第34章 奈美子、まるっと見通す!
雷光の「天罰」によって、知の権威である志村教授と、公安の威信を背負った(はずの)桂刑事が揃って悶絶し、広場に転がった。村人たちの「導師様、万歳!」という熱狂的なシュプレヒコールが、重く垂れ込めた雨雲に反響している。
一人取り残された山田奈美子は、気絶した志村のポケットから、彼が大切にしていた「高級かりんとう(実は志村が非常食として隠し持っていたもの)」を音もなく盗み出すと、それを頬張りながら状況を整理し始めた。
「……ふむ。やっぱり、あの壺だけじゃないわね」
奈美子の視線は、倒れた桂刑事の「アイデンティティ(カツラ)」が吸い付けられている、案山子の頭部の鉄棒に向いていた。カツラは磁石に吸い寄せられたわけではない。静電気によって、繊維の一本一本が逆立ち、鉄棒にへばりついているのだ。
「志村さんは、地面が**コンデンサ(Capacitor:電荷を蓄えることができる装置。二枚の電極の間に絶縁体を挟んだ構造を持つ)**になってるって言ってたけど……。それなら、どこかにその電気を送り込む『源』があるはずよ」
奈美子は、志村が壊した『次郎1号』が最後に示した、祭壇の脇にある小さな亀裂へと歩み寄った。そこからは、昨夜よりもさらに強烈な「酢」の臭い、そして微かな「機械油」の臭いが漂ってきている。
その日の深夜。奈美子は宿泊先の宿を抜け出し、一人で祭壇の裏手にある禁足地、「雷光の森」へと潜入した。
闇の中で奈美子の行く手を阻むのは、昼間よりもさらに不気味さを増した案山子たちだ。
「……怖くないわよ。家賃滞納で追い出されるのと、どっちが怖いかって言われたら、まあ、いい勝負だけど」
奈美子が森の奥へ進むと、そこには異様な光景が広がっていた。
広大な敷地に、数千個、いや数万個に及ぶ「バグダッド電池」のレプリカが、幾何学的な模様を描いて整然と並べられていたのだ。それぞれの壺は細い導線で結ばれ、ひとつの巨大なネットワークを形成している。
「これ、全部バグダッド電池……? まさか、本当に古代の知恵で……?」
奈美子が驚きに目を見開いたその時、森のさらに奥から、「ブーン」という低い唸り音が聞こえてきた。音の正体を探ると、そこには古びた蔵があり、その中にはおよそ古代とは無縁な、最新型の**インバータ装置(Inverter:直流を交流に変換し、電圧や周波数を自在に制御する装置)と、巨大な昇圧変圧器(Step-up transformer:電磁誘導を利用して、交流の電圧をより高い電圧に変換する装置)**が鎮座していた。
「……やっぱりね。まるっとお見通しだわ」
奈美子は蔵の影に隠れ、雷光が弟子たちに指示を出している様子を盗み見た。雷光は、手元にあるリモコンスイッチを操作し、蔵の中に並んだ装置を微調整している。
「導師様、明日の『最終儀式』で、あの女手品師も焼き尽くしますか?」
「ふん。あの女、志村よりも鋭い。だが、この『バグダッド・メガ・クラスター』が発する**テスラ電圧(高周波・高電圧の電気)には耐えられまい。村中の地面に撒いた電解質(Electrolyte:電気を通す性質を持つ液体。ここでは大量の酢と塩水)**が、彼女を逃がさない標的に変えてくれる」
奈美子は、蔵の脇に置かれた「お徳用・醸造酢」の一升瓶の山を見て、思わず溜息をついた。
「古代の神秘も、結局は数と物量、それに最新家電の組み合わせってわけね……。夢がないわ」
奈美子はこっそりと蔵の裏手に回り、里子から届いた手紙の裏に、蔵内部の配線図を書き写した。
「……待ってなさいよ、ビッグマグナム雷光。あんたのインチキ、全部剥ぎ取ってやるわ!」
宿に戻ると、志村がようやく意識を取り戻していた。
「……はっ! 山田君、私は今、**事象の地平線(Event horizon:ブラックホールの周囲など、光すら脱出できない境界線)**の向こう側で、アインシュタインと家賃の折半について話し合っていたのだ……」
「志村さん、寝ぼけてないで。これを見て」
奈美子が書き写した配線図を見せると、志村は眼鏡をかけ直し、みるみるうちに顔色を変えた。
「な、なんだこれは……! これは、バグダッド電池を**直列接続(電池を縦につなぎ、電圧を合算させるつなぎ方)にし、それをさらに数千の並列接続(電池を横につなぎ、電流の持続力を高めるつなぎ方)**で組み合わせた、狂気の巨大回路じゃないか!」
> 科学的解説:
> 直列と並列(Series and Parallel): バグダッド電池一個の電圧はせいぜい1ボルト。しかし、1000個直列につなげば1000ボルトになる。雷光は、これにインバータをかませることで、微弱な直流電流を強力な交流高電圧へと変えていたのだ。
>
「さらに志村さん、彼は地面に酢と塩水を撒いて、村全体の**電気抵抗(Resistance:電流の通りにくさ)**を極限まで下げているわ。だから、雷光がスイッチひとつ押せば、特定の場所に立っている人間を狙い撃ちにして放電できるのよ」
「ふむ……。つまり、昨日私が感電したのは、私の立ち位置が計算された**等電位線(電位の等しい点を結んだ線)**の上だったというわけか。おのれ、私の高潔な物理学的知性を、そんな安っぽい回路図で弄ぶとは!」
志村は激怒し、ベッドの上で空手チョップを繰り出した。
「山田君、反撃だ。明日の最終儀式、日科大の私の脳細胞と、君の貧乏臭い手品のテクニックを合わせれば、雷光の『バグダッド・メガ・クラスター』を過負荷で爆発させることも不可能ではない!」
「爆発させたら、私たちも危ないじゃない!」
「安心したまえ。私には秘策がある。……ところで山田君、さっきから私の枕元にあったはずの『高級かりんとう』が見当たらないのだが、これも超常現象の一種かね?」
「……さあ? きっと、**量子力学(Quantum mechanics)**的な確率で、どこかの胃袋にワープしたんじゃない?」
奈美子は知らん顔で空のかりんとう袋をゴミ箱に捨てた。
一方その頃、桂刑事は。
「アニキ! 目が覚めましたか!」
猿渡の声で目を覚ました桂は、案山子にへばりついたままの自分のカツラを見上げ、静かに涙を流していた。
「猿渡……。わしは今、悟ったわい。電気とは、愛……そして、悲しみなんじゃ……」
「アニキ、電気ショックで感傷的になりすぎっすよ! 早くそれ(カツラ)を回収して、撤退しましょう!」
「ならん! このままでは終わらんぞ! わしの特殊捜査官としての直感が、この村の地下に眠る『もうひとつの真実』を指し示しておるわい!」
桂は、ゴム製の長靴を履き直し(今度は自分でガムテープで補強した)、再び闇の中へと消えていった。
決戦の朝が、もうすぐそこまで迫っていた。
雷鳴村の空に、かつてないほど巨大な稲妻が走る。




