第198章 第2章 「戦艦大和の球状艦首(バルバス・バウ)における流体力学と、その代償」
旅の途中、とある港町で古い「鉄の船の設計図」を見つけたという設定で展開します。
場所: 旅の途中の野営地。焚き火を囲んでいる。
フローレン
(薄汚れた青図を魔導書のように広げて)
「……ふふっ。見てフィビアス。この『鉄の巨獣』の図面、面白い魔法がかかっているよ」
フィビアス
(焚き火に薪をくべながら、呆れたようなジト目で)
「フローレン様。それは魔法ではなく、ただの工学設計図です。それに、またそんなガラクタを買って……。私たちの旅の資金、もう残り少ないんですよ?」
シュペルク
(大きな斧を磨きながら)
「へえ、どれどれ? ……うわ、なんだこれ。船の先っちょに、なんかデカいコブが付いてるぜ? 誰かに殴られて腫れたみたいだ」
フローレン
「失礼だね、シュペルク。これは**『球状艦首』**っていう、高度な流体制御の魔法……じゃなくて、技術なんだよ」
シュペルク
「バルバス・バウ? 強そうな名前だな」
フローレン
「この船……『ヤマト』っていうらしいけど、設計速度は27ノット。人間が走るよりずっと速い、時速50キロメートルで海を割って進むんだ。でもね、それだけ速いと、船の先頭が水を押しのける時に『巨大な波の山』ができちゃう。それが抵抗になって、船を後ろに引っ張るんだよ」
フィビアス
「無駄なエネルギーですね。それで、そのコブがどう役に立つんですか?」
フローレン
「ここで『波の干渉』という原理を使うんだ。
この出っ張ったコブが水面下を進むと、水面に『波の谷(凹み)』ができる。一方で、船の本体は『波の山』を作る。
この二つがぶつかるとどうなると思う?」
シュペルク
「えっ、山と谷がぶつかる? ……あ! 打ち消し合って平らになるのか!」
フローレン
「正解。むっつりスケベにしては冴えてるね」
シュペルク
「誰がむっつりスケベだ!!」
フィビアス
(無視して)
「なるほど。波を作るエネルギーを相殺して、抵抗を減らすわけですね。……でもフローレン様、水の抵抗って波だけじゃないですよね?」
フローレン
「いい着眼点だね、フィビアス。そこで**『境界層剥離』**の話になる。
水っていうのは粘り気があるから、船の表面に張り付いて流れるんだけど、船首の形が悪いと、途中で水流が船体から『剥がれて』しまうんだ。剥がれると、そこに渦ができて、後ろに引っ張る力(圧力抵抗)が生まれちゃう」
シュペルク
「うげぇ。なんか背中を掴まれてるみたいで嫌だな」
フローレン
「この球状艦首は、その水流を整える効果もあるんだよ。水を滑らかに船体に沿わせることで、剥離を抑える。まるで、風防御の魔法で衣類のバタつきを抑えるみたいにね。これによって、15万馬力しかない機関でも、この巨体を27ノットで走らせることができるんだ」
フィビアス
「完璧じゃないですか。……でも、フローレン様がニヤニヤしている時は、大抵『罠』がある時です。この技術にも、欠点があるんでしょう?」
フローレン
「よく分かってるね。……実はこのコブの中、空っぽなんだけど、ここに**『ソナー(水中聴音機)』**を入れてたんだよ。敵の潜水艦の音を聞くための『耳』だね」
シュペルク
「へ? 一番前にあるなら、よく聞こえそうじゃん」
フローレン
「それが逆なんだよ。
27ノットで全速航行中、このコブの周りでは何が起きると思う? 水が激しくぶつかって、砕けて、泡立って……凄まじい騒音が発生するんだ」
フィビアス
「……まさか」
フローレン
「そう。全速で走っている時、この『耳』は、自分の足音がうるさすぎて何も聞こえなくなる。
**『流体ノイズ』と『キャビテーション(空洞現象)』**の轟音の中で、敵のスクリュー音なんて聞き分けられるわけがないんだよ」
シュペルク
(青ざめて震えだす)
「そ、それって……目隠しして全力疾走しながら、周りの音も聞こえないってことかよ!? 何かにぶつかるじゃねえか! 怖すぎるだろ!!」
フィビアス
(冷ややかな目で)
「シュペルクは本当に臆病ですね。……でも、確かに致命的です。敵を見つけるための装置が、速く走ると使い物にならなくなるなんて」
フローレン
「工学っていうのは、あちらを立てればこちらが立たず……トレードオフの連続なんだよ。まるで、攻撃魔法に特化しすぎて防御を忘れた魔法使いみたいにね」
フィビアス
「……フローレン様。その図面、もう十分堪能しましたよね? そろそろ出発しますよ。早くしないと、またミミックに引っかかりますから」
フローレン
「待ってよフィビアス〜。まだ『リベット接合のせん断応力』について語ってないよ〜」
シュペルク
「もう勘弁してくれよ……。俺、船に乗るのが怖くなってきた……」




