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大和沖縄に到達す  作者: 未世遙輝
シーズン1

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歴史の反作用――勝つほど近づく破滅


昭和二十年四月十五日、早朝。

東シナ海の水平線から昇る陽光が、戦艦「大和」の鈍く光る巨大な鋼鉄の躯体と、その前衛に位置する護衛艦「まや」「いずも」の灰色の艦影を冷たく照らし出していた。

だが、艦橋や甲板に立つ乗員たちに、夜明けを迎えた安堵の色は微塵もなかった。


「まや」の戦闘指揮所(CIC)。

冷え切った暗闇の中、フェーズドアレイレーダー(AN/SPY-1D(V))の大型コンソールを凝視していた電子戦士官・三条律二尉が、張り詰めた声で警告を読み上げた。

「マリアナ諸島方面より接近する大型高高度目標、編隊規模を解析。……ボーイングB-29スーパーフォートレス、八重機――計八十機! 高度九千五百メートル、巡航速度二百八十ノット。さらに硫黄島経由で進出したと思われるP-51Dマスタング戦闘機四十機が上空直掩についています」


「本土爆撃の主力を、沖縄の守備隊と我が艦隊の破砕に振り向けてきたか」

戦術幕僚の神谷一佐が、青白いコンソールの光に照らされた顔を歪めながら低く唸った。

戦略航空爆撃のドクトリンにおいて、長大な航続距離を持つB-29の主目的は、敵国本土の工業都市や中枢に対する無差別戦略爆撃である。本来の歴史において、第21爆撃集団を率いるカーチス・ルメイ少将は、その戦力を本土への夜間焼夷弾爆撃に集中させていた。しかし、沖縄本島沖で米揚陸船団が壊滅し、地上軍の進撃が完全に停滞したというスプルーアンス大将からの悲痛な急報を受け、米統合参謀本部は戦略爆撃機の一部を急遽「アイスバーグ作戦」の戦術支援へと前倒し投入したのである。


「司令、スタンダードミサイル(SM-2MR)で迎撃しますか」

砲雷長が片倉一佐へ伺いを立てる。

だが、片倉は即座に首を横に振った。

「ならん。『まや』の垂直発射システム(VLS)に残されたSM-2は、わずか十二発だ。敵機百二十機に対して撃ち尽くせば、我々は完全に丸裸となる。ミサイルは、敵の指揮官機へのピンポイント狙撃、もしくは我が艦への特攻突入機に対する最終防禦に温存せよ」

補給のない孤立無援の戦場において、先進兵器の弾薬は文字通り命そのものだった。

「では、どうやってあの空の巨人を落とすのですか。座礁艦隊の二十五ミリ対空機銃では、高高度を飛ぶB-29には逆立ちしても届きません」


「大和を動かす」

片倉は冷徹に言い放った。

「大和の46cm主砲には、対空射撃用の『三式通常弾』がまだ百発以上残されている。あれを使う」

三式弾――弾殻の中に無数の焼夷弾子と爆薬を詰め、目標上空の特定高度で時限信管を作動させて破裂させ、鋼鉄の破片と炎の弾幕を形成する特殊砲弾。史実では「発射時の砲身摩耗が激しく、米軍機に対する有効打撃になり得なかった」と酷評された旧海軍の兵器である。

だが、それは旧式の光学測距儀と人間による手動計算に頼っていた時代の話だった。


「三条二尉、『まや』のSPY-1レーダーでB-29編隊の先頭集団を精密追尾せよ。風向、風速、気温減率、気圧変化を大気モデルに投入し、目標編隊の十秒後の未来位置をミリ秒単位で予測。大和の三式弾の信管秒時(破裂時間)を逆算しろ」

「了解! 目標諸元、九八式射撃盤フォーマットへ手動変換開始!」

現代のイージスシステムが持つ驚異的な同時多目標追尾・弾道計算能力が、大和の巨砲の「信管調定手」へと直結された。


---


高度九千五百メートル。氷点下五十度の白銀の成層圏。

銀色に輝くB-29の巨大な編隊が、四発のライトR-3350エンジンの重苦しい咆哮を響かせながら、整然たる「コンバット・ボックス」隊形で沖縄本島を目指していた。爆弾倉には、首里の山野と海岸の座礁艦隊を焼き尽くすための大量の五百ポンド爆弾と破片爆弾が満載されている。

「先頭の指揮官機より各機へ。まもなく爆撃開始点(IP)に到達する。目標、海岸線の動かない敵艦、および首里城周辺の地下陣地だ。絨毯爆撃で島ごと吹き飛ばせ」

編隊長の指示が無線に流れた、その瞬間だった。


遥か下方の洋上、鉛色の海面で三つの巨大な白煙が爆ぜた。

戦艦「大和」の46cm主砲三連斉射。

放たれた一トンを超える三式弾は、音速を超えて成層圏へと駆け上がり、B-29編隊のわずか百メートル前方――完璧に計算された空間座標において、寸分の狂いもなく炸裂した。


バチチチチッ!

漆黒の空に巨大なオレンジ色の閃光が広がり、数千本に及ぶ焼夷弾子と超高温の鋼鉄破片が扇状のキルゾーンを形成した。

先頭を飛んでいたB-29指揮官機の防弾ガラスが粉砕され、右翼の二基のエンジンが火を噴いた。

「な、何だ今のは!? 地対空ロケットか!?」

爆撃機のパイロットたちが恐怖の叫び声を上げる間もなく、第二波の巨弾が炸裂した。修正された破片の嵐が密集隊形に飛び込み、三機のB-29が主翼をもぎ取られて空中分解、黒煙を曳きながら錐揉み状態で落下していく。


「編隊散開! 回避運動をとれ!」

高高度での絶対的な安全を信じていた米爆撃隊はパニックに陥り、投弾前にコンバット・ボックスは完全に瓦解した。散開したB-29は照準を失い、投下された爆弾の大半は無人の海面や湿地帯へと虚しく吸い込まれていった。


---


空戦の勝利。

しかし、「いずも」の作戦室に帰還の報告が届いた時、室内の空気は氷のように凍りついていた。

コンソールの前に立つ三条律の顔から、完全に血の気が引いていたからだ。


「……本土からの通信傍受記録が入電しました」

三条の声は、微かに震えていた。

「昨夜から未明にかけて、マリアナを飛び立った残りのB-29別働隊約三百機が、九州および西日本の沿岸都市を夜間空襲しました。長崎、鹿児島、福岡、そして呉……。防空戦力が沖縄に引き抜かれて手薄になっていた都市部へ焼夷弾が投下され、市街地が壊滅。市民の死傷者は……推計で数万人規模に達しています」


大型ディスプレイの日本地図に、真っ赤な爆撃被害アイコンが無数に点滅する。

沖縄で海自が敵を食い止め、戦術的な勝利を収めるたびに、米軍はその鬱憤を晴らすかのように本土の爆撃スケジュールを加速させていた。

「我々の介入が……本土の焦土化を早めているのか」

神谷一佐が拳を握りしめ、爪が掌に食い込む。


「歴史の抵抗だ」

片倉司令は、赤く染まるディスプレイを凝視したまま、静かに呟いた。

「沖縄という小さな盤面でいくら駒を奪おうと、巨大な時代の潮流は、より苛烈な破壊を伴って元の結末へと収束しようとする。我々がここに留まり、局地戦を長引かせることそのものが、日本全土を地獄へ引きずり込んでいるのだ」


未来の防衛力という劇薬は、過去の戦術を圧倒的に凌駕した。

だがその代償として、より巨大で残酷な歴史のうねりが、破滅の足音を響かせながら日本列島へと迫っていた。








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