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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン23

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第136章 第7章:終わりなき暇つぶし作戦 〜専守防衛の日常〜


野本ともうします。

「戦争は政治の延長である」と言ったのはクラウゼヴィッツですが、「大学生活は暇つぶしの延長である」と言ったのは、たぶんうちの小宮部長です。

私たちは日々、迫りくる「退屈」という名の敵と戦っています。


しかし、現代の戦争はもはや、鉄と火薬だけで行われるものではありません。

目に見えない情報こそが、勝敗を分けるのです。

冬の夕暮れ。

暇つぶしサークルの部室は、茜色に染まっていました。

小宮部長はスマホで猫の動画を見ながらニヤニヤし、橋本副部長は突っ伏して寝ています。


一見、平和な光景です。

しかし、私はホワイトボードの前に立ち、深刻な表情で腕を組んでいました。

「……皆さん、聞いてください」

私の低い声に、部長が顔を上げました。

「何よ、藪から棒に。また軍事講義?」

「はい。これまでの戦い(活動)を総括し、今後のドクトリン(指針)を策定する必要があります」

私はボードに大きく**『ハイブリッド戦』**と書きました。

「ハイブリッド?」

「現代の戦争は、物理的な戦闘キネティックと、非軍事的な手段が複雑に混ざり合っています。サイバー攻撃、偽情報の拡散、経済制裁……。これらを組み合わせた戦いを『ハイブリッド戦』と呼びます」

「ふーん。で、それが私たちの暇つぶしと何の関係があるの?」

「大いにあります」


私は眼鏡を光らせました。

「我々にとっての最大の敵は『暇』ですが、この敵は姿を変えて襲ってきます。単に遊べばいいというわけではありません。どの遊びが最もコストパフォーマンスが高く、かつ精神的充足(士気)を満たすか。これを見極めるには、**『情報戦』**を制する必要があります」

私はボードに別の図を描き足しました。

第1章でも触れた、中国人民解放軍の2024年4月の組織改編図です。

「思い出してください。中国は『戦略支援部隊』を解体し、新たに**『情報支援部隊』**を独立させました。これは何を意味するか。習近平主席(中央軍事委員会)の『目と耳』となり、全軍のネットワークを構築・維持する部隊を、最も信頼できる直轄部隊として置いたということです」

私は寝ている橋本副部長の肩を叩いて起こしました。

「橋本副部長。あなたは以前、情報支援部隊司令官に任命されましたね」


「んあ? ……ああ、Wi-Fi直せってやつ?」

「そうです。現代戦において、情報は弾薬よりも重要です。あなたがサボっている間に、我々は致命的な敗北を喫しようとしています」

「敗北って、何が?」

私はスマホを取り出し、画面を二人に見せました。

それは大学の学食の公式X(旧Twitter)アカウントの投稿でした。

『【重要】本日、食材配送トラブルのため、大人気のAランチ(唐揚げ定食)およびBランチ(ハンバーグ定食)は、17:30をもって販売終了となります』

現在時刻、17:25。

「なっ……!?」


小宮部長がガタッと椅子を鳴らして立ち上がりました。

「唐揚げが終わる!? 私、今日の夕飯は唐揚げって朝から決めてたのに!」

「嘘だろ、ハンバーグもかよ!」橋本副部長も目を覚ましました。

「これが**『シグナル・インテリジェンス(SIGINT)』**の重要性です」

私は冷静に言いました。

「敵(学食)の通信を傍受し、状況を把握する。もし私がこの情報を掴んでいなければ、我々は10分後に学食へノコノコと出向き、売り切れの札の前で絶望的な敗北メンタルブレイクを味わうところでした」

「野本! あんたなんで早く言わないのよ!」

部長が叫びました。

「講釈垂れてる場合じゃないでしょ! あと5分しかないじゃない!」

「慌てないでください、総理(部長)。情報は、使うタイミングが重要なのです」

私は腕時計を見ました。


「ここから学食までは直線距離で300メートル。通常の歩行速度では間に合いませんが、即応機動連隊(我々)が全力で展開すれば、3分で到達可能です」

「走るわよ! 総員、第一種戦闘配置!」

部長が号令をかけました。

「目標、学食券売機! 作戦名は『オペレーション・カラアゲ』! 遅れた奴は置いていく!」

了解ラジャー!」

私たちは部室を飛び出しました。

夕暮れのキャンパスを、三人の影が疾走します。

「野本、あんた足遅い!」

「私は長距離砲兵(後方支援)タイプなのです!」

「言い訳すんな! 走れ!」

冷たい風が耳元で唸ります。

ただの夕飯のために、なぜこれほど必死になれるのか。

それは、私たちが「平和」という名の、あまりにも退屈で、けれど愛すべき日常を守っているからかもしれません。


息を切らして学食に滑り込み、券売機のボタンを押したのは17:29。

ギリギリの勝利ラストオーダーでした。

熱々の唐揚げ定食を前に、私たちはテーブルを囲んでいました。

窓の外はもう真っ暗です。

「はぁ……勝ったわね」

部長が唐揚げを頬張りながら、満足げに言いました。

「野本、今回の勝利はあんたの情報のおかげよ。褒めて遣わす」

「恐縮です」

私は味噌汁を啜りました。

「しかし、これは局地的な勝利に過ぎません。明日にはまた、新たな『暇』と『空腹』が攻めてきます」

「いいじゃない」

橋本副部長がハンバーグを切りました。

「どうせ俺ら、暇なんだから。毎日が演習みたいなもんでしょ」

そう。


私たちは軍隊ではありません。

世界を救うことも、国境を守ることもありません。

けれど、この小さなテーブルの上で、唐揚げの所有権を巡って争ったり、コタツの領土を主張し合ったりすることは、私たちにとってのかけがえのない「専守防衛」なのです。

「さて、食後の作戦ですが」

私は箸を置きました。

「図書館で新しい『兵器図鑑』が入荷されたとの情報を入手しました。次期主力装備(暇つぶしのネタ)の選定を行いたいのですが」

「却下」


部長が即答しました。

「食後は『戦略的休養』と決まっているの。部室に戻って寝るわよ」

「了解しました。では、撤収作業に移ります」

私たちは食器を片付け、夜のキャンパスへと歩き出しました。

星が綺麗に見えます。

あの星の向こうには、宇宙軍が展開しているのでしょうか。

深海には潜水艦が、空には戦闘機が。

世界は複雑な軍事システムで動いています。


でも、今の私に必要なのは、最新のステルス機でも、核ミサイルでもありません。

明日もまた、この仲間たちと「野本ともうします」と言い合える、平穏な日常だけです。

「野本、置いてくわよ」

「あ、待ってください。重量過多(食べ過ぎ)で機動力が低下しています」

野本ともうします。

私の、そして私たちの「暇つぶし戦略研究所」は、本日も異常なし。

これにて、状況終了。

(完)


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