第 200章 第4章 『副舵(タンデム配置)における流体力学的死角』
圭太
「さて、集まってもらったのは他でもない。この『副舵(タンデム配置)における流体力学的死角』についての検証だ。……正直、俺も依頼を受けた時は『なんで俺が?』と思ったが、まあ報酬が出るなら文句はない。まずはこの図面を見てくれ」
伊達
「報酬ねぇ……。俺も借金が減るなら何でもやるけどよ。この図面、船尾の形状がいびつすぎないか? スクリューの後ろに舵があるのは普通だが、この『副舵』ってやつ、配置がおかしくないか?」
アキナ
「位置関係を確認します。……主舵の後方、あるいは側方に配置された副舵。これ、明らかにスクリュープロペラが生成する高速水流の射程外にありますね。設計ミスですか?」
スノーレン
「……んー。ミスじゃないよ。わざと外してるんだと思う。……あぁ、この部屋、乾燥してるね。喉乾いた」
後藤
「あ、あのっ……! わ、私、お茶……持ってます……けど……(震える手でペットボトルを差し出す)」
スノーレン
「ありがとう。……で、話を戻すとね。スクリューの後ろって、水がすごく暴れてるんだよ。乱流だらけ。そこに舵を置くと、抵抗が増えちゃう。だから、直進している時の抵抗を減らすために、あえて『静かな場所』に舵を置くことがあるんだ」
圭太
「なるほど、燃費や直進安定性を重視した結果ってわけか。だが、今回のテーマは『死角』だ。伊達、刑事の勘としてどう思う?」
伊達
「刑事の勘で言うなら……これは『現場で使い物にならない役立たず』の匂いがするな。普段はそこにいるだけでいいが、いざ緊急事態に『動け!』って命令しても、スカスカで手応えがない。……俺の部下にも欲しくないタイプだ」
後藤
「ひっ……! スカスカで……手応えがない……役立たず……(自分のことだと思い込み、青ざめて机の下に潜り込もうとする) す、すみません……私、やっぱり帰ったほうが……!」
アキナ
「後藤さん、貴方のことではありません。戻ってください。……しかし伊達さんの指摘は合理的です。スクリュー後流が当たらないということは、舵に流体力が作用しない。つまり、舵を切っても船が曲がらないということです」
第二章:スリップストリームの恩恵と喪失
圭太
「そこなんだよ。通常、舵っていうのは、船が進む速度(船速)による水流と、スクリューが水を後ろに蹴り出す加速流(後流)の二つを受けて揚力を発生させる。飛行機の翼みたいなもんだ」
スノーレン
「そう。揚力 L は流速 V の二乗に比例するからね。 …魔法の術式と似てるかな。魔力(流速)が高ければ、小さな動作(舵角)でも大きな効果が出る」
アキナ
「ですが、このタンデム配置の副舵は、その『魔力』供給源であるスクリューの後ろにいない。つまり、船自体のスピードが出ていない低速時には、V がほぼゼロに近い。……これ、港での離着岸や、低速での回頭戦闘において致命的では?」
伊達
「おいおい、戦闘前提かよ。まあでも、車で言えば『止まってる時はハンドルが回らない』パワステ故障車みたいなもんか。……想像しただけで冷や汗が出るな。おい、アイボー……じゃなかった、ここにいる誰か、計算できるか?」
スノーレン
「んー……。計算するまでもないよ。スクリュー後流の速度は、船速の3割増しから倍近くになることもある。その『ブースト』を受けられない副舵は、ただの鉄板。特に舵を最大まで切った時、水流が剥離して失速しやすい。……まさに『死に体』だね」
後藤
「死に体……。あ、あの……つまり、その副舵さんは……みんなの輪に入りたくても、流れに乗れなくて……一人だけ空回りしてるってことですよね……? ぼ、ぼっち……。スクリューさんの輝かしい流れの外で、誰にも気づかれずに……」
圭太
「後藤ちゃん、その解釈は詩的だが、工学的には正解だ。この『流体力学的死角』にある舵は、低速時には何の役にも立たない。ただの抵抗物だ。これを補うために、バウスラスター(船首の横移動装置)とかが必要になる」
第三章:直進抵抗と回頭性のジレンマ
アキナ
「理解できません。なぜそんな非効率なものを付けるのですか? 旋回性能を犠牲にしてまで、何を得ようとしているんです?」
圭太
「それが『直進抵抗の相克』ってやつさ。船体が肥大化、つまりデブになればなるほど、水を押しのけて進むのが大変になる。少しでも抵抗を減らしたい。スクリューの後ろに舵があると、それが抵抗になるから、あえて外す。あるいは、複数の舵を並べることで、一枚あたりの面積を小さくしようとする」
伊達
「なるほどな。ダイエットのために飯を抜いたら、力が出なくて喧嘩に負けた、みたいな話か。……俺も最近、肝機能の数値が気になってるが、無理な節制は寿命を縮めるぞ」
スノーレン
「人間の体と一緒にしないでよ。……でも、船の設計者は常に悩んでるんだよ。『真っ直ぐ走りたい』と『曲がりたい』は、魔法でいう『防御結界』と『攻撃魔法』の並列展開くらい相性が悪い。直進安定性を高めれば曲がりにくくなるし、曲がりやすくすればフラフラする」
アキナ
「戦術的な観点から言えば、直進安定性など二の次です。敵弾を回避できない船に価値はありません。私なら、スクリュー後流を最大限に利用できるベッカーラダー(フラップ付き舵)を採用し、さらに二軸推進で推力偏向を行います」
後藤
「ひぃぃ……アキナちゃん、目が怖いです……。で、でも……その、真っ直ぐ進むのも大事だと思います……! ずっと曲がりくねった人生だと……私みたいに、どこに向かってるのかわからなくなって……ううっ」
圭太
「まあまあ。で、問題はこの『タンデム配置』だ。前方の主舵が流れを乱した後、その乱れた水流の中に副舵が入ることもある。こうなるともうカオスだ。予測不能な振動が起きたり、キャビテーション(空洞現象)で舵がボロボロになったりする」
第四章:シミュレーション開始
伊達
「よし、理屈はわかった。じゃあ実際にシミュレーションしてみようぜ。このモニターで動かせるんだろ? おいアキナ、お前が操舵してみろ。俺は機関長やるから」
アキナ
「了解。目標、前方海峡突破。全速前進。……面舵一杯」
圭太
「おっと、シミュレーション条件を追加するぞ。『低速航行中、強風あり』。さあどうなる?」
(モニター上で船のモデルが動き出す)
アキナ
「……!? 曲がりません。舵効きが悪すぎます。船首が風に流されています!」
スノーレン
「あーあ。言った通りだね。船速が遅いから、スクリュー以外の水流が弱い。でも副舵はスクリューの風(水流)を受けてない。だから揚力不足。……このままだと岸壁に激突するよ」
後藤
「あわわわわ! ぶつかる! ぶつかります! 私の人生と一緒で、壁に激突して終わるんですぅぅ!! 伊達さん、ブレーキ! ブレーキないんですか!?」
伊達
「船にブレーキなんぞあるか! スクリュー逆回転だ! 全速後進!」
アキナ
「待ってください! 一軸右回りのプロペラ船で後進をかけると、プロペラ・ウォーク(横圧力)で船尾が左に振られます! 制御不能になります!」
圭太
「その通り! さらに悪いことに、逆回転時の水流は船体側へ向かうが、タンデム配置の副舵が邪魔をして、変な水流干渉が起きるぞ。この『死角』配置は、後進時にも悪さをするんだ」
スノーレン
「……もう魔法で浮かせちゃえばいいのに」
伊達
「夢みたいなこと言ってんじゃねえ! クソッ、この船、どうやっても曲がらねえぞ! まるで頑固な被疑者だ!」
第五章:結論と哲学
圭太
「……とまあ、シミュレーション終了(モニターの電源を切る)。結果は『座礁』だ」
後藤
「はぁ……はぁ……死ぬかと思いました……。やっぱり……目立たないところに隠れてる(死角にいる)だけじゃ、ダメなんですね……。いざという時に、誰の役にも立てない……」
アキナ
「後藤さんの自虐は置いておいて。結論として、このタンデム配置における副舵の死角問題は、構造的欠陥と言わざるを得ません。特に港湾内での取り回しにおいてリスクが高すぎます」
スノーレン
「欠陥というか……『特化しすぎた代償』だね。外洋を何千キロも真っ直ぐ、低燃費で走るためだけに最適化して、止まることや曲がることを捨てた。……長命種のエルフが、今の人間社会のスピードについていけないのと、ちょっと似てるかも」
伊達
「俺たちが扱う事件もそうだ。一直線に真相に辿り着こうとすると、大事な証拠(横道)を見落とす。この船を作った奴も、効率ばかり追い求めて、大事な『遊び(ゆとり)』を忘れたんだろうよ」
圭太
「まとまったな。L/B比の大きな肥大船型において、旋回性能を確保しようと舵を増やしたものの、配置ミスで水流エネルギーを活かせない……それがこの『流体力学的死角』の正体だ。スクリュー後流を使えない舵は、ただの飾りだということだな」
後藤
「あの……私……明日からは、少し勇気を出して……スクリューの後ろに、飛び込んでみようと思います……! 乱流でもみくちゃにされても……前に進むために……!」
スノーレン
「……ボロボロになると思うけど。まあ、回復魔法かけてあげるから頑張りなよ」
アキナ
「私は援護射撃します。邪魔な水流は撃ち抜きますので」
伊達
「やめろ、物理的に穴が開く。……さて、報告書もまとまったし、飲みに行くか。圭太、奢りだよな?」
圭太
「はあ? なんで俺が……まあいいか。この奇妙なメンバーで飲むのも悪くない。後藤ちゃんも来るだろ?」
後藤
「えっ!? い、居酒屋!? 知らない人と!? ……あ、あの、私、タンデム配置の副舵として死角に留まりたいですぅぅぅ!!」
(幕切れ)




