喜界島の第一報――水平線に現れた怪物
## エピソード39 巨艦接近――喜界島からの第一報
昭和二十年四月十八日、午前十一時四十分。
南西諸島・喜界島。
島東部の電波監視所では、昨夜から続く雨がトタン屋根を細かく叩いていた。
掩体内には受信機の真空管が放つ熱と、湿った土の臭いがこもっている。
通信兵曹がヘッドホンを押さえた。
「またです」
当直将校が振り向く。
「同じ方位か」
「概ね東です。ただし信号そのものは読めません」
机上には朝から集められた記録紙が並んでいた。
通常の米軍艦隊通信とは異なる、短時間の電波活動。
一定しない周波数。
断続的な航空管制らしき送信。
内容は分からない。
それでも、これまで沖縄周辺で聞いてきた米軍の通信パターンとは明らかに違っていた。
「電文の解読は?」
「不能です」
通信兵曹は即答した。
「ただ、送信源の方位は数回とも大きく変わっていません。移動してはいますが、海上目標と考えた方が自然です」
当直将校は地図へ鉛筆を落とした。
一本の方位線。
それだけでは何も証明できない。
だが問題は、それだけではなかった。
午前十一時五十二分。
監視所へ伝令が飛び込んできた。
「海軍見張所より報告!」
紙片を受け取る。
喜界島東方の海面で、水平線上に通常艦艇とは異なる巨大な艦影を認めたという。
距離が遠く、天候も悪い。
艦種識別は不能。
しかし、
――大型艦。
――高速航行。
――顕著な煤煙を認めず。
という三点だけは複数の見張員が一致していた。
「空母か?」
「断定できません」
「米軍機動部隊の一部では」
「その可能性はあります」
当直将校は簡単には首肯しなかった。
米海軍には多数の正規空母が存在する。
この海域に空母がいても、それ自体は不自然ではない。
重要なのは、艦種ではない。
**大きさだった。**
数十分後。
別系統から電報が届く。
奄美方面の航空監視部隊が、東方海上で「極めて大なる航空母艦様艦影」を認めた。
これで三つになった。
電波監視。
地上見張所。
航空監視。
完全に独立した三系統の情報が、ほぼ同じ海域を指している。
当直将校は壁の海図へ三本の線を引いた。
交差する範囲は、喜界島東方海域。
「時刻を合わせろ」
「はっ」
「各報告の観測時刻を補正。速力を二十五ノットから三十五ノットまで仮定して、推定航跡を出せ」
計算尺と定規が動く。
数分後、鉛筆の線が西へ伸びた。
その先には沖縄がある。
若い通信士が呟いた。
「こちらへ向かっている……?」
「そう見えるだけだ」
当直将校が制した。
「推測を電報に書くな」
報告書には、見たものだけを書く。
確認できた事実。
推定。
未確認情報。
それらを混ぜれば、後方司令部の判断を誤らせる。
「第一報を起案する」
通信員が用紙を構えた。
将校はゆっくり読み上げた。
「喜界島東方海域ニ所属不明大型水上艦一隻存在ノ可能性アリ」
鉛筆が走る。
「複数独立観測ニヨリ大型航空母艦様艦影ヲ確認」
一呼吸。
「顕著ナル煤煙認メズ。高速西進中ト推定」
通信員が顔を上げる。
「全長は」
当直将校は首を振った。
「書くな。距離が遠すぎる」
「三十ノット以上という報告は?」
「推定値として付記」
「艦籍は」
「不明」
「新型米空母の可能性は?」
将校は一瞬考えた。
「それも書くな」
「しかし――」
「我々の仕事は、敵の正体を決めることではない」
机上の三枚の報告書を指した。
「見たものを東京へ届けることだ」
午後零時十四分。
最優先指定された暗号電報が送信所へ回された。
そこには「未来」という文字は一つもなかった。
原子力空母。
ロナルド・レーガン。
二〇二五年。
そんなことを喜界島の兵士たちが知るはずもない。
彼らが知っているのは、ただ一つ。
既知の艦艇とは容易に一致しない巨大な何かが、
東の海から沖縄へ近づいている。
最後の送信符号が打ち終えられた。
通信士が息を吐く。
「市ヶ谷まで、届きますか」
当直将校は海図を見つめたまま答えた。
「届かせる」
その鉛筆の先には、
まだ名前を持たない巨大な艦影があった。
そして、その正体を判断する仕事は、
これから東京へ渡されようとしていた。




