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第51話.慕情

誤字・脱字の報告頂き有難うございます。

●51.慕情


私は沢山の弾丸を詰め込んだ小さな木箱を崖へと運ぶ。

そして崖の壁に掘った小さな横穴へ向かって懸命にそこを登った。

そしてその横穴へ這うようにして潜り込むと、額を流れる大量の汗に砂埃がベタベタと貼りつく。着ている服や体中は至るところ砂だらけになった。

これが今の私メイベル。

そこは5人程の大人がようやく入れる位の小さな陣地。

ここが私の居場所だった。


その中には台座のついた大きな銃と既に運び込んである弾の入った木箱が沢山ある。

私は汗と砂埃だらけになりながら箱の中身を取り出して弾帯を繋いでいる。

一箱およそ200発の細長い弾丸の入った小さな木箱。

私は一つ一つ弾丸の帯にほつれがないかを確認して弾帯どうしを一つ一つ繋いでいく。

もうすぐ戦闘が始まるのだ。

私はこんな薄暗い穴の中で惨めな作業を続けているのにも関わらず、なぜか頭の中にずっと思い浮かんでいるのは脈略もないような彼への慕情だった。


こんな事を今考える私は本当に馬鹿げていると思う・・・。


だけど私は今、本当に恋をしていた。

今の自分は汗と砂埃まみれのひどく汚れた顔。

瘦せこけた小さな両手は既に煤と油まみれだ。

多分顔もそう。そんな私は今、とても醜いと思う。

私はそんな自分の姿を思い浮かべて不相応に俯(うつむ)いた。

なんで私は今こんな時にも関わらずそんな不謹慎な事を考えてしまうのだろう。

もしかして今の境遇を憂いているのかな。


ふと横穴から外を見下ろせば沢山の兵士達が陣地も周りを走り回って戦いの準備をやっていた。

・・・・・きっと彼も戦いなんてしたくはない筈なのに。

彼も私もその兵士達もこれからの戦いでみんな殺されてしまうのかもしれないのに・・・。


そういえば彼への慕情に私が気が付いたのはいつの事だっただろう。

ふと私はそう思った。

私は今、あの人が好きだという自覚がはっきりあるけれど、実際いつから彼にそんな気持ちを抱いてしまったのかを考えるとはっきりとわからなかった。

私は多分、彼の姿を初めて見る前から彼の温もりを追いかけていたような気がする。

彼の声を初めて聞いた時もそうだ、姿を初めて見た時もきっとそうだと思った。

でもそうやって振り返って考えてみると、もしかすると私は既に生まれた時から彼に恋をしていたのかもしれない。


彼は街の英雄と呼ばれている。そして神様からの使いでこの世界へやって来た。

本人はいたって普通の人間だよっていつも苦笑いしているけど。

そして私は罪人の子で奴隷だった。商人に売られた挙句、荒野を彷徨って倒れていた。

彼はそんな私を懸命に助けた。

私がどこからか逃げ出した奴隷かもしれないというのに・・・


私は助けられた後、そんな彼と共に生活する事を望んだ。

そして私は彼と共に時間を過ごすうちに彼の優しさやいたわりを感じた。

そしてそれを実感した時、既に私は恋に落ちていたと言える自信がある。


無口で口下手。他の人と話す時も本当は凄く優しくて、ちょっと臆病な性格なのにも関わらずそれらを隠すかのようにあえてぶっきらぼうに話すその仕草。

その声を聞くたびに私の胸は高鳴る。

その声を彼の側で聞くたびに私は今、生きているって気がした。

こんな私みたいな薄汚い奴隷の子供がそんな彼に恋心を抱くなんて間違いなのだろうか。

でも私は他に今まで恋なんてした事が無い。

他と比べようにも私にはそんな経験なんて無かったから。


そして彼の行動はいつも私を守ろうとしているのがわかる。

周りの人は凄腕の魔道士とかいって彼の事を尊敬しているみたいだけど、私は違う。

彼はきっと強い人でないといけなかったのだ。

彼は名誉や栄華なんて全く気にしていない。

それは私みたいな人間を守る為に。

だから結局戦った。たぶんそれだけの事。


どうして彼は私なんかの為にそこまでしてくれるのだろう。

彼は私を助けてくれた後、貰った賞金で私を奴隷の身分から解放してくれた。

彼はどれだけ気高い人なのだろうか。そういう事はきっと誰もやらない。

欲しいのだったら私をそのまま奴隷として囲えばいいのに・・・。

そんな彼に私はまたしても恋をしてしまっていた。

そんな気高い彼に対して私は今、とても不謹慎な気持ちを抱いているのだろうか・・・。


私はこの人に好かれたい。

小汚い奴隷の子供だった私には無謀な事なのかもしれない。でも彼には好かれたかった。

初めて出来た仲間のグレースにも何度か相談した事がある。

彼女も彼の事に対して好意を抱いている様子だったから彼女と二人で寝る前によくその話をした。

でも彼のどこが好きなのだろうという問題になると、結局私は彼のどこが悪くてどこが良いのかすらいまいち分からなかった。つまり全部好きだった。

もっとグレースには聞いておくべきだった。恋って一体どういう気持ちなのかを。

でももう既に遅い。もうすぐ戦いが始まる。


私達の敵は実の兄を殺し、領主を拘束して城を乗っ取った恥知らずな男と強欲な隣の領主。

そして私達の軍勢はそんな彼らに今から無謀な戦いを挑み、最後は騎士として華々しく戦って皆滅ぶつもりのようだった。彼らは皆、出撃の前にそれぞれの家族へ手紙を書き、各自持ち物の整理なんかもやっていた。


私は彼にお願いして彼の作った手榴弾という魔法の玉を貰った。

彼は最初、とっても嫌な顔をして私に渡すのをずっと拒んでいたけど、私は敵が近づいたら敵に投げて使うつもりといって強引にその一つを貰った。

彼は渋々それを渡してくれた後、使い方や敵に向かって投げる方法を丁寧に私に教えてくれていた。

悲しい気分になる。心が痛い。

本当はそういうふうに使うつもりなんて私には無い。

もし彼が戦いで死んでしまった時、私も彼を追って死ぬ為だ。

死んでしまったお爺ちゃんには悪いとは思うけど、私は彼のいないこの世界で生きて行くつもりなんて無かったから。でもこれを使っても彼の側で一緒に死ねないという事だけが私の唯一の心残りだった。


数日前、私は彼がこの戦いに参加するのに賛成した。

私の決断はたぶん間違っていない。

そしてそれがどんな結果になったとしても私は彼と一緒に生きる事を決めていたから。

それに彼はどんなに怖くてもきっと彼らを見捨てたりするような事はないと思ったから。

グレースだってそう。彼女もきっとそんな彼を愛しているんだと思う。

あの人は彼らに協力するって言った時、私達を見てにっこりと笑ってくれた。

だからきっとまた彼は誰かの為に戦うのだろう。

私の様な人間を守るために。


もうすぐ敵が来る。


私は後悔はしていない。

私はその時の彼の笑顔を見ただけで既に十分満足だったから。



読んで頂き誠に有難う御座います。


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