は若い参謀を見る。
「続けろ」
「は」
参謀は海図を指した。
「我が方に未来の日本艦艇が現れました。そして今回、既知の米海軍艦種に一致しない巨大艦が出現した」
さらに別の紙を置く。
「海自側は、現代軍用通信に似た波形を観測したと報告しています」
「つまり」
梅津が言う。
「偶然が二つ重なっている」
「はい」
「しかし証拠ではない」
「仰せの通りです」
梅津は椅子の背へ身体を預けた。
「最悪の想定を置け」
誰も動かなかった。
「その艦が米軍所属であり、かつ海上自衛隊と同等か、それ以上の技術を持つ場合だ」
大西の表情が険しくなる。
「沖縄の戦況がひっくり返る」
「それだけではありません」
海軍参謀が答える。
「大和の生還によって得ている我々の技術的優位そのものが消える可能性があります」
梅津は即座に首を振った。
「優位など最初からない」
全員の視線が集まる。
「未来艦は数隻。米国は国家そのものだ」
沈黙。
「我々が見るべきは、巨大艦一隻の性能ではない」
梅津は海図を叩いた。
「それが何をしに来たかだ」
大西が腕を組む。
「攻撃して確認するか」
「ならん」
梅津は即答した。
「所属も意図も不明な相手へ先に撃てば、敵でなかったものまで敵にする」
「しかし沖縄へ向かっている」
「だから監視する」
梅津は命令書を引き寄せた。
「第一。喜界島、奄美、沖縄方面の電波監視を強化」
通信参謀が筆を走らせる。
「第二。海軍航空隊は可能な範囲で遠距離目視確認。ただし攻撃禁止」
大西が梅津を見る。
「攻撃禁止か」
「識別が済むまでだ」
「敵艦だった場合、先手を失う」
「不明艦へ爆弾を落とし、報復に何が飛んでくるかも分からん」
その言葉に、反論はなかった。
彼らはすでに「まや」の兵器を知っている。
視界外から飛んでくる誘導兵器。
人間の目では追えない反応速度。
未知艦が同種の能力を持つなら、一機の攻撃機が引き金になるかもしれない。
「第三」
梅津が続けた。
「沖縄の海上自衛隊へ照会」
「内容は」
「彼らの時代の米海軍艦艇に、該当する艦が存在するか」
大西が顔を上げる。
「それを聞けば、連中は正体を知る」
「知っているなら答えるだろう」
「答えなければ」
「それも情報だ」
梅津は淡々と言った。
「第四。現地部隊へ不用意な接近を禁ずる」
命令文が完成していく。
――監視。
――識別。
――報告。
――攻撃は上級司令部の許可なく行わず。
それは、太平洋戦争末期の日本軍としては異例なほど慎重な命令だった。
だが未知の技術を前にして、勇猛さと無謀さを混同する余裕はない。
午後三時三十七分。
通信参謀が立ち上がる。
「命令、発信します」
梅津は頷いた。
大西が海図を見つめたまま呟いた。
「もし、本当に未来の米艦ならどうする」
梅津はすぐには答えなかった。
数秒後。
「その時に考える」
「遅くないか」
「今、分からぬものを分かったふりをする方が遅い」
大西は黙った。
海図上。
喜界島東方に、赤鉛筆で新しい記号が書き込まれた。
艦名はない。
艦籍もない。
ただ、
**大型不明水上目標**
とだけ記されていた。
その正体を知る者は、まだ市ヶ谷にはいない。
だが大本営は初めて、
その未知の艦を「怪物」としてではなく、
一つの軍事的対象として扱い始めていた。




