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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン23

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第146章 第5章:総力戦の果てに 〜平和という名の現状維持〜


野本ともうします。

「戦争論」を著したクラウゼヴィッツは言いました。「戦争は、他の手段をもってする政治の継続である」と。

しかし、私たちにとっての「忘年会」は、政治の継続などという生易しいものではありません。

それは、一年間の鬱憤を晴らし、来たるべき新年への兵站モチベーションを確保するための、まさに「総力戦トータル・ウォー」なのです。


12月28日、午後7時。

寒風吹きすさぶ駅前の繁華街に、私たち「暇つぶしサークル」と、バイト先「ジョリーズ」の有志連合、計7名が呆然と立ち尽くしていました。

「……予約が、入っていない?」

小宮部長の声が震えています。

目の前の居酒屋「魚民(仮)」の店員さんは、申し訳なさそうに、しかし無慈悲に首を振りました。

「はい……。本日、小宮様のお名前でのご予約は承っておりません」

「そんな! ネットで予約したはずよ! 確認メールも……ああっ!?」

部長がスマホを見て絶叫しました。

「日付が……来月になってる……」


「バカヤロウ!」

橋本副部長が叫びました。

「来年の1月に忘年会やってどうすんだよ! 脳内カレンダーどうなってんだ!」

「うるさいわね! アンタが『適当にやっといて』って言ったんでしょ!」

最悪の事態です。

年末の金曜日。街は忘年会客で溢れかえり、どこの店も満席。

気温は2度。

私たちは、路頭に迷った「忘年会難民」となってしまいました。

「寒い……もう帰ろうぜ……」

山田くんがポケットに手を突っ込んで呟きます。

「俺、家でYouTube見てる方がマシだわ」

重子さんも、「私もパス。寒すぎて無理」と踵を返そうとしました。

部隊パーティが崩壊しかけています。

士気はゼロ。このまま解散すれば、部長の求心力は失墜し、サークルとバイト先の関係も冷え切ったまま終わるでしょう。


「待ってください」

私はマフラーを巻き直し、全員の前に進み出ました。

「まだ、負けたわけではありません」

「野本……」

亀山さんが白い息を吐きながら私を見ました。

「でも、この状況じゃ無理だよ。どこも満席だ」

「いいえ。個別の戦力では無理でも、ここにいる全員の能力を統合すれば、突破口は開けます」

私は眼鏡を光らせ、宣言しました。

「これより、サークルとバイトの枠を超えた**『統合任務部隊(JTF: Joint Task Force)』**を編成します」

「ジェイ……何?」

「JTF。異なる軍種(陸海空)や組織を、一つの特定の任務のために統合した部隊です。東日本大震災の際、陸海空自衛隊が初めて本格的に編成した『JTF-東北』が有名です」

私は全員を見回しました。

「目的は一つ。『今から入れる店を確保し、暖とアルコールを摂取すること』。この一点突破のために、総力を結集します」


私は矢継ぎ早に指示を飛ばしました。

「まず、**情報戦インテリジェンス**です。橋本副部長!」

「へ、俺?」

「あなたは中国軍モデルの『情報支援部隊』司令官です。そのスマホ検索能力をフル稼働させ、半径500メートル以内の居酒屋の空席情報、Twitter(X)のリアルタイム検索、キャンセル情報を徹底的に収集してください。『空いてた』という呟き一つも見逃さないで!」

「お、おう。エゴサよりは役に立ちそうだな。了解!」

橋本さんがスマホを猛烈な勢いで操作し始めました。

「次に、**機動偵察スカウト**です。重子さん、山田くん!」

「あ?」

「あなた方は米軍モデルの『ストライカー旅団』です。足を使って、路地裏の個人経営店や、ネットに載っていない穴場を直接視察(目視確認)してください。ダッシュで!」

「えー、走るの?」

「文句を言わない! 肉が食いたくないんですか!」

「……食いたい! 行くぞ重子!」

「チッ、しょうがないわね!」

二人が繁華街の人混みへと消えていきました。

「そして、**政治・資金スポンサー**です。小宮総理!」

「は、はい!」

「予算の上限を撤廃してください。多少高くても『飲み放題なし』でも構わないという政治決断をお願いします。金で解決できる問題は金で解決します」

「わ、分かったわ! お年玉の前借りでなんとかする!」

「最後に……」


私はベテランパートの亀山さんに向き直りました。

「亀山元帥」

「おや、私の出番かい?」

「はい。あなたには、**『外交ディプロマシー』と『威圧プレゼンス』**をお願いします」

私は、少し離れた場所にある大手チェーン居酒屋の看板を指しました。

「あそこの店長、亀山さんの昔の同僚でしたよね?」

「ああ、鈴木さんね。腐れ縁だよ」

「橋本部隊の情報収集や、偵察部隊の発見が遅れた場合、最後の手段として、そのコネクション(ホットライン)を使用してください。元帥の威光で、『予備席』をこじ開けるのです」

亀山さんはニヤリと笑い、スマホを取り出しました。

「人使いが荒いねぇ、1等陸佐。……いいよ、貸しを作っとくのも悪くない」

「私は全体の指揮(C4I)を執ります。作戦開始ミッション・スタート!」

寒風の中、私のスマホに次々と情報が集まり始めました。

『こちら情報支援部隊(橋本)。駅裏の「千年の宴」、3分前に「キャンセル出た」との書き込みあり!』

「了解。偵察部隊(重子・山田)、急行せよ!」

『こちらストライカー旅団(山田)。「千年の宴」現着。……ダメだ、タッチの差で埋まった!』

「クソッ、敵(他の忘年会客)も早いですね……」

『こちら情報支援部隊。西口の「庄や」、電話繋がらないけど狙い目かも』

『こちらストライカー旅団(重子)。「庄や」目視確認。入り口に行列あり。待ち時間40分。凍死するわ』

状況は芳しくありません。


寒さが体力を奪い、小宮総理の顔色が悪くなっています。

「野本ぉ……もうコンビニでお酒買って公園で飲もうよぉ……」

「ダメです! それは敗北主義です!」

その時、静かに戦況を見守っていた亀山元帥が動きました。

「……野本さん」

亀山さんはスマホを耳から離しました。

「鈴木(あの店の店長)と繋がったよ。『個室は無理だが、倉庫代わりにしてる奥の座敷なら、片付ければなんとか6人入れる』ってさ」

「!!」

私は叫びました。

「全軍、転進! 目標、東口『魚民(仮)』の鈴木店長のもとへ!」

15分後。

私たちは、段ボール箱が積み上げられた狭い、しかし暖かい座敷の一角に座っていました。

お世辞にも良い席とは言えませんが、私たちにとっては天国ヴァルハラです。

「……乾杯!」

ジョッキがぶつかり合う音が、勝利のファンファーレのように響きました。

生ビールの冷たさが、逆に体を熱くしていきます。

「いやー、なんとかなるもんだねぇ」

橋本副部長が枝豆を頬張りました。


「俺の検索能力と、山田たちの足と、亀山さんのコネ。全部ハマった感じ?」

「まさに**『ハイブリッド戦』**の勝利です」

私はウーロン茶を飲みながら解説しました。

「現代の戦争は、物理的な攻撃(足での偵察)だけでなく、サイバー空間(ネット検索)や、認知領域(コネと交渉)を組み合わせた戦いです。どれか一つが欠けても、このビールにはありつけませんでした」

「難しいことはいいけどさ」

山田くんが唐揚げにかぶりつきました。

「やっぱ、みんなで食う飯はうめーな」

「あんた、さっきまで『帰る』って言ってたじゃない」と重子さんが笑います。

富山さんがサラダを取り分けながら言いました。

「でも、野本さん。軍隊とか組織って、戦争するためにあるんだよね? こんな平和な飲み会のために必死になって、なんか変じゃない?」

私は箸を止め、全員を見回しました。

小宮部長が幸せそうに焼き鳥を食べ、亀山さんがビールをお代わりし、橋本さんが山田くんにゲームの話をしている。


この騒がしくも温かい光景。

「……富山さん。軍事組織の究極の目的は、戦争に勝つことではありません」

「え? じゃあ何?」

「**『戦わないこと』**です」

私は言いました。

「強力な軍備、効率的な組織、即応体制。これらはすべて、敵に『手出しをしたら痛い目に遭う』と思わせ、平和を維持するための**『抑止力(Deterrence)』**として存在します」

「抑止力……」

「はい。私たちも同じです。こうして組織を作り、階級を定め、役割分担をして結束することで、『世知辛い世の中』や『孤独』といった外敵から、このささやかな**『現状維持(平和)』**を守っているのです」

「野本……」

小宮部長が感動した面持ちで私を見ました。

「あんた、いいこと言うじゃない。そうよ、私たちは平和を守るために飲んでるのよ!」

「単に飲みたいだけでしょ」と亀山さんがツッコむ。

店内には笑い声が溢れています。

アメリカ式でも、中国式でも、ロシア式でもない。

ここは、寄せ集めの「暇つぶし式」統合任務部隊。

世界で一番弱く、けれど世界で一番平和な軍隊です。

「さて、作戦は第2フェーズ(二次会)へ移行しますか?」

橋本副部長が調子に乗って提案しました。

「却下」


亀山元帥が即答しました。

「明日は早朝シフトだよ。総員、終電までに撤収!」

「イエッ・マム!」

店の外に出ると、雪がちらついていました。

酔っ払った小宮部長を重子さんと山田くんが支え、橋本さんと富山さんが前を歩いています。

亀山さんと私は、しんがり(殿)を歩きます。

「野本さん」

「はい」

「あんたの知識、役に立ったね」

「恐縮です。ただの暇つぶしですから」

私は夜空を見上げました。

星は見えませんが、街の灯りが星のように輝いています。

軍隊の構造も、階級も、兵器も、本来はこんなふうに、誰かの日常を守るためにあるのかもしれません。

「野本ー! 早くー! 置いてくぞー!」


前を行く仲間たちが手を振っています。

「了解。全速前進フル・スピードで合流します」

私はマフラーを直し、駆け出しました。

野本ともうします。

私の、そして私たちの「暇つぶし戦略研究所」は、本日も異常なし。

これにて、全作戦行動を終了します。

(完)


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