◆一西政宗◆
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この世に生を受けた時から俺は一国の主であった。
何故かは知らん。
しかし俺はそれを受け入れ、一国の主として恥じぬ生き方をしようと胸に抱いていた。
ある日客人が訪れた。
魔性の美を纏い、甘言を用いて自分の味方に成れと唆してくる。
名を玉藻前と言い、俺と同じ一国の主でありながら、謀反を企んでいると悪びれる事も無く堂々と俺に口をきいた。
最初は馬鹿げた話だと思い、相手にしなかった。
この女は美しく、妖艶で魅力的な事は間違いない。
それに頭も切れる。
だが、俺はこの女に気を許す事は出来なかった。
この女が悪であると最初から見抜いていたからだ。
何故その様に思ったのかと問われれば、大した理由も無いのだが、この女は美しすぎる。
これに気を許せば俺の人生は狂わされる。
ただただそう思ったに過ぎない。
陛下に対し、謀反を企むのであれば、この手で斬ろうとさえ思っていた……
しかし、この女は妙な事を語り始めた。
自分は謀反を起こす為に生まれたのだと、楽し気に語り始めた。
そうする為に生まれ、そうする事で愛され、己が主を策謀により地に落とす。
それこそが最高の親孝行であり、自らの生きる道と語る……
戯言に耳を傾けるつもりは無かった。
しかし、この女は俺に問う。
「一西政宗。
其方は何の為に生まれて来た?」
何の為に?
分からん。
しかし、俺はこう答えた。
「俺は一国の主。
それしか無い。
故に、一国の主として恥じぬ生き方をする。
それだけだ」
俺の胸の内に秘めた思い。
それが、この時には負け惜しみの様に感じてならなかった。
俺は何の為に生み出された?
「一国の主として恥じぬ生き方か?
具体的にはどの様に振る舞うつもりじゃ?」
「この国の民を守り、陛下の為にこの命を捧げる。
跡継ぎも作り、一西家を繁栄させ、後世にまで我が一族は陛下の子孫と共にあろうと願っている」
この女は「あっはっは」と笑い声を上げる。
不愉快だ。
立ち上がる俺を引き留め、この女はこう語った。
「あの男は其方の推し量れる事の出来ぬ類の者じゃぞ?」
「結構な事ではないか。
俺に推し量る事の出来ぬほどの器とあらば、尽くす者にとってこれほどの喜びも無いと言える」
「そうでは無い。
あの男は其方の事など石ころ程度の物としか見ておらん。
妾には目的を持たせた様じゃから少しはましじゃ。
しかし、価値が無うなれば簡単に消され兼ねん」
「俺を……愚弄する気か?」
「至って真面目な話じゃ。
疑うのであれば試してみよ」
「試す?」
「そうじゃ。
あの者が大切にし、守る為にこの平和な国に連れて来た者がおるじゃろう?
丁度敵対しておる者も居る事じゃしな。
妾に任せて貰えるのであれば、知恵を貸してやらん事もないぞ?」
「戯けが。
ならば試してやる。
俺に何をどうしろと言うのだ?」
この女の口車なんぞ乗ってやるものかと思ってはいたが、この女の言葉が胸の内に響く……
陛下を裏切る気など毛頭ない。
だからこそ、あえて口車にのり、陛下の元へと確かめに行ってやろうと決めた。
そしてこの女は陛下より預かった一色重盛とその家族。
日葵と陽太郎を連れ、牢へと閉じ込めた。
俺が牢を訪れた時に一色重盛はこう告げた。
「あの方を裏切っては成らん。
尽くせば必ず欲しいものを与えてくれる。
あの方を信じる事こそがお主の道である」
この男が言うのであれば、そうなのだろう。
付き合いは短いが、そう思うに至るだけのものをこの男は持っていた。
俺はあの女に言われた通り、仰々しく兵を引き連れ、陛下を訪ねた。
陛下を一目見た瞬間に俺の心は舞い上がった。
俺はこの方の為に生まれて来たのだと、心の底からそう思った。
「長旅ご苦労であった。
儂に何か用があって来たのか?」
「はい、陛下に頼みたい事があり、尋ねて参りました。
まずはこちらを」
俺は何の不安も無く、あの女の言われた通りの行動をして言葉を口にした。
陛下は俺の差し出した一色重盛の刀を手にして、それをよく見る。
「この刀は?」
「はい、陛下よりその身を預かった一色重盛の刀に御座います」
「そうか。
これを儂に渡したと言う事は、つまり……」
「一色重盛を御返しすると言う意味に御座います」
「一色重盛には妻と息子がいた。
その者達はどうなった?」
「はい、狸の化物共に食われたかと」
陛下は一色重盛の家族を心配している御様子。
一介の武士とその家族に対して陛下がこれ程心配そうに……
やはり、俺は仕える主を間違ってなどはいない。
「狸の化物だと?
城は乗っ取られたのか?」
「いえ、何とか城は死守し、守り切りました。
向こうもかなりの痛手を負ってる故、すぐには動きませぬ」
俺の城の事も気にかけてくれている。
石ころなどでは無いでは無いか。
俺は安堵している。
石ころなどでは無かったのだと、安堵していた。
だが……
陛下の御様子が急に変貌した!?
口が裂けるのではと思う程口角が上がり、のた打ち回る様に笑い始めたのだ……
心配のあまり、気がふれてしまったのかと思ったが違った。
「隠神刑部。
あいつが居てくれて本当に良かった。
一西政宗、狸狩りだ」
闘争を前に高笑い?
武勇を求める事は結構。
だがしかし……
いや、俺の杞憂だ。
一色重盛の事も気に留めていて下さったでは無いか。
断じて俺は石ころなどでは無い。
「承知致しました。
それで、陛下に頼みたい事が御座いまして……」
「そう言えばそうだったな。
申してみよ」
「一西の国では、武器が不足しております。
化物狩をするのであれば尚の事。
我が兵達に武器をお譲りいただけないかと」
「構わん。
倉庫にあるものを好きなだけ持っていけ。
それと、一西の国へは輿を使うと良い。
先日便利な移動手段として、作っておいた。
城に兵を集めて待っておれ。
すぐに儂も向かう」
良かった。
これで、武器を持ち帰らせるだけで、好きにしろと言われたらどうしようかと思った。
陛下自らが戦陣に立ち、指揮して下さると言うのだ。
やはり杞憂であったか。
陛下に言われた通り、輿に乗り我が国へと帰る。
そして、万全な体制を整えるべく、兵達を整列させ、陛下が来られるのを直立不動の姿勢にて待つ。
俺はこの命を陛下の為に捧げる!
それこそが我が道!
あの女め、俺に何を見せたかったのか?
悔しがる姿が目に浮かぶわ。
兵達と共に待機していると、続々と陛下の兵がやってきて、並んで行く。
なんだあの黒い鎧を着た武士は……
真っ黒な鎧に、鬼の面。
見ているだけでも背筋に冷たい汗が流れる。
数は少ないが、陛下をお守りする武士なのだろう……
陛下を待っている間に、空に黒い雲が……
普通の雲では無いのだと直感的に感じたが、そんな事は大した事では無い。
なんだあれは?
雲に切れ間から万を超える異形の者の姿……
それに、あれは龍?
無数の落雷と共に現れ、その背にあの女が乗っていた。
さ……流石は陛下。
妖ですら手中に収めておられる……
生まれて初めて恐怖を感じた。
胸の内側からモヤモヤと不安の念を抱いてしまっている愚かな自分を恥じたい。
大丈夫だ。
陛下は一刻も早く例の化け狸退治して、俺達に平和と安心を与えて下さるおつもりなのだろう。
行軍を初めよとの命が下ったので、先陣を切り兵を動かす。
まずは我が城にて陛下を持て成そう。
いや、今は有事の際。
陛下のお役に立てる様まずは、部下を使って狸の居場所を……!?
悲鳴……!?
何事だ?
今の悲鳴は……馬鹿な!?
陛下の率いていた、忍びが民を襲っているだと?
陛下は!?
笑っている……
どういう事なのだ、これは?
大切な民達が……無残に……
兵の誰もがただただ下唇を噛みしめ、歩かされている。
逆らえばどうなる?
殺されるのか!?
俺の大事な民達が……石ころの様に……
いや、石ころですらない。
邪魔にすらならない雑草をただ無残に刈り取っている。
なんなのだ……
これは……なんなのだ?
混乱し、ただただ歩を進める。
もうすぐ、我が城へと辿り着く。
あれは……
こちらの軍とは別の龍……
しかも数は少ないが、こちらの龍よりも大きい。
あれとやりあうと言うのか?
駄目だ。
こんなのは人の戦いでは無い!
空を見ると、あの女が化物共を嗾ける。
激しい轟音が鳴り響き、稲光が目に入る。
こんな事になるとは……
そして俺は何を……何を信じれば……
雨?
雷の轟音にも耳が慣れ、ザーッと大量の雨が降っているのを感じる。
閉じていた瞼を持ち上げる。
城が赤い!?
何が起こったのだ!?
それにこの生ぬるい雨は……血?
俺の兵達は逃げ出していた。
そして、逃げたその傍から俺の兵は……
雑草を摘み取るが如く殺されている……
振り返り、陛下を見上げるとこんな事になっているにも関わらず笑っている。
「嘘だ!
こんな現実は嘘だ……
確かめねば!」
雷鳴の音で俺の声など誰にも届きはしないだろう。
だが叫ばずにはいられなかった。
「何を確かめるんじゃ?
もう十分に分ったじゃろ?」
「さっきまで龍の背に……」
「驚く事など何もありはせんじゃろう。
妾は妖じゃ。
確かめたければ話しかけて見るが良い。
ありありと、これが現実の様なのじゃと理解する事になるがな」
俺は「待ってくれ!」と叫んだが、誰にも俺の声は届かなかった。
なんなのだ……俺は一体……
血で泥濘んだ大地を踏みしめ、俺は陛下の方へと向かい走り出した。




