表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン25

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3952/6089

第24章 :未踏の適応度地形 〜粗探索の村〜


「ヒィィィィ! な、なんだお前たちは! 私に触れるな! 物理学の権威に無礼を働くと、日科大の理事会から厳しい制裁が下るぞ!」

志村次郎は、脱落した次郎号のドアを盾のように構え、仮面の村人たちに向かって情けない悲鳴を上げていた。村人たちは無言のまま、五つの目が突き出た異様な仮面を揺らし、カクカクと不自然な角度で関節を曲げながら二人を包囲していく。

「志村さん、見苦しいですよ。ほら、あそこに『歓迎・日本一の物理学者(と、そのついで)』って看板があるじゃないですか。一応、歓迎されてるんですよ、多分」

奈美子は、村の入り口に立てかけられた、今にも朽ち果てそうな看板を指差した。もっとも、その下には「※ただし生きて帰れる保証なし」と小さな文字で付け加えられていたが、空腹で目が霞んでいる奈美子には見えていなかった。


「……フン、当然だ。私の高名な知性は、この秘境の村まで届いているということか」

志村は瞬時に態度を翻し、ネクタイを整え直した。

「いいか、ナミコ君。彼らが被っているのは、カンブリア紀の怪物『オパビニア』を模したものだ。この村がなぜこれほどまでに『奇妙な形』を崇めるのか……それは生物学における適応度地形(Fitness Landscape)、つまり『どの生物学的性質が生存に有利か、山と谷の高低差で表現した仮想的な地図』において、彼らがまだ『山の頂上』を知らないからなのだよ」

「はぁ? 適応度地形?」

「そうだ。生物はより高い山、つまり『生き残りやすい形』を目指して変化していく。現代の生物はすでにエベレスト級の山頂に到達し、洗練された形を持っている。だがこの村の連中は、まだ盆地で泥遊びをしているような、初期の粗探索(Coarse Search)、すなわち『最適解が見つかっていない初期段階で、大胆かつ多様なパターンを試行すること』の状態を神聖視しているのだ」

「つまり、ただのデタラメをありがたがってるってことですね。エヒャヒャヒャ! バカバカしい」

奈美子が笑い飛ばしたその時、村人たちが左右に割れ、奥から一人の男が歩み寄ってきた。

全身を黒い鳥の羽のような衣装で包み、顔にはさらに巨大な「五眼の仮面」をつけた男――この村の祈祷師であり、村長でもある**古門ふるかど**であった。


「ようこそ、文明のちりをまとった賢者たちよ」

古門の声は、洞窟の奥から響くような不気味な低音だった。

「お前たちが信じる『整った形』など、進化の成れの果てに過ぎぬ。我が村が守り続けるのは、生命がまだ己の形を決められず、混沌の中で悶えていた頃の純粋な意志……。これこそが、生命の初期衝動なのだ!」

古門が杖を地面に叩きつけると、村人たちが一斉に地面に這いつくばり、まるでムカデのように背中を波打たせて踊り始めた。

「これを見ろ! これこそが我が村の神聖なる儀式、『多軸的模索の舞』である!」

「……志村さん、あれ、ただの集団ギックリ腰じゃないですか?」

奈美子が冷ややかに呟くが、志村は「ぬぅ……」と唸りながら、必死にメモを取っていた。

「……ナミコ君、バカにするな。あれは発生の可塑性(Phenotypic Plasticity)、つまり『同じ遺伝子を持っていても、環境に応じて形態が変化すること』を表現しているのかもしれない。彼らは、特定の形に固定されることを極端に嫌っているのだ」

その時、踊り狂う村人たちの間から、不意に聞き慣れた叫び声が響いた。

「やめんか! わしの頭に触るなと言っとるじゃろうが! この不敬者が!」

「アニキ! 落ち着いてください! こいつら、アニキの『奇跡の生え際』を珍しい化石だと思って拝んでるだけっす!」

村人たちに囲まれ、必死に帽子を抑えているのは、警視庁の桂健一刑事であった。その横では、金髪の部下・猿渡辰が、村人たちと一緒に「アニキの生え際、ありがたや〜」と手を合わせている。


「桂さん! なんでこんなところに?」奈美子が駆け寄る。

「おお、山田に志村か……。わしはな、この村で『国家を揺るがす重大な密輸事件』が起きているというタレコミを受けて捜査に来たんじゃ。……が、この村の風は強すぎる! わしの『公安の威厳カツラ』が、風速5メートルを超えると物理的に持たんのじゃ!」

桂は涙目で、ガッチリと両手で頭部を固定していた。

「桂君、安心したまえ。君のその『脆弱な地盤(頭皮)』も、この村の保存バイアス(Preservation Bias)、すなわち『硬い部分だけが残り、柔らかい組織が消えるという、化石化における情報の偏り』に照らせば、いずれは骨だけになって平等に解決されることだ」

志村がもっともらしい顔でデタラメな励ましを送ると、桂は「やかましいわ! 物理学者が偉そうに、わしの頭髪を化石扱いするな!」と激怒した。



深夜の邂逅と「幻の影」

その夜。奈美子たちは村の端にある、これまたボロボロの木賃宿に押し込められた。

夕食に出されたのは、真っ黒に焦げた「古代魚の丸焼き(という名の、ただの苦い魚)」と、石のように硬いパンだけだった。

「志村さん……和牛食べ放題の話、どこへ行ったんですか。私の胃袋は今、収束進化(Convergent Evolution)、すなわち『異なる系統の生物が、似た環境で似た機能を獲得すること』の結果、掃除機と同じくらいの吸引力を持ってますよ」

「我慢したまえ。これも調査の一環だ」

志村はそう言いながら、自分だけこっそり持参した「最高級プロテイン粉末」を水に溶かして飲んでいた。

空腹で眠れない奈美子は、宿を抜け出し、月明かりの下で村を散策することにした。

村の広場には、昼間見た「五眼の神」の像が、青白い月光を浴びて不気味に佇んでいる。

(……お腹が空きすぎて、あの像が大きなエビフライに見えてきた)

奈美子がふらふらと像に近づいた、その時だった。

カサッ……カサササ……。

奇妙な音が、背後の茂みから聞こえた。

奈美子が振り返ると、そこには、月明かりを遮る巨大な「影」が揺れていた。

それは、細長い胴体に、背中から七対もの鋭いトゲが突き出した、異様なシルエットだった。地面には、同じく七対の細い脚のようなものが蠢いている。

「……な、何あれ」

奈美子の脳裏に、志村が昼間見せた図鑑の挿絵がフラッシュバックする。

それは、かつて「上下逆さま」に復元され、科学者たちを混乱の極致に叩き落とした怪物――**ハルキゲニア(Hallucigenia)**の姿そのものだった。


> 用語解説:

> ハルキゲニア(Hallucigenia): カンブリア紀の海に生息していた、トゲと脚を持つ奇妙な生物。「夢に現れるような」という意味の名前を持ち、あまりの奇妙さに長年「どちらが上か下か」すら解明されなかった。

>


「ハルキゲニア……? でも、あれは数億年前に絶滅したはずじゃ……」

奈美子が恐怖で声を震わせた瞬間、その影が凄まじい速度で彼女の方へと向きを変えた。

影の先端には、目とも口ともつかない黒い穴が開いている。

「ヒィィィ!」

奈美子は夢中で宿へと逃げ帰った。

背後で、あの奇怪な足音が「カササササ……」と追いかけてくる。

宿のドアを蹴破るようにして飛び込み、志村の布団に潜り込んだ。

「志村さん! 出ました! 出ましたよ! ハルキゲニアです!」

「……ムニャムニャ、私のビッグ・マグナムが……適応度地形で……山を作っている……」

志村は幸せそうな寝言を言っているだけで、全く役に立たない。

奈美子は震えながら、窓の外を覗いた。

そこには、もう影の姿はなかった。ただ、月明かりに照らされた地面に、不自然に鋭い「トゲの跡」が、点々と残っているだけだった。

「……お前のやったことは、全部まるっとお見通しだ……と言いたいところだけど、今のだけは、さっぱりわけがわかんないよ……」

奈美子の独り言は、不気味な静寂に包まれた「古生物村」の闇に、力なく消えていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ