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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン23

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第153章 第6章:バッフルズ・ダンス(死角への潜入)


1986年11月28日 09:30(ズールー時間)

北極海 バレンツ海北部

深度400フィート(約122メートル)


距離レンジ、2200ヤード。敵艦の真後ろ(デッド・アスターン)へ入ります」

OOD(甲板士官)の報告には、隠しきれない緊張が滲んでいた。2200ヤード(約2キロメートル)は、陸上であれば散歩できる距離だ。広大な海において、それは「接触」と同義だった。

「了解。音響ステルスを維持」

マカリスター艦長は、囁くように命じた。

前方を行く巨大なソ連潜水艦《TK-208》は、12ノットで航行している。その巨大な2軸のスクリューがかき回す水流は、後方に強力な乱流と騒音の「円錐コーン」を作り出していた。

これが「バッフルズ(Baffles)」だ。


(解説:バッフル / Baffles)

潜水艦自身のスクリュー音や水流音が、自艦のソナー(特に艦首や側面ソナー)の聴音を阻害する領域。通常、艦尾方向を中心とした約60度の範囲は、自艦の騒音で「耳が聞こえない」状態となる。敵のこの死角に入り込めば、理論上は探知されずに追跡できる。


第2区画 発令所 ソナー・コンソール

「曳航ソナー(TB-16)、巻き取り完了。ショート・ステイ(短距離曳航)状態で固定」

コワルスキー先任兵曹は、汗ばんだ手でトラックボールを操作した。

至近距離での追跡戦ドッグファイトにおいて、数キロメートルも後ろに伸びる長いケーブル(ロング・テイル)は邪魔になる。急旋回すればケーブルを切断するか、自艦のスクリューに絡ませる危険があるからだ。

「側面アレイ(WAA:Wide Aperture Array)、感度良好。……敵艦のスクリュー音、最大レベル(マックス・ボリューム)」

ヘッドセットからは、重戦車がすぐ隣を走っているような轟音が響いている。

「コーンの中に入ります……今!」

フッと、音が変わった。

轟音が遠のき、奇妙な篭った音になる。

「バッフル進入エンター・ザ・バッフルズ。敵の探知圏外ブラインド・スポットに入りました」

コワルスキーは息を吐いた。

「現在、敵のソナーは我々を聞くことができません。我々は奴の『影』の中にいます」

だが、これは諸刃の剣だ。敵のバッフルに入るということは、こちらも敵の音をクリアに聞けなくなることを意味する。激しい水流の乱れ(ウェイク・タービュランス)が、ソナーの受波器を叩くからだ。


発令所 指揮官席

「距離1500ヤード。位置維持ステーション・キーピング

マカリスターは、前のめりになって海図台の状況図を見つめた。

《ヴァンガード》は今、前を行く4万8000トンの巨体が作り出す乱水流の中を泳いでいる。

「操舵手、修正舵を当て続けろ。ウェイク(航跡波)に流されるな」

「アイ・サー。ラダー(舵)が重いです。乱流が激しい」

操舵手はヨーク(操縦桿)を細かく動かし続けている。前の車が発生させる風圧に煽られる小型車のような状態だ。

「敵艦、深度変更の兆候!」ソナーからの鋭い報告。

「追随せよ(マッチ・デプス)!」

「敵、深度450へ降下中」

「潜航角5度、深度450へ。遅れるな、置いていかれるぞ」

二つの巨大な鋼鉄のクジラが、暗黒の海中でシンクロナイズド・スイミングを行っている。

もし敵が急減速すれば追突する。もし敵が急加速すれば見失う。

マカリスターの神経は極限まで研ぎ澄まされていた。

「なぜだ……」マカリスターは独りごちる。「なぜ奴は、こんなに単調なコース(ステディ・コース)を維持している?」

通常、バッフルをクリア(安全確認)するために、潜水艦は定期的に蛇行するはずだ。しかし、TK-208はまるで何かを待っているかのように、真っ直ぐに氷の下を進んでいる。

「艦長、敵艦より機械音トランジェント。……ミサイルデッキ付近からの油圧作動音です」

「何?」

マカリスターが顔を上げた。

「ハッチを開ける気か? 氷の下で?」


第1区画 魚雷発射管室

「発射管室より発令所。1番、2番発射管、『ウォーショット(実戦用魚雷)』装填済み。発射口カバー(マズル・ドア)、閉鎖中」

魚雷担当員たちは、巨大な緑色のMk48 ADCAP(能力向上型)魚雷の横で、無言で待機していた。

彼らは知っている。この距離で撃てば、魚雷は発射後数秒で敵に到達する。誘導など必要ない。外す方が難しい距離だ。

だが、その爆発は自分たちをも巻き込むかもしれない。

発令所

「敵艦、増速!」

ソナー室からの叫び声が、静寂を破った。

「回転数上昇! キャビテーション発生! ……急速な回頭を始めました! 右へ!」

マカリスターの脳裏に、最悪のシナリオが閃いた。

それは単なる変針ではない。バッフルの中に潜んでいるかもしれない追跡者を確認し、場合によっては体当たりで粉砕するための、ソ連潜水艦特有の荒っぽい戦術。

「クレイジー・イワン(Crazy Ivan)だ!」

マカリスターが吼えた。

「総員、緊急回避! 取り舵一杯レフト・フル・ラダー! 機関、後進一杯オール・バック・フル!」

「取り舵一杯! 後進一杯!」

TK-208の巨大な船体が、信じられないほどの機動性で右へ180度回頭してくる。

1500ヤードの距離など、相対速度が合わされば数秒で消滅する。

《ヴァンガード》のスクリューが逆回転し、激しいキャビテーションを生み出してブレーキをかける。船体全体が激しく振動し、棚からバインダーが落下する。

衝突警報コリジョン・アラーム!」

OODが赤いボタンを叩き込む。

ウゥーッ、ウゥーッという不気味な電子音が鳴り響く中、ソナー画面には、急速に拡大する「音の壁」が迫っていた。

「音響的接触、振り切れます(サチュレーション)! 近すぎます!」

「衝撃に備えろ(ブレイス・フォー・インパクト)!」

マカリスターは手すりを強く握りしめた。

回避できるか。それとも、北極海の冷たい墓標の下で、二つの原子炉が融合することになるのか。

黒い巨体が、ソナーの「滝」を埋め尽くした。


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