第202章 第12章 『自重たわみ(ドループ)』
シーン1:ファミレス「ジョリーズ」・バックヤード
(洗い物をしている野本と亀山。富山がオーダーを通しに入ってくる)
野本
「野本ともうします。……亀山さん。私は今、猛烈にシンパシーを感じています」
亀山
「(手を止めずに)何に? 今日のランチのハンバーグにかい?」
野本
「いいえ。戦艦『大和』の主砲身に、です。重さ160トン、長さ21メートル。彼(彼女?)は、ただそこに存在しているだけで、自分の重さに耐えきれず、切なく垂れ下がっているのです」
富山
「えー、ウケる。鉄なのに? 鉄ってカチカチじゃん。野本さん、疲れてる?」
野本
「富山さん、鉄は硬いですが、物理学的には弾性体……つまりバネやゴムと同じです。160トンの鉄の棒を片方だけで支えたら、先端は重力に負けて『ふにゃ』っと下を向く。これを専門用語で『自重たわみ(ドループ)』と言います」
亀山
「ふーん。で、それがどうしたんだい。皿洗いの手が止まってるよ」
野本
「問題はここからです。先端が下がっているということは、真っ直ぐ狙ったつもりでも、弾は下に飛んでいってしまう。30キロ先の敵を狙う時、わずか0.1度のたわみがあれば、弾は数百メートル手前の海に『ぽちゃん』です。……亀山さん、シフト表を見てため息をついている時のあなたの背中も、ドループしていますよ」
亀山
「うるさいね! 私の背中は自重じゃなくて、生活の重みでたわんでるんだよ! ……で、その大砲はどうするんだい? 撃つ瞬間に手で持ち上げるのかい?」
野本
「それが気になって、昨夜は枕を濡らしました。……解決策を求めて、サークル棟へ行ってきます(エプロンを外す)」
亀山
「あ、こら! まだシフト終わってないよ!」
シーン2:大学・サークル棟「暇つぶしサークル」部室
(薄暗い部室。小宮部長が何か前衛的なポーズをとっている。橋本副部長は本を読んでいる)
野本
「……失礼します。野本です。部長、副部長。160トンの鉄の棒が重力で曲がってしまう件について、至急対策会議を開きたいのですが」
小宮部長
「(ポーズを崩さず)野本、遅いわよ。……重力。それは地球が私たちを縛り付ける愛の鎖。160トンの巨体が重力に屈して首を垂れる……。なんて退廃的な美しさかしら」
橋本副部長
「(本から目を離さず)……戦艦の主砲の話だね、野本さん。確かに『たわみ(ドループ)』は深刻な問題だ。でも、エンジニアたちは解決策を見出した」
野本
「やはり、宇宙空間で撃つしかないのでしょうか」
橋本副部長
「いや、もっとアナログで強引な方法だ。『駐退機プリセット』、あるいは『ボア・サイト整調』時の補正と言うんだけどね」
小宮部長
「(興味津々で近づく)何それ? 呪文?」
橋本副部長
「簡単に言えば……『曲がるなら、最初から逆に曲げて取り付けておけばいいじゃない』という発想さ」
野本
「……逆に曲げる?」
橋本副部長
「そう。砲身は重力で下に垂れる。だったら、取り付け角度をあらかじめ計算して、根元を少し『上向き』に反らせてセットするんだ。そうすれば、垂れ下がった結果として、先端はちょうど真っ直ぐ(照準線と平行)になる」
野本
「(目を見開く)なんと……。マイナスになることを見越して、最初からプラスに歪ませておく。それはまるで、待ち合わせに遅刻してくる山田くんを見越して、集合時間を30分早く伝える重子さんのような……」
小宮部長
「違うわ野本! それは『嘘』よ。でも大砲のは『真実』への渇望ね。……すごいわ。真っ直ぐであるために、あえて歪む。その矛盾! その屈折! まさに現代アートだわ!」
野本
「部長、興奮しすぎて鼻息が荒いです」
橋本副部長
「ちなみに、砲身は撃つと熱くなるから、太陽の当たり方でも歪むんだ。『サーマル・ベンディング』と言うんだけど、それも計算に入れる必要がある」
野本
「重力に耐え、熱に耐え、それでも真っ直ぐあろうとする……。160トンの鉄塊が、急に健気なドジっ子に見えてきました」
シーン3:帰り道
(夕暮れのキャンパスを歩く野本)
野本
「野本ともうします。
今日、私は学びました。
完璧に見える巨大なものも、実は見えないところで歪んでいる。
そして、その歪みと付き合うために、最初からちょっとだけ無理をしているのだと。
そう思うと、いつも不機嫌な亀山さんのシフト希望が、土日すべて『×』になっているのも、
彼女なりの『プリセット』なのかもしれません。
……いや、それは単に休みたいだけですね。
野本ともうします。
明日のバイトは、少し背筋を伸ばして行こうと思います。
補正が必要になる前に」
(完)




