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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン23

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第141章 第5章:二人の鍵 〜最終兵器と平和の維持〜


野本ともうします。

核戦略の究極のパラドックス。

それは、「兵器は使われるためにあるのではなく、使われないためにある」という点です。

世界最強の破壊力を持つミサイルも、発射スイッチが押された瞬間、それは兵器としての価値を失い、単なる「自殺の道具」に成り下がります。

今夜、駅前の居酒屋「笑笑わらわら」の個室で、私たちの小さな世界が、そのスイッチが押されるかどうかの瀬戸際に立たされていました。


「もういい! 辞めてやるわよ!」

小宮部長の絶叫が、個室のカラオケ音よりも大きく響き渡りました。

テーブルには、飲みかけのサワーと、冷めた焼き鳥が散乱しています。

事の発端は、些細なことでした。

今日は珍しく、暇つぶしサークルのメンバーと、バイト先の亀山さんたちが合同で飲む「異文化交流会」でした。

しかし、酒が進むにつれて、亀山さんの「仕事論(説教)」が始まり、それに小宮部長が噛みついたのです。

「あんたね、シフトに入れるだけありがたいと思いなさいよ」と亀山さん。

「こっちはテスト前なのよ! 学業優先でしょ!」と部長。

売り言葉に買い言葉。

そしてついに、部長が立ち上がり、禁断のカードを切ったのです。

「もう知らない! バイトも辞める! ついでにこのサークルも解散よ! 全部リセットしてやる!」

その場の空気が凍りつきました。

橋本副部長が枝豆を落とし、富山さんがおしぼりを握りしめます。

重子さんと山田くんは、関わりたくないのかスマホを見つめています。

これは、単なる喧嘩ではありません。


私たちの生活基盤エコシステムの崩壊危機です。

部長がバイトを辞めればシフトは崩壊し、サークルを解散すれば私たちの居場所サンクチュアリが消滅します。

まさに、**「世界核戦争ハルマゲドン」**の幕開けです。

部長が鞄を掴み、ドアに向かおうとしました。

「帰る! もう二度と顔見せないから!」

「待ってください」

私は静かに立ち上がり、ドアの前に立ちはだかりました。

「野本、どいて! 私を止めても無駄よ!」

「いいえ、止めます。正確には、『システムが発射を許可しません』」

「はぁ?」

私は眼鏡を外し、懐からおもむろに「割り箸の袋」を取り出しました。

「小宮艦長。あなたは今、**『最終兵器(ちゃぶ台返し)』**の使用を宣言しました。これは組織を壊滅させる核攻撃命令です」

「そうよ! 私にはその権利があるわ!」

「確かに、あなたは最高指揮官(艦長)です。しかし、戦略原潜において、核ミサイルの発射は艦長一人の意思では実行できません」

私は部屋の奥にいる橋本副部長と、手前の亀山さんを指差しました。


「**『二人ルール(Two-Man Rule)』**をご存知ですか?」

「ツーマン……?」

「核兵器の誤射や、指揮官の乱心による発射を防ぐための安全装置です。発射キーは、艦長と、もう一人――副長や兵器管制官など、物理的に離れた場所にいる人間が持っています。二人が同時にキーを回さなければ、回路は接続されず、ミサイルは飛びません」

私は橋本副部長を見ました。

「橋本副長(XO)。艦長から『サークル解散』という発射命令が出ました。あなたは同意し、発射キー(賛成)を回しますか?」

橋本副部長は、眠そうな目で部長を見ました。

「……えー、解散? 面倒くさいなぁ」

彼はあくびを噛み殺しました。

「部室なくなると、昼寝する場所ないし。冬は寒いし。俺はキー回さないよ」

「副長の同意が得られません」

私は部長に向き直りました。


「システムエラー。サークル解散シークエンス、停止しました」

「なっ……! 副部長のくせに生意気な!」

部長が地団駄を踏みます。

「じゃあバイトは!? バイトを辞める権利は私にあるわ!」

「では、こちらの管制官に確認します」

私は亀山さんを見ました。

「亀山管制官。小宮艦長が『バイトを辞める』と言っています。これにより、来週のシフトに巨大な穴が開き、あなたの業務負担が倍増(死)しますが、発射を承認しますか?」

亀山さんは焼き鳥の串を置き、腕を組みました。

「……冗談じゃないわよ。年末の繁忙期に抜けられたら、私が死ぬわ。絶対に承認しないね」

「管制官もキーを回しません」

私は部長に告げました。

「フェイルセーフ(安全装置)が作動しました。あなたは、辞められません」

「う……うう……!」


部長は顔を真っ赤にして、拳を震わせました。

「何よそれ! みんなして私を閉じ込める気!? 私の意思はどうなるのよ!」

「意思……そうですね」

私は一歩近づき、部長の目を見据えました。

「最後に一つ確認させてください。**『EAM(緊急動作指令)』**についてです」

「イーエーエム?」


「潜水艦は、本国(大統領)からの暗号指令を受信して初めて攻撃態勢に入ります。……小宮さん。あなたの『本国』、つまりあなたの心(理性)は、本当に世界を滅ぼしたいと願っているのですか?」

「え……」

「ここを飛び出して、サークルを潰して、バイトの仲間と縁を切って。その後に残る『放射能に汚染された荒野(孤独)』を、あなたは本当に望んでいるのですか? それは、ただの『一時の感情ノイズ』ではありませんか?」

部長の動きが止まりました。

怒りに任せて振り上げた拳。

しかし、その先にある未来を想像したのでしょう。

彼女の目から、スーッと涙がこぼれ落ちました。

「……だって……だって、亀山さんがうるさいんだもん……」

部長はその場にへたり込みました。

「私だって頑張ってるのに……」


緊張の糸が切れました。

亀山さんがため息をつき、新しいおしぼりを部長に投げ渡しました。

「悪かったわよ。言い過ぎたわ。……ほら、顔拭きなさい。明日もシフト入ってるんでしょ」

「うぅ……亀山さんのバカァ……」

部長はおしぼりで顔を覆って泣き出しました。

「……状況、終了ミッション・アボート

私は静かに宣言し、席に戻りました。

橋本副部長が、枝豆を一つ私に差し出しました。


「ナイス迎撃」

「いえ、システムが正常に機能しただけです」

泣いている部長の背中を、富山さんがさすっています。

重子さんと山田くんも、気まずそうにしながらも、追加のポテトを注文してくれました。

私はウーロン茶を一口飲みました。

冷たい液体が喉を通り抜けていきます。

戦略原潜(SSBN)の乗員たちが、最も誇りに思う瞬間。

それは、ミサイルを撃った時ではありません。

数ヶ月の過酷なパトロールを終え、ミサイルを一発も撃つことなく、無事に母港へ帰投した時です。

「何も起きなかった」


それこそが、彼らが世界を守った証拠なのです。

今夜、この居酒屋で核戦争は回避されました。

世界は滅びず、私たちはまた明日も、面倒くさくて、騒がしくて、愛おしい日常へと戻っていくことができます。

「野本、あんたも飲みなさいよ」

泣き止んだ部長が、赤い目で私にコップを突き出しました。

「平和維持軍の手当よ」

「では、いただきます」

私はコップを合わせました。

乾杯の音が、ソナー音のように澄んで響きました。


帰り道。

冬の夜空を見上げると、オリオン座が輝いていました。

宇宙の彼方から見れば、地球上の私たちの悩みなど、塵のようなものでしょう。

それでも、私たちはこの小さな星の上で、ボタンを押したり、押さなかったりしながら生きています。

「野本さん、明日のシフト、よろしくね」

別れ際、亀山さんが手を振りました。

「了解しました。定刻通り、作戦海域ホールへ展開します」

私はマフラーを巻き直しました。

野本ともうします。

私の、そして私たちの「暇つぶし戦略研究所」は、本日も異常なし。

これにて、全任務を完了します。

(完)


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