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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン23

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第195章 第3章 鋼鉄の限界


1. 北の鍛冶場

1938年(昭和13年)、冬。北海道・室蘭。

日本製鋼所(JSW)室蘭製作所。ここは、民間企業でありながら、事実上の国家戦略拠点だった。

降りしきる雪の中、第4工場の巨大な扉が開かれると、そこには地獄のような熱気が渦巻いていた。

炉から引き出されたのは、赤熱した巨大な鉄のインゴット。重量は約60トン。

「プレス、来るぞ!」

職長の怒号と共に、工場の床が震える。

そこに鎮座するのは、高さ十数メートルに及ぶ怪物――**「一万トン水圧プレス」**だ。

イギリスのアームストロング社やビッカース社から技術導入して作られたこの巨人は、当時の日本で唯一、戦艦の主砲身や極厚の装甲板を鍛造できる設備だった。

大和の背骨となる部材は、すべてこの北の大地で叩き上げられていたのだ。


2. 矛盾する装甲(VH甲鈑)

福田啓二ら技術陣が要求した装甲スペックは、当時の常識を超えていた。

VH甲鈑ヴィッカース・ハーデンド」。

舷側(船の側面)を守る、厚さ410ミリメートルの鋼鉄の壁である。

「硬く、かつ、粘り強くあれ」

この相反する要求こそが、冶金やきん工学における最大の難問だ。

* 硬さ(Hardness): 敵弾を弾き返すために表面はダイヤモンドのように硬くなければならない。これを実現するのが「浸炭セメンテーション」処理だ。炭素を表面に染み込ませて焼入れを行う。

* 靭性(Toughness): しかし、全体が硬すぎると、被弾の衝撃でガラスのように割れてしまう。裏側は衝撃を吸収する「粘り」が必要だ。

「表面の硬化層は7割、裏面の強靭層は3割。このバランスを41センチの厚さの中でグラデーションさせる。失敗すれば、数ヶ月の工程がただのくず鉄になる」

現場の技師たちは、数週間続く熱処理炉の温度管理に命を削った。

炉内の温度分布を均一にするため、熱電対センサーの数値を睨み続け、数度の狂いも許さない。

1枚の装甲板が完成するのに数ヶ月。それを何十枚と揃えなければならない。

これは工業生産というより、巨大な美術品の制作に近かった。


3. 三千トンの反動

一方、火砲工場では**「九四式四十糎(40センチ)砲」**――実体は46センチ砲――の製造が進んでいた。

全長21メートル、重量147トン。

世界最大のライフル砲である。

その製造には、**「鋼線焼嵌やきばめ法」**が用いられた。

内筒インナーチューブの上に、ピアノ線のような高張力鋼線を高密度で何重にも巻き付け、その上から外筒を被せる。

鋼線の締め付ける力(予圧)によって、発射時の凄まじいガス圧(約3,000気圧)に耐える構造だ。

「147トンの鉄の棒が、ミクロン単位の精度で真っ直ぐでなければならない」

もし砲身がわずかでも歪んでいれば、弾丸は狙ったところに飛ばないどころか、砲身内で破裂(腔発)し、艦そのものを吹き飛ばす。

旋盤で削り出される長い切りくず(ダライ粉)は、青く美しく光っていたが、それは極限まで均質化された鋼の証だった。


4. 特務艦「樫野」

1939年(昭和14年)。

室蘭で完成したこれらの「規格外部品」を、どうやって呉まで運ぶか。

鉄道? 不可能だ。トンネルを通れない。

通常の貨物船? 不可能だ。重すぎてハッチに入らないし、クレーンも耐えられない。

そのために、海軍は一隻の船を新造した。

給兵艦(特務艦)**「樫野かしの」**である。

大和の主砲塔と砲身を運ぶためだけに設計された、世界でも稀な専用輸送船だ。

「なんだ、あの船は」

港湾労働者たちは樫野の姿を見て首を傾げた。

全長130メートルに対し、あまりにも巨大な3つのハッチ。

そして、異常に低い重心。

甲板の上には何もなく、船体のほとんどが「積み荷のための空間」だった。

「いいか、絶対に傾けるなよ」

樫野の艦長は、冷や汗を拭いながら操舵員に命じた。

積んでいるのは、大和の主砲塔旋回盤ターレットリング

もし輸送中に時化しけに遭い、荷崩れを起こせば、樫野は瞬時に転覆する。それどころか、大和の建造計画そのものが数年遅延する。

この航海は、敵艦隊との海戦以上に神経を削るミッションだった。


5. クレーンの巨人

呉海軍工廠、艤装ぎそう岸壁。

ここには、もう一つの「技術の結晶」が待ち構えていた。

イギリスから輸入された200トン・ハンマーヘッドクレーン。

(※現在もIHIの敷地内に現存し、稼働している歴史的遺産である)

夜陰に乗じて入港した「樫野」から、巨大な円筒形の物体が吊り上げられる。

46センチ砲の砲身だ。

「旋回、微速! 風を読め!」

クレーンのオペレーターは、200トンの巨物を空中で制止させる神業を要求された。

わずかな風で、鉄塊は振り子のように揺れる。もしドックの壁や船体に接触すれば、すべてが終わる。

下で見守る福田啓二と牧野茂。

「牧野、あれを見ろ。我々の理論が、空を飛んでいる」

「美しいですが……心臓に悪いですね」

巨大な砲身は、まるで精密機械の部品のように、大和の砲塔基部へと吸い込まれていった。

主砲一基(3門)の回転部分(旋回部重量)だけで約2,500トン。

これは当時の駆逐艦一隻分の重量に匹敵する。

それをボールベアリングの上に乗せ、スムーズに回転させなければならない。

「ベアリングの真球度は?」

「検査済みです。数千個の鋼球、すべて公差内です」

「よし。これで回らなければ、腹を切るしかないな」

大和の心臓部となるエンジン、背骨となる装甲、そして拳となる主砲。

日本の工業力の限界リミットギリギリで作られたパーツたちが、呉というパズル盤の上で、一つの形になろうとしていた。


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