第56話.回廊の影
誤字・脱字はご容赦下さい
●56.回廊の影
暗闇の中、街の裏通りを抜け三人は駆ける。
やがてグレースとエバンス、トールの三人は城下町の西側、騎士団の第三馬厩舎となっている建物へとたどり着いた。
向かう途中、テスターの配下の騎士隊を何度か見かける事もあったが、彼らに怪しまれぬように気配を消し、時には人影や建物の影に隠れるようにしながら街を駆けた。
「この裏に通路が隠されています」
トールはそう言って厩舎裏に無造作に積まれた飼葉用の籠の山を指さすとその奥には厩舎の掃除用に掘られた大きな排水溝があった。
その排水溝は数人の大人がすっぽり入れる程広く深く掘ってある。
排水溝の中へ入ってみると奥の目立たぬ場所に子供の背丈程の小さな鉄格子の扉があった。
トールは急いでロベルトから預かっていた鍵で鉄格子の扉を開け、三人はその扉の中へ入った。
がさごそ・・
エバンスは少し大きめのリュックサックを背負っており、身を屈めながら通路を進む。
「中は結構狭いんだな・・・・」
エバンスは小さな声でぼやいた。
三人の先頭を進むトールは答える
「はい。通路には所々もっと狭くなる箇所もあります。手持ちの武器や荷物なんかはその際、手渡しで運びながら進みましょう」
するとグレースはエバンスに聞いた。
「エバンス、ところでそのリュックの中は何だい。」
「ああ、脱出用のロープと燃料、まぁ昔、俺の使っていた冒険セットなんかが諸々(もろもろ)だ。」
エバンスはにっこり笑ってそう答えた。
エバンスは現在、コリンダークの冒険者ギルドでギルド長の役職に就いている。
仕事の立場上、彼は今、現役を退いているが、現役の冒険者だった頃はそのイカツイ見た目と違ってかなりの技巧派であり知性派であった。
そしてとても優れた狩人でもあり、パーティの中での役割は主にスカウト(斥候役)を行う事が多かった。
もちろん彼はその見た目通りの武力も当然ながら備えてはいるのだが、彼の仕事スタイルは他の冒険者たちに比べかなり繊細で、気配を消しモンスターの巣穴へ侵入したり、罠を仕掛け、音を立てずに忍び寄り、はぐれたモンスターを倒すといった事を専ら得意としていた。
「ふふ。」
グレースはふと脳裏に昔のエバンスの姿を思い出しながら小さく笑った。
「急いで来たからな、緊急用に詰めてた荷物を部屋からそのまま持って来た。失敗は出来ねぇ。」
「ああ。」
グレースは頷く。
「なんせあのティアナ姫と赤髪のグレース様からの特別な依頼だ。ここは男だったら行くしかねぇだろ。わはは」
そう言ってエバンスは笑う。
「すまないな。恩に着るよ。」
グレースは小さな声でエバンスにお礼を言った。
それからしばらく長い通路を三人、無言で進む。
トールの言った通り、何度か通路が狭くなる箇所へも差し掛かったが、そこは三人で荷物を手渡しながら運ぶことで何事もなくそこを通過する事が出来た。
しばらく進むとトールは小さな声で言った。
「そろそろ城の中央付近です・・・。すぐ先には梯子があるので音を立てずにゆっくり登りましょう。その先が三階のカイン様の執務室になります。ここからは先は敵に気づかれないように気を付けて下さい」
こくりとグレースとエバンスは無言で頷く。
三人はゆっくり梯子を上り、少し進んだ壁の前で立ち止まる。
そこには小さな把手があった。
トールの話では把手を横へ引けば執務室の本棚が動き領主の部屋の中へ入れるそうだ。
エバンス、グレース、トールの三人は隠し通路、本棚の裏で息を殺し、棚の向こうにある人の気配を探った。
「・・・・・・・」
壁の先からは人の気配は無い。
ガラガラ・・・・
エバンスはゆっくりと把手を引き本棚ずらしカインの執務室に忍び込んだ。
その後にトール、グレースが続く。
「トール殿、この階には厠はあるのか?」
エバンスは囁く程の小さな声で後ろのトールに聞いた。
トールは頷き小さな声で答える。
「・・・・はい。この部屋を出て右です。そのまま真っすぐ進んだ先の突き当りの部屋がそうです。」
「距離は?」
「20メートル程・・・」
そう聞くとエバンスはこくりと頷き、執務室の扉に張り付く。
そして彼は音を立てずにゆっくりと執務室の入口の扉を開けた。そしてゆっくりと僅かに顔を扉から出し、廊下を覗く。
「廊下に見張りが一人いる・・・・・。グレース。コイツを始末して厠で張るぞ。」
エバンスは振り返り背後にいるグレースを見て言った。グレースはこくりと頷く。
するとグレースは自分のズボンのポケットをがさごそと漁り、中から一枚の金貨を取り出した。
エバンスはそのまま廊下を覗きこみながら後ろにいるグレースに手のひらをクイッと振って「行け」の合図を出した。
それと同時にグレースは音も立てずに廊下に飛び出す。
そして彼女は入口を出て少し先の廊下の床にその金貨を音も立てずに置いた。
その金貨の置いた場所はちょうど廊下を照らすランプの側。
ランプの光が当たる場所で、見張りの兵士の目につきやすい場所だった。
グレースはそのまま音も立てずに部屋に戻り、静かにナイフ抜いて入口の横の壁を背にして息を殺した。
置かれた金貨はランプの光に照らされてちらちらと輝いている。
そしてしばらく三人は気配を殺して扉の裏で待った。
しばらくすると、ゆっくりとした人の足音が近づいてきた。
・・・一人。
その足音はやがてゆっくりと扉を通り過ぎる。
エバンスは僅かに開いた扉の隙間からその様子を窺い、音も立てずにその扉を開けた。
「・・・・・」
見張りの兵士はゆっくりとした動きでその金貨を床から拾うと、しばらくそれを手に取り眺めた。その兵士が周りを少し見渡して、その手を自分のポケットの中へ入れた瞬間・・・・。
ガシャ!!!ガタガタッ!!
音もなく背後の暗闇から近づいたエバンスは、大きく太い腕でその兵士の首と口元を捕まえ一気に扉の中へ引きずり込んだ。
「!!!!!・・・・・・」
それに合わせ、扉の影で待ち構えていたグレースはその仰向けに倒れた兵士の上に素早く跨り、その兵士の鎧の隙間から懐に向かって音も立てずそのナイフを差し込んだ。
するとエバンスの太い腕の中でじたばたともがいていた兵士は突然ぐったりとして動かなくなった。
「・・・・・」
「ふぅ・・・・」
グレースは静かに一息吐いて、その血糊のついたナイフをボロ布でふき取り
静かにしまった。
「上手くいったな。」
エバンスはグレースをちらりと見た後、小さな声でそう言うと、その兵士の兜や鎧を急いで脱がし始める。
そしてエバンスがその兵士の身ぐるみを剥ぎ終わると、グレースはその兵士の亡骸を急いで本棚の裏の抜け穴へ隠した。
エバンスはその脱がした鎧や兜をそそくさと身に着ける。
すっかり先程の見張りの兵士に変装したエバンスは、廊下に向かいながら先程まで背負っていた自分のリュックをグレースにひょいと投げて渡した。
グレースは無言でそれを受け取った。
「持っててくれ。合図する。」
彼はそう言うと何事もなかったかのように部屋を出て、先程まで兵士が見張りをしていた場所へ歩いて行った。
「・・・・・・・」
しばらくしてグレースは扉の影から僅かに顔を出し、廊下に出たエバンスの様子を窺った。
エバンスは廊下の突き当りまで来ると、厠の入口から中を少し覗く。
その後、きょろきょろと周りを見渡した後、手招きしてグレースに合図を出した。
グレースとトールはその合図を確認すると急いで部屋から飛び出し、廊下の先にある厠の入口へ駈け込んだ。
「・・・・背後から最中を狙え。無方備だ。」
エバンスは厠の入口の前で背後のグレース達に小さな声で一言言った。
「・・・・ああ、分かっている」
グレースはそう言うと厠の中に沢山ある個室の仕切り戸の影に隠れた、
トールもグレース達の動きを察して別の個室に入り、扉を閉めて隠れた。
「・・・・・」
がさごそ・・・
個室の中でグレースはエバンスのリュックを下すと、急いで中から一本の短いロープを取り出す。
彼女は慣れた手つきでそのロープの端を少し手の平に巻き付け、そのまま個室の仕切戸の裏で気配を殺して身を潜めた。
「・・・・グレース、来たぞ・・・・。一人だ。」
しばらくすると厠の入口に立つエバンスからの小さな声が聞こえた。
するとすぐに厠の中に一人の兵士が入って来た。
その兵士は個室には入らず小用の便器に用を足し始めた。
「・・・・・・」
ガシャ!!
「!!!・・・・・」
その兵士の背後から近づいたグレースは首にロープを巻き付け一気に締め上げた。
ガタガタガタガタ・・・・!!!
「・・・・・・」
しばらくするとその兵士はそのまま声も上げることが出来ないままその場で息絶えた。
「・・・・・」
グレースは兵士の死骸をそのまま個室へ引きずり込んで装備を脱がし、急いでエバンスと同じように城内の兵士の姿に変装した。
兜を深くかぶり、腕や腰を軽く動かしてグレースは動作の確認をする。
しばらくすると
「・・・・用意はいいか?」
入口からエバンスの声がする。
「抜かりないわ」
グレースも小さな声で見張りのエバンスに答える
すると・・・
「グレース、アレをやる。替わろう」
そう言うとエバンスは厠へ入って来た。
グレースはフフッと静かに笑うと小さく頷き、エバンスの代わりに厠の入口の見張りに立った。
厠の中へ入って来たエバンスは仕切度の陰に置いてあるリュックに手を突っ込むと、がさごそと中を漁りはじめた。
今度はさっきよりもひと際長いロープの束を取り出した。
小さな声で
「トール殿・・・・」
エバンスはトールを呼んだ。
何事かとトールはエバンスに近づく。
「トール殿にはこれを・・・」
エバンスはそう言ってトールを見詰める。
「・・・??」
トールは理解できず軽く首をかしげた
「すみませんがトール殿をここで縛らせて頂きますね。」
エバンスはそう言ってトールに向かってにっこりと笑った。
「!?!?」
トールは驚きながらロープを差し出すエバンス、次に入口で見張りに立つグレースを見た。
グレースはこちらを見て、親指を立てにっこりと笑っていた。
読んで下さり誠に有難う御座います。




