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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン1

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18/8104

動かぬ艦隊――首里を守る鋼鉄の壁


昭和二十年四月十四日、午後二時。

沖縄本島南西沖合十五海里の東シナ海。

重油の焦げ臭い微風が吹き抜ける海上で、海上自衛隊第4護衛隊群の残存水上艦艇と戦艦「大和」は、米軍の潜水艦および艦載機の雷撃・空襲を警戒する厳戒態勢の輪形陣を敷いていた。


海戦術の観点から、対空・対水上戦闘における輪形陣(Cagewheel Formation)は、艦隊の中核を守るための古典的かつ極めて有効な防空網である。しかし、制空権が完全に敵方にあり、かつ補給を絶たれた艦隊にとって、この陣形は「限られた対空火器を分散配置せざるを得ない持久布陣」に他ならなかった。


陣形の中央に座すのは、満載排水量七万二千トンを誇る世界最大の巨艦「大和」。

その両舷と前衛を、世界屈指の防空能力を誇るイージス護衛艦「まや」――AN/SPY-1D(V)フェーズドアレイレーダーを備える――、そしてヘリコプター搭載護衛艦「いずも」が固めている。

西海岸の浅瀬には、すでに護衛艦「むらさめ」と軽巡洋艦「矢矧」が着底し、陸の要塞として固定砲門を開いていた。残された洋上戦力の使命は一つ――首里城地下の第32軍司令部を覆うように、洋上から長大な火力の傘を差し伸べることだった。


「いずも」の司令部作戦室(FIC)。大型の電術コンソールスクリーンには、首里以北の三次元戦況マップが展開され、米軍の動向がリアルタイムで更新されていた。

「司令、首里の第32軍司令部より短波電文を受領」

通信士が即座に電文用紙を片倉一佐へ差し出した。

「山名三尉と八原高級参謀の連名です。『シュガーローフ北西の敵前衛は座礁艦隊の砲撃により一時後退せり。しかるに敵第24軍団は西原および浦添の稜線後方に155mm榴弾砲・203mm重砲群を集結させつつあり。首里中枢への猛烈なる集中砲撃が予見さる』……とのことです」


「敵の重砲兵部隊か」

片倉は眉間を険しく寄せ、戦術幕僚の神谷一佐に視線を向けた。

ミリタリー考証上、203mm(8インチ)榴弾砲や155mm榴弾砲の火力は、いかに堅固な石灰岩の洞窟陣地であっても、直撃が続けば坑道を崩落させるのに十分な破壊力を持つ。米軍は前進の障害となる日本軍の地下陣地を、圧倒的な曲射火力によってすり潰すドクトリンに移行していた。

「首里の洞窟陣地といえども、八インチクラスの直撃弾を浴び続ければ坑道が崩落する。米軍の突撃部隊を叩く前に、その背後にある砲兵陣地を沈黙させねばならん。神谷、大和の間接射撃で叩けるか」

「射程内です」神谷は即座に指先でコンソールを弾いた。

「大和の46cm主砲の最大射程は四万二千メートル。首里北方の浦添・西原街道までは約二万八千メートル。十分すぎる射程です。問題は、首里の稜線に阻まれた完全な視界外射撃となる点です」


現代の砲兵戦術において、GPSやレーザー誘導を持たない無誘導砲弾で数万メートル先のピンポイント目標を叩くには、弾道計算の精度だけでなく、リアルタイムの弾着観測と迅速な修正諸元のフィードバックが不可欠である。衛星支援のない現在、海自の慣性航法(INS)とレーダーによる海岸線照合のみで算出されたローカル座標をベースに、弾着修正を行うことの難易度は極めて高かった。


「電子戦士官、三条二尉。上空の監視状況は?」片倉が問う。

「無人機MQ-9Bは燃料限界のため母艦へ帰投中ですが、交代としてF-35B一機が高度九千メートルに進出、哨戒を開始しました」

三条律は張り詰めた声で応じた。

「機載のAN/APG-81レーダーを合成開口モード(SAR)で運用し、浦添北方の熱源反応をスキャンしています。敵155mm砲十二門、牽引トラック群の座標をミリ秒単位で捕捉中。F-35Bの電子光学照準システム(EOTS)が捉えた目標諸元を、大和の電信室へ即時転送します」


「よし。大和へ射撃諸元を打電」片倉は低く命じた。

「砲術長・江島中佐へ伝えろ。『目標、浦添北方グリッド五五・三二、敵重砲群。第一斉射、三連装一基三門、観測弾発射用意』」


---


東シナ海の荒波を切り裂き、戦艦「大和」の巨大な第一・第二主砲塔が、重々しい油圧の唸りを上げて左舷方向へと旋回を開始した。

第一艦橋の奥、機械式計算機である九八式射撃盤の前に陣取った砲術長・江島中佐の耳には、海自の時代間連絡班から送られてくる短波無線の音声が響いていた。

『大和基準方位〇二八、距離二万七千八百。気圧九九八ヘクトパスカル、風向北東、風速秒速七メートル。地球自転偏差調定、プラス一二』


大気密度、コリオリの力、砲身温度による初速変化――旧海軍の熟練砲術をもってしても計算しきれなかった変数を、未来の電子計算機が瞬時に弾き出し、手動調定員へ伝達している。

「未来の計算機が弾き出した数字だ。疑うな、ハンドルを回せ!」

江島の怒号が砲室に響く。

光学測距儀のレンズには、青い水平線と首里の山影しか映っていない。目に見えぬ敵を、海自の「電子の眼」だけを頼りに撃ち抜く。

砲術長としての誇りと、未来の技術に対する戦慄が、江島の背筋を貫いていた。


「一番砲塔、装填完了! 零式通常弾、信管調定よし!」

「発射用意……てッ!」


ドォォォォォン……!


天地を裂く重低音の衝撃波が、大和の巨体を海面へ押し沈めた。

三条の砲身から吹き上がった巨大なオレンジ色の火炎と白煙が、海面を舐めるように広がる。一トンを超える巨弾が、音速の二倍以上の速度で空気を引き裂き、首里の空高くへと放物線を描いて突き進んだ。


上空九千メートル。

F-35Bのパイロットは、ヘルメットマウントディスプレイ(HMD)に投影された赤外線カメラの視界で、浦添の森に突き刺さる巨弾の軌跡を見据えていた。

着弾。

山野を揺るがす大爆発が起き、巨大な土柱が立ち昇った。

「初弾、目標中心より遠方へ百二十、左へ八十」

パイロットの音声入力が、機内コンピュータを通じて瞬時にデジタル諸元に変換され、「いずも」を経由して大和へフィードバックされる。


「修正諸元、感状! 遠へマイナス一二〇、右へプラス八〇!」

大和の砲室で修正ハンドルが急激に回される。

「全主砲、効力射――撃てェッ!」


轟音。

二番砲塔を含めた六門の主砲が一斉に火炎を吐いた。

修正された砲弾の束は、まるで吸い込まれるように米軍の155mm榴弾砲陣地の真上に降り注いだ。

大気を引き裂く炸裂音とともに、砲撃陣地周辺に集積されていた大量の榴弾装薬が誘爆。連鎖的な熱核爆発を思わせる巨大な火球が、浦添の山肌を丸ごと吹き飛ばした。鋼鉄の砲身が飴細工のようにへし折れ、トラックの残骸が空中へ飛散する。


首里城地下の八原博通は、司令部の壁を激しく揺らした大爆音に思わず立ち上がった。

「観測所より緊急電! 浦添の敵重砲兵陣地、全滅! 後方支援の弾薬デポことごとく灰燼に帰す!」

通信兵の絶叫に、作戦室の将校たちがどよめいた。

「……目視できぬ山越えの長距離射撃で、初弾修正わずか一回で敵の急所を抉り取ったというのか」

八原は戦慄を禁じ得なかった。大艦巨砲主義の遺物と見なされていた戦艦の主砲が、未来のデータリンクと組み合わされたことで、戦場の神と化した瞬間だった。


しかし、沖合の艦隊に歓声はなかった。

「まや」のCICで、三条律が冷たい警告を発した。

「電波探知装置(ESM)に反応。マリアナ諸島方面より、高高度を高速巡航する複数のレーダー波を感知。……B-29の大型編隊です。数、五十以上!」

米軍は、地上砲兵の壊滅を悟るや否や、早くも空からの報復手段を沖縄へ差し向けようとしていた。






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