第33章 志村教授の失態と科学の罠
翌朝、雷鳴村の空気は、昨夜の嵐が嘘のように静まり返っていた。しかし、村の至る所に配置された案山子たちは、相変わらずその鋭い鉄の指先を空に向けており、異様な威圧感を放っている。
「山田君、起きたまえ。科学の勝利の朝だ」
志村次郎は、朝から不自然に高いテンションで奈美子の部屋の襖を蹴り開けた。その手には、昨夜のボロテスターではなく、何やら銀色のアンテナが何本も飛び出した、巨大な装置が握られている。
「何それ、志村さん。カニの親戚?」
「失礼な。これは、日科大の私の研究予算を三年間使い込んで……いや、研究の粋を集めて製作した『超高感度電磁波測定器・次郎1号』だ。これがあれば、村の中に隠された**電磁場(でんじば:電気の影響が及ぶ範囲である『電場』と、磁気の影響が及ぶ範囲である『磁場』が合わさった場所)**の歪みを、センチメートル単位で特定できる」
志村は鼻息も荒く、広場へと向かった。昨夜の失態(気絶)を挽回しようという魂胆だ。
広場には、すでに導師・雷光が待ち構えていた。傍らには、黄金に輝く「バグダッド電池」の壺が置かれている。
「物理学者よ。昨夜はよく眠れたか? 神の雷に焼かれる夢は見なかったか?」
「ふん、雷光君。君の薄っぺらな手品もここまでだ。この『次郎1号』が、君が地面の下に埋めた導線や、壺の中に隠した**変圧器(へんあつき:交流の電圧を高くしたり、低くしたりして変換する装置)**の正体を暴いてくれる」
志村は装置のスイッチを入れた。すると、アンテナが激しく回転し、「ピーッ、ピーッ」という電子音が村中に響き渡る。
「ほうら見ろ! 反応がある! 山田君、この祭壇の下だ! ここには膨大な**電荷(でんか:物体が帯びている電気の量。プラスとマイナスの二種類がある)**が蓄積されている!」
志村は意気揚々と祭壇の土台を調べ始めた。だが、雷光は全く動じず、不気味な笑みを浮かべている。
「よかろう。そこまで自信があるのなら、その自慢の機械で、この壺の『中心』を計ってみるがいい」
雷光が壺の蓋をそっと開けた。中には昨日と同じく、銅の筒と鉄の棒、そして並々と注がれた酢が入っている。
志村は「望むところだ!」と叫び、装置のプローブ(測定用の針)を壺の中に突っ込んだ。
「さあ、見せてみろ。この中の**電位(でんい:電気的な場所の高さのこと。二点間の電位の差が『電圧』となる)**を……。ん? ……な、なんだこれは?」
装置のメーターが振り切れた。それと同時に、志村の足元の土が、わずかに盛り上がった。
「山田君……。私の計算が正しければ、今、私の足元とこの壺の間で、恐ろしいほどの**静電容量(せいでんようりょう:コンデンサなどの絶縁された物体に、どれだけの電荷を蓄えられるかを示す値)**が形成されている……」
「志村さん! 早くそこから離れて!」
奈美子が叫んだ瞬間、雷光が錫杖で地面を叩いた。
「神の罠に落ちよ、傲慢なる知性!」
バチッ! という凄まじい放電音が響いた。
志村の持つ『次郎1号』から火花が散り、志村の体は**アーク放電(あーくほうでん:電極間に高い電圧がかかった際、空気が電離して強い光と熱を伴う電流が流れる現象)**に包まれた。
「あ、あ、あ……。あべしっ!」
志村は妙な悲鳴を上げながら、漫画のように全身を硬直させ、その場でひっくり返った。装置からは「さよなら……ジロウ……」という力ない電子音が漏れ、黒煙が上がった。
「志村さん!」
奈美子が駆け寄るが、志村は完全に白目を剥いて、「私のマグナムが……ショートした……」と訳の分からないうわ言を漏らしている。
「これぞ神の力。人間の小細工など、この壺の前では無力よ」
雷光が勝ち誇ったように宣言すると、村人たちが一斉に「導師様!」「神の雷!」と唱え始めた。
そこへ、騒ぎを聞きつけた桂刑事と猿渡が、今度は「巨大な木箱」を抱えて現れた。
「そこまでじゃ! 雷光! 志村教授をこんな姿にしおって……。まあ、わしにとっては好都合じゃがな!」
桂は箱の中から、不自然に長いゴム製の手袋と、これまたゴム製の長靴を取り出した。
「わしの特殊捜査官としての知恵を見よ! 電気を通さない**絶縁体(ぜんえんたい:電気をほとんど通さない物質。ゴムやプラスチックなどが代表的)**で全身を固めれば、お前の雷など怖くはないわい!」
「アニキ、マジでかっこいいっす! まるで深海作業員みたいっすよ!」
桂はモコモコとした重装備で、倒れている志村を跨いで雷光に歩み寄った。
「さあ、その壺を没収させてもらうぞ。わしの手は今、**電気抵抗(でんきていこう:電流の通りにくさを示す値。値が大きいほど電気は流れにくい)**が無限大の状態じゃ!」
桂が意気揚々と壺を掴もうとした、その時。
雷光がふっと息を吹きかけると、壺の周りの空気が、不自然に湿気を帯び始めた。
「……ん? 何じゃ、急に蒸し暑く……」
「桂刑事。絶縁体は、表面が濡れればその機能を失う。ましてや、その素材は……」
雷光が指差すと、桂が履いている長靴の表面から、じわじわと「謎の液体」が染み出してきた。
「な、なんじゃこりゃ! 酢の臭いがするぞ!」
「あらかじめ、お前の装備には、特定の温度で溶ける**親水性ポリマー(しんすいせいぽりまー:水と結びつきやすい性質を持つ高分子化合物)**が塗布されていたのだ」
「何じゃと!? 猿渡、これを用意したのはお前か!」
「アニキ、安売りしてたんで、つい……」
「この馬鹿者がー!」
次の瞬間、雷光が地面を蹴ると、再び放電が起きた。
今度は桂のゴム手袋を伝って、強烈な電撃が全身を駆け抜けた。
「あ、あ、あ、あ、あ……! わしの特殊捜査官としての『毛根の誇り』が……蒸発するぅぅぅ!」
桂は再び宙を舞い、今度は隣の案山子に激突して気絶した。その衝撃で、案山子の頭の鉄棒が、桂の頭髪(の秘密)を磁石のように吸い寄せ、ピタリと固定してしまった。
「……ひどい。ひどすぎるわ」
奈美子は、並んで倒れている二人の「権威」を見て溜息をついた。
だが、奈美子の目は、志村が壊した『次郎1号』の残骸がある一点を指しているのを見逃さなかった。
それは、壺そのものではなく、壺の「影」が落ちている地面の、ほんの小さな亀裂だった。
「……志村さん、あなたの失態、無駄にはしないわよ」
奈美子は、懐から一枚のトランプを取り出した。
「お前のやったことは、全部まるっとお見通しだ! ……と言いたいところだけど、まだ半分くらいね」
奈美子は、雷光の足元にある「あるもの」に気づき、静かに笑みを浮かべた。
バグダッド電池というオーパーツ。
それを「増幅」させているのは、古代の知恵ではなく、現代の卑劣な罠だったのだ。
> 科学的解説:
> コンデンサ(Capacitor): 電荷を蓄えることができる部品。二枚の電極の間に絶縁体を挟んだ構造を持つ。雷光は、村の土壌と祭壇そのものを巨大なコンデンサとして利用し、志村や桂が近づいた瞬間に蓄えた電気を一気に放出させたのである。
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