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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン25

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第28章 :お前のやったことは、全部まるっとお見通しだ!


「……寒い。お腹が空いて、ついに私の胃袋がアノマロカリス、すなわち『カンブリア紀の海を支配した、巨大な二本の付属肢を持つ捕食者』のように、周囲のあらゆる有機物を貪り食おうと暴動を起こしていますよ、志村さん」

古生物村の中央広場。深夜の静寂を切り裂くのは、山田奈美子の切実な腹の虫の音だった。 彼女の隣では、志村次郎が自著『どんと来い、超常現象』を盾のように構え、生まれたての小鹿のように膝をガクガクと震わせている。

「ナ、ナミコ君、落ち着きたまえ。空腹による幻覚は、物理学的にも低血糖による脳機能の低下が招く主観的知覚の歪みに過ぎん」 志村はそう言いながらも、広場の中心で燃え盛る巨大な篝火かがりびに照らされた「五眼の神」の巨影を見て、絶叫しそうになるのを必死に堪えていた。

広場には、仮面を被った村人たちが不気味な詠唱と共に集まっていた。 その中心に立つ祈祷師・古門が、杖を高く掲げる。


「見よ! これこそが、お前たちが『異常』と切り捨てた生命の本源的な姿だ! 発生の境界を越え、複数の門の形質を融合させた、真なる神の顕現である!」

古門の合図と共に、篝火の向こうから、全長3メートルはあろうかという巨大な「怪物」が這い出してきた。 五つの目が不揃いに明滅し、背中からはハルキゲニアのような鋭いトゲが突き出し、節足動物の脚と軟体動物の触手が混ざり合った、この世のものとは思えない異様な姿。

「ヒィィィィ! 出た! ステムグループ(Stem Group)、すなわち『現生するグループの共通祖先から分かれたが、そのグループ特有の特徴をすべては備えていない、絶滅した初期系統』が、生きて歩いている!」 志村は腰を抜かし、地面を這いずりながら叫んだ。

その時、闇の中から聞き覚えのある、極めてインチキ臭い広島弁が響いた。

「おい、猿渡! 風じゃ! またこの不浄な風が、わしの『公安の機密事項』を狙っておる! この怪物も、わしの毛根の最後の一本を狙っておるんじゃろう!」

「アニキ! 落ち着いてください、あの怪物の目は五つありますけど、全部アニキの頭を見て笑ってる気がするっす!」

頭を包帯でぐるぐる巻きにした桂健一刑事が、部下の猿渡辰に支えられながら姿を現した。

「……エヒャヒャヒャ! 桂さん、そんな格好で捜査なんて、お前のやったことは全部まるっとお見通しだ!」

奈美子はいつもの独特な笑い声を上げると、ふらつく足取りで古門の前へと進み出た。


「古門さん、あなたの『神様』、随分と都合のいい形をしていますね。でも、マジシャンである私の目は誤魔化せませんよ。その怪物の正体も、この村を包む『奇妙さ』の正体もね」

「ふん、飢えで頭が狂ったか、手品師」

「いいえ。むしろ空腹で感覚が研ぎ澄まされました。……志村さん、さっき『幻覚』って言いましたよね。実はそれ、物理学的にも生物学的にも、この事件の核心なんです」

奈美子は足元に落ちていた、黒ずんだ化石の破片を拾い上げた。

「この村では、バージェス頁岩のような特別な地層から出土する化石を粉末にして、儀式の煙に混ぜている。その化石には、現代の生物には見られない特殊な二次代謝産物、すなわち『生物の維持に必須ではないが、防御や攻撃のために特定の生物が作り出す特殊な化学物質』が残留していた。これが、強力な幻覚剤として機能しているんです」

「化石に毒だと……?」 古門の表情が微かに歪む。

「そうです。村人たちはこの煙を吸うことで、脳内の情報処理がバグを起こしている。現代の生物は、運河化(Canalization)、すなわち『発生プロセスが強固に固定され、多少の遺伝的変異があっても、常に同じ形態が作られるようになる現象』によって、形が安定しています」


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「しかし、この幻覚剤は、その脳内にある『正しい形』の認識を一時的に破壊し、生命がまだ大胆な粗探索(Coarse Search)、すなわち『最適解が見つかっていない初期段階で、大胆かつ多様なパターンを試行すること』を行っていた頃の、不安定な視覚情報を引き出しているんです。つまり、あの怪物が奇妙に見えるのは、見る側の脳が『奇妙な形』を許容するように細工されているからだ!」

志村が、震えながら立ち上がった。 「な、なるほど……。物理的に光の屈折を変えるのではなく、観測者の脳内にある知覚のフレームワークを破壊したというのか! Why don't you do your best? なんという非人道的な実験だ!」

「それだけじゃありません」 奈美子が怪物を指差す。 「あの怪物の動き、どこかぎこちないと思いませんか? 右側が動くとき、左側の触手がワンテンポ遅れる。……あれは、複数の生物を無理やり繋ぎ合わせたキメラ的な構造、あるいはマジックで使われる遠近法の錯覚アニモルフォシス、すなわち『特定の角度から見たときだけ、バラバラの物体が一つの像として結ばれる歪像わいぞう技術』を利用した、ハリボテの装置です!」

奈美子は懐から、母親の里子から送られてきた「言霊の書」を取り出した。 そこには『鏡は真実を映すが、並べ方次第で嘘を創る』と記されていた。


「お母様の言う通りでした。桂さん、その足元の岩をどかしてください!」

桂が「わしのパワーを見せちゃる!」と叫び、包帯を気にしながら岩を蹴り飛ばすと、そこには精巧に配置された大型の凹面鏡が隠されていた。

「これによって、実際よりも巨大で、歪んだ虚像を投影していたんです。特殊メイクを施した大型の家畜に、化石から抽出した顔料を塗り、鏡で増幅して見せていた。……これがお前の『神』の正体だ!」

奈美子の鋭い指摘に、村人たちから動揺のさざめきが漏れる。 古門は杖を握りしめ、低く笑った。

「……たとえ仕組みが分かったとしても、この『畏怖』という感情までは消せまい。生命が失った自由な形への憧憬は、理屈では拭えぬのだ!」

「いいえ。理屈で拭えないなら、マジックで上書きするまでです」

奈美子は懐から数枚のトランプと、地味なハト(名前はポチ)を取り出した。

「いいですか、皆さん。生命が奇妙な形を捨て、現代の洗練された姿を選んだのは、それが『劣っていたから』ではありません。エネルギー効率(Energy Efficiency)、すなわち『最小限のエネルギーで最大限の生存確率を得ること』において、今の形が勝利した結果なんです。奇妙さは、ただの試行錯誤の残滓に過ぎない!」

奈美子がトランプを空中に投げると、それらは鏡に反射して、何百、何千という鳥の群れのように広場を舞った。 幻覚下にある村人たちの目には、それが生命の歴史を逆回転させるような、圧倒的な視覚体験として映った。

「お前のやったことは……全部まるっとお見通しだ!」

奈美子が古門を力強く指差すと、最後の鏡がパリンと割れ、投影されていた怪物の姿が、ただの「派手な装飾をつけられた牛」へと戻った。


「……ば、バカな……。私の築き上げた進化の聖域が……」

古門は膝をつき、杖を落とした。 幻覚が解け始めた村人たちは、自分たちが崇めていたものの正体を知り、静かにその場を立ち去り始めた。

「フフフ、見たまえ古門君。物理学、そしてマジックという名の『完成された知性』の前では、君の未固定な妄想など、エントロピーの増大に伴って消え去る運命なのだよ。Why don't you go back to school?」 志村が、いつの間にか奈美子の前に出て、自分が解決したかのようにポーズを決めた。

「志村さん……おいしいところだけ持っていかないでください。……それより、和牛。早く和牛を……」

奈美子は力尽き、その場に倒れ込んだ。

「アニキ! 事件解決っす! これでアニキの秘密も守られたっす!」

「バカ言え、猿渡。わしは最初から何も隠しとらん。この包帯は、公安の最新のファッションじゃ!」

桂はそう強がりながらも、風が止んだことに安堵し、深く包帯を巻き直した。

村の夜が明けていく。 進化の試行錯誤が作り出した「奇妙な形」の記憶は、朝日と共に再び地層の奥深くへと眠りにつこうとしていた。


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