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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン1

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未来の眼、昭和の巨砲

挿絵(By みてみん)




昭和二十年四月六日、夜。東シナ海。

外洋のうねりに揉まれる戦艦「大和」の作戦室兼士官次室には、張り詰めた沈黙と煙草の紫煙、そして重油と機械油の焦げた匂いが重く滞留していた。

木製の長机の中央に広げられているのは、大和側が持ち出した帝国海軍の二万五千分の一集成図。そしてその上に重ねられているのは、海上自衛隊が護衛艦「いずも」の高性能ワークステーションから耐水紙へ直接プリントアウトして持ち込んだ、極めて精細な航空・合成開口レーダー偵察の合成マップであった。


大和艦長・有賀幸作大佐、副長・森下耕作大佐、砲術長・江島中佐ら帝国海軍の首脳陣を前に、海自第4護衛隊群司令の片倉一佐、そして情報幕僚の山名三尉が向かい合って着席していた。


「……つまり、貴官らのフネには、主砲弾も、魚雷も、この海域で新たに撃てる弾薬の備えは一切ない、ということだな」

有賀が、深く刻まれた眉間の皺を寄せ、厳しい眼差しで片倉に問いかけた。その声には、未来兵器への過度な期待が削ぎ落とされた、武人特有の冷徹な現実認識が滲んでいた。


「はい」片倉は曖昧さを完全に排除し、淀みなく即答した。

「我が特別編隊の垂直発射システム(VLS)に装填された長射程対空ミサイル『SM-2』や短距離対空ミサイル『発展型シースパロー(ESSM)』、そして対艦誘導弾に至るまで、今ある弾薬庫の在庫がすべてです。護衛艦『むらさめ』の62口径76mm速射砲弾、近接防空用の20mm機関砲弾(CIWS)に至るまで、一度トリガーを引いて消費すれば、この時代の日本本土では二度と再生産も補給もできません。艦を動かすガスタービン用の超低硫黄軽油、航空燃料(JP-5)も、無駄な全速機動を行えば数日で完全に底をつきます」


大和の副砲長・真田徹中佐が、腕を組みながら苦い息を吐いた。

「八十年後の超兵器と聞き、米機動部隊を一撃で薙ぎ払う神仏の如き加護を期待したが……補給なき孤軍か。それでは、米軍が繰り出してくる数百機の艦載機に対し、数度の防空戦を交わしただけで弾薬が尽き果て、ただの鉄の棺桶に成り果てるのではないか」


「その通りです。ですから、戦術の根本的な転換が必要です」

山名三尉が、机上の海図にコンパスと定規を当てながら発言を引き継いだ。

「我々がすべての敵を撃ち落とす『盾』になることは、物理法則と兵站の計算上、絶対に不可能です。我が護衛艦隊の真価は火力そのものではなく、索敵と情報処理――すなわち『未来の観測眼』にあります」


山名は海自艦隊と大和の間にある決定的な技術断絶を、具体的に机上へ並べ立てた。

現代の海上自衛隊が標準運用する戦術データリンク「Link 16」や高速衛星通信回線は、この1945年の海には一切存在しない。さらに、測位の命綱であるGPS衛星も準天頂衛星「みちびき」も空には浮かんでいない。自衛隊側は現在、艦載の高性能リングレーザージャイロによる慣性航法(INS)と天測、そしてレーダーによる海岸線地形照合を組み合わせ、艦隊独自のエラーマージンを抱えた「ローカル戦術座標系」を辛うじて維持しているに過ぎない。


「大和の九八式射撃盤に、我々のデジタルデータを直接ケーブルで流し込むことは不可能です。そこで、護衛艦『むらさめ』および『いずも』の戦闘指揮所に『時代間座標変換班』を編成します」

山名が取り出したのは、手書きの換算計算式がびっしりと書き込まれた方眼紙と換算帳票だった。

「イージス護衛艦『まや』のフェーズドアレイレーダーが捉えた敵機・敵艦の三次元座標を、即座に大和基準の方位角・距離・仰角、ならびに帝国海軍海図グリッド座標へと手計算で変換します。これを短波(HF)の音声無線、および有線モールス信号で大和の電信室へ送航する。大和の射撃盤手動調定員がその数値を入力することで、光学測距儀の物理限界を超える『見通し外射撃』を可能にします」


大和の砲術長・江島中佐の眼光が、驚愕とともに鋭く光った。

「……目視できぬ水平線の彼方の目標に対し、初弾から散布界の中心に捉えよと言うのか。我が四六センチ主砲の最大射程は四二キロ。だが通常、視界外の目標など観測機が上空に貼り付き、命がけで弾着修正を電文で送ってこぬ限り夾叉など望めんぞ」


「その観測を、我が艦隊の無人航空機と光学赤外線ポッドが肩代わりします」

片倉が静かに、しかし確信を込めて告げた。

「『いずも』に搭載された無人機MQ-9Bは、敵の対空砲火が届かぬ高高度から、赤外線センサーと合成開口レーダーで弾着の水柱をミリ秒単位で計測します。『初弾、遠へ三〇〇、左へ一五〇』といった修正諸元を、着弾から五秒以内に大和の電信室へフィードバックする。二射目、遅くとも三射目には、敵艦の急所を直撃させることが可能です」


室内に、息を呑む気配が広がった。

未来のミサイルを無闇に乱射するのではなく、昭和の巨砲に令和の電子の目を接ぎ木する――それは、両軍の圧倒的な技術格差と資源の絶対的枯渇を冷徹に見据えた、極めて現実的な「協調戦術」であった。


だが、技術的な擦り合わせが進む一方で、大和側の将校たちの胸中には、拭い去れぬ重い澱が沈殿していた。

腕組みをして沈黙を守っていた有賀艦長が、重々しく口を開いた。

「……片倉司令。技術の算段は分かった。だが、肝心なことが抜けている」

「何でしょうか、有賀艦長」

「貴官らは、この戦いの先に何を見ているのだ。我ら第二艦隊は、沖縄に上陸した米軍に対し、艦を座礁させてでも巨砲を撃ち込み、一億総特攻の先駆となるべく出撃した。勝算があるから戦うのではない。国が滅びゆく時に、海軍だけが生き残る恥を晒せぬからだ。……貴官らの『平和』とやらのために、なぜ我々の死地へ割り込んできた」


その問いは、死を覚悟した武人の、魂の底からの叫びであった。

片倉は目を逸らさず、まっすぐに有賀を見つめ返した。

「犬死には、未来を救いません」

静かな、だが鋼のような響きを持つ声だった。

「大和が沈み、沖縄守備隊が玉砕し、日本中が焦土となって何百万の同胞が命を落とした果てに、我々の時代は始まりました。我々が守る現代の日本は、あなた方が命を捨てて守ろうとしたこの国土の上に成り立っています。しかし――無為な玉砕によって失われた命が、どれほどその後の日本を苦しめたか」


片倉は一歩踏み出し、言葉を継いだ。

「勝つための戦いではありません。我々が求めるのは、米軍に決定的な出血を強いることで、無条件降伏という名の破滅を押し留め、少しでも有利な講和のテーブルへ日本を着かせることです。大和の砲火は、死ぬための花火ではなく、生き残る国民の未来を買い取るための交渉力でなければならない。あなた方の命を、ここで無駄に散らせるわけにはいかないのです」


作戦室が静まり返った。

大和の将校たちの顔に、激しい葛藤が走る。「特攻」「散華」という言葉で自らを縛り、死を受け入れることで保っていた精神の均衡が、未来の軍人が投げかけた「生き残って講和を勝ち取る」という過酷な現実によって揺さぶられていた。

長い沈黙の後、有賀は机の上に置かれた軍帽を手に取った。


「……生き残るための戦火、か。敗戦処理のための盾になれと言うのだな」

「非情な物言いで申し訳ありません。ですが、それが我々の見出した唯一の現実です」

有賀は深く息を吐き、微かに口元を緩めた。

「よかろう。死に場所を探すより、生き延びて講和の道を探る方が、遥かに骨が折れる。大和の四十六センチ砲、貴官らの『目』に預ける。……電信班、海自との直通回線を至急開設せよ。砲術長、射撃盤調定員を海自の要領に合わせて再訓練だ」


昭和二十年四月七日未明。

大和の第一艦橋と「いずも」「まや」のCICを繋ぐ短波音声回線に、最初のテスト通信が流れた。

『こちら大和電信室、感度明瞭。各大和基準座標系、調定完了』

『こちら護衛艦まや、ローカル戦術グリッド同期完了。見通し外射撃支援体制、整いました』


衛星なき漆黒の夜の海で、時代を超えた二つの艦隊が、生き残るための冷徹な計算のもとに、ひとつの有機的な戦闘システムとして噛み合おうとしていた。沖縄への針路の先には、索敵機を放ち始めた米第58任務部隊の巨大な影が迫っていた。-





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これはわくわくします! ゆっくり拝読いたしますね
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