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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン25

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第27章 :リンネの箱に入らない男


「……離せ! 離さんか、この非科学的な信奉者どもめ! 私は日科大の志村次郎だぞ! 私の身に何かあれば、物理学界の損失のみならず、日本の学術予算の配分に重大な歪みが生じるのだ!」

古生物村の地下、通称「分類の檻」。志村次郎は、手足を鎖で繋がれ、文字通り「標本」のように壁に吊るされていた。周囲には、ホルマリン漬けにされた巨大な三葉虫や、歪な形をした軟体動物の標本が並び、不気味な青白い光を放っている。

「志村次郎。お前は先ほどから『物理的にあり得ない』と繰り返すが、その『あり得る・あり得ない』という境界線は誰が決めたのだ?」

祈祷師・古門が、巨大な図鑑のような書物を抱えて現れた。その歩みは静かだが、まとう空気には絶対的な威圧感がある。


「決まっている! 我々人類が数千年の歴史をかけて築き上げた、理性と観察による分類体系だ! 生物学で言えばリンネ式分類学(Linnaean Taxonomy)、すなわち『生物を界・門・綱・目・科・属・種といった階層構造で整理し、すべての生命に固有の居場所を与える体系』のことだ!」

志村は鎖をジャラジャラと鳴らしながら、鼻を高くして叫んだ。

「フフフ……。やはりお前は、自ら作った小さな『箱』の中に閉じこもるのが好きなようだな」

古門は、志村の目の前で古びた書物を開いた。そこには、現生生物のどれにも当てはまらない、キメラのような生物の図解がびっしりと描かれていた。

「お前たちが信じるリンネ式分類学は、いわば『完成したパズルのピース』を並べ替えているに過ぎん。だが、ここにある生物たちは違う。彼らはまだ門・綱・目が分化する前の、どこの箱にも収まらない自由な存在なのだ」

「バカな! どんな生物であっても、進化の系統樹のどこかに属するはずだ!」

「果たしてそうかな? お前という人間を分類してみよう。門:脊索動物門、綱:哺乳綱……だが、性質はどうだ? 門:臆病門、綱:見栄っ張り綱、種:自称物理学者。……お前自身、既存の箱からはみ出した『異形』ではないか」


「失礼な! 私は物理学という最高に整った箱の中に住んでいるのだ!」

志村は怒りのあまり、通信教育で習った『空手・第十九奥義・脱皮』を繰り出し、関節を外して鎖から抜け出そうとしたが、単に肩を脱臼して「痛っ! 物理的に痛い!」とのたうち回った。

「見苦しい。……お前を、我が神に捧げる『不完全な欠陥品』として、この地下迷宮に永遠に分類してやろう」

古門が冷酷に告げ、志村を闇の中に閉じ込めた。

一方、地上では山田奈美子が、相変わらず空腹のあまり、村の掲示板に貼られた「行方不明の犬」の写真を「ホットドッグ」と見間違えていた。

「志村さんのやつ、どこに行ったんですか……。まさか、一人でこっそり和牛のフルコースを食べてるんじゃ……。もしそうなら、お前の胃袋は全部まるっとお見通しだ!」

奈美子が独り言を言いながらふらついていると、足元に一通の手紙が飛んできた。差出人は「長野県・山田里子」。奈美子の母だ。

「……お母様から? 相変わらずタイミングがいいというか、不気味というか……」

手紙を開くと、そこには達筆な文字でこう書かれていた。


『奈美子。箱の中に無理やり何かを詰め込もうとすれば、必ず歪みが生じるわ。

もし箱が未完成なら、箱そのものを壊してしまいなさい。

本当の真理は、箱の外にこそ落ちているものよ。

追伸:今夜の夕食は特上のステーキです。お前は食べられないけれど。』

「……最後の一行、絶対にわざとですよね。でも、箱を壊せ……?」

奈美子は立ち止まり、母の言葉を反芻した。

その時、茂みの奥から「ズズ……ズズ……」と、奇妙な音が聞こえてきた。現れたのは、昨日から村を騒がせている「ハルキゲニア」の影だった。

しかし、奈美子は今度は逃げなかった。空腹が恐怖を上回っていたのである。

「ちょっと! お前の正体、いい加減に暴いてやりますよ! どんといらっしゃい!」

奈美子が懐から手品用の火薬を取り出し、足元で爆発させた。目眩ましに驚いた「影」が、一瞬だけ月明かりの下にその姿を晒した。


それは、複数の生物のパーツをパズルのように組み合わせたような、極めて歪な姿をしていた。

頭部は軟体動物のようでありながら、体には節足動物のような関節があり、背中には有爪動物のようなトゲが生えている。

「……何これ。やっぱりデタラメじゃない」

「いや……デタラメではない。それはモザイク進化(Mosaic Evolution)、すなわち『生物の異なる形質がそれぞれ異なる速度で進化し、新旧の形質が混在する現象』を極端に体現した姿なのだ」

声のした方を振り返ると、そこには壁に埋まった通気口から顔だけを突き出した志村がいた。

「志村さん! 何やってるんですか、そんなところで。人間門・壁面綱・変態種に分類されたんですか?」

「うるさい! 偶然、脱臼した勢いで通気口に滑り込んだだけだ! それより見ろ、ナミコ君。その怪物は、我々が知る『門』の定義に当てはまらない、ステムグループ(Stem Group)、すなわち『現生するグループ(冠群)の共通祖先から分かれたが、そのグループ特有の特徴をすべては備えていない、絶滅した初期系統』そのものなのだ!」

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「ステムグループ……? つまり、完成品クラウングループになる前の中途半端なやつらってことですか?」

「言葉は悪いが、その通りだ。現在の分類学は、安定した形質セットを持つ完成品を前提に『箱』を作っている。だが古代生物の多くは、まだ複数の系統の形質をモザイク状に持つ『進化の途中段階』にいたのだ。

彼らは『どこに属するか』ではなく『どこへ向かう途中か』という動的なプロセスの中にいた。既存の箱に入らないのは彼らが異常だからではなく、我々の『箱』そのものが、進化の途上にある生命を捉えるには未完成すぎるからなのだ!」

志村は、通気口に挟まったまま、いつになく熱く語った。

「つまり……古門さんは、その『箱に入らない中途半端さ』を、神の神秘として利用して村人を騙しているわけですね」

「エヒャヒャヒャ! 結局は、分類学という高度な学問を、ただの『整理整頓』だと勘違いした男の空論ってわけだ」

奈美子は、懐から一枚のトランプを取り出し、それを「箱」の形に折った後、一瞬で握りつぶして消してみせた。


「お母様の言う通りです。箱が合わないなら、箱を壊して中身をぶちまけてやればいい」

その時、近くの茂みから桂健一刑事が、頭をタオルでぐるぐる巻きにして飛び出してきた。

「山田! 志村! 見つけたぞ! わしの『公安の機密事項』が、どうやらこの地下にある巨大な吸引装置に吸い込まれた可能性があるんじゃ!」

「アニキ! それは物理的な吸引じゃなくて、恐怖による収縮じゃないっすか?」猿渡が冷静にツッコミを入れる。

「やかましい! 吸引だろうが収縮だろうが、わしのアイデンティティは今、風前の灯火なんじゃぁぁ!」

「桂さん、ちょうどよかったです。志村さんを壁から引き抜くのを手伝ってください。これから、古門さんの『未完成な箱』をまるっとお見通しにしに行きますよ!」

奈美子の宣言と共に、古生物村の夜は最終局面へと動き出す。

志村は壁から引き抜かれる際、「アガガガ! 物理的に私の脊椎が適応度地形の谷底へ真っ逆さまだ!」と叫び、桂は「わしの頭も谷底じゃ!」と共鳴した。

箱に入り切らない男たちの戦いが、今、始まる。


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