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中身が空っぽな公爵子息の初恋  作者: 春樹凜


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7.交換日記



 僕の提案を聞いた瞬間、ノルベルト嬢はピタリと動きを止め、息をするのも忘れたかのように目を丸くして固まってしまった。


 まるで「へ!?」という声が聞こえてきそうなほど驚いている。


 その反応を見て、僕もようやく自分が何を言ってしまったのかを理解した。


 彼女のもどかしさをどうにかしたい一心で、ほとんど考えるより先に口にしてしまったけれど、よく考えれば急にこんなことを言われたら驚くに決まっている。


「あ、いや……あの本の精霊が動物たちとしていたみたいに、交換日記でやり取りすれば、君ももう少し楽にたくさん話せるんじゃないかと思って……!」


 慌てて言葉を継ぎ足しながら、彼女の事情に踏み込みすぎたかもしれない、という不安が押し寄せた。


「ごめん。急に変なことを言ったよね。もし困らせたなら、今のは忘れてくれていいから――」


 僕が最後まで言い切るより早く。

 彼女がぶんぶんと勢いよく首を横に振った。

そして、バシッと効果音が鳴りそうな勢いでメモを見せる。


『違います、びっくりしただけで、嫌じゃありません!』

「……そっか」


 その文字を見た途端、ほっと胸を撫で下ろした。


 そんな僕を見て、彼女ははっとして視線を逸らすと、控えめにペンを走らせた。


『その……ただ、どうして私なんかにそこまでしてくださるのかなとは思っています。クライム様は次期公爵様で、学園でもいつも皆の中心にいらっしゃるような方ですから。一介の伯爵家の私に、わざわざお気を遣っていただく理由なんてないはずなのに、と』

 

 こちらを見上げるその瞳には、自分を卑下するような暗い色はなく、ただ純粋な疑問だけが浮かんでいた。


 確かに、僕は周りからはそう見えるのだろう。

 だけど、それは権力や、計算して作り上げた『完璧なアラン・クライム』という虚像に人が集まっているにすぎない。


 損得なんて関係なく、誰もが自然と笑顔になって心から惹きつけられる――本当の意味でみんなの輪の中心にいるのは、僕なんかじゃなく、君の方なのに。


 そんな内心をそのまま伝えるわけにもいかず、僕は迷いながら、それでも一番偽りの少ない言葉を選んだ。


「それはね、君ともっと、話をしたくて。つまり僕は君と……友達に、なりたいんだ」


 でも、自分で言ってから、胸の奥にわずかな違和感を覚えた。


 友達――その単語が、どうしてだかひどく不十分で、今の自分の感情に対してひどくちぐはぐなものに感じられたのだ。


 けれど、胸の奥で渦巻くこの熱が何なのか、今の僕にはまだ分からない。

 だからそれ以上は考えず、ひとまず胸の隅に押し込めた。 


『お友達……ですか?』


 突然の申し出に、彼女はぱちぱちと瞬きを繰り返す。

 僕は真剣に頷いた。


 返事を待つ間に、今さら僕なんかと友達になりたいと思ってくれるのだろうか、という不安が押し寄せ、つい目線が下がる。


 と、彼女が頭を屈めて、下から覗き込むようにふっと僕と視線を合わせ、返事を見せてくれた。


『私でよかったら』

「――っ!」


 気がつけば僕は、いつもの計算して作っている完璧な微笑みじゃなくて、心からの満面の笑みを浮かべていた。


「ありがとう。……本当に、ほっとしたよ」

『こちらこそ、クライム様とお友達になれて、嬉しいです』


 彼女の手が紡いだ言葉があまりにも嬉しくて。

 僕は感情の赴くまま、側にあった鞄を急いで取ると、中から真新しいノートと筆記用具を取り出した。


「それじゃあ最初は、僕から書いてみるね」


 そう言ってノートを開き、がっと文字を書き込む。


 短いけれど、今の僕が紡げる精一杯の本当の言葉。

 それから、さっきは口で伝えきれなかったあの児童書の感想の続きを、不器用な文章で書き連ねていく。


 最後に『これからよろしくね。君と友達になれて、すごく嬉しいです』と添えて、彼女にノートを手渡した。


「帰ってから、ゆっくり読んでね」

 

 彼女は受け取った真っ新なノートをぎゅっと胸に抱きしめ、本当にうれしそうに笑ってくれた。


 その時、ガチャリと部屋の扉が開いた。


「盛り上がってるところ悪いんだけど、そろそろ終わるかしら?」


 扉の隙間からひょっこりと顔を出したのは、司書の先生だった。

 僕たちは慌てて顔を見合わせる。


「すみません! すぐに残りを片付けますね」


 僕がそう言うと、先生はふふっと優しく微笑み、部屋の扉を閉める間際に小さな声でぼそっと呟いた。


「青春ねぇ……」

「え?」


 思わず聞き返すと、先生は「ううん、こっちの話よ」と言ってパタンと扉を閉めてしまった。


 結局何と言ったのかはよく聞こえなかったけれど、僕たちはすぐに残りの作業を終わらせるべく、再び手を動かし始めた。


 そして下校の時刻になり、彼女と別れたあと。


 一人になった僕は、ふとある重大な事実に気がついて、顔からさっと血の気を引かせていた。


 感情のままに急いで書き殴ったせいで、ノートに書いた僕の字が、とんでもなく乱雑で子供っぽい字になってしまっていたのだ。


「……あんな字、見られたら幻滅されるんじゃないか?  ああもう、もう少し落ち着いて、綺麗に書けばよかった……!」


 誰もいなくなった図書室の入り口の壁際で、僕は一人で頭を抱えてしゃがみ込んだ。


 だけど後悔と同時に、僕の胸にはこれまでにない高揚感も満ちていた。


 初めて、自分の意思で、自分の言葉だけを彼女に渡したのだ。


 彼女はあの不格好な僕の文字を見て何を思い、どんな文字を紡いで返してくれるんだろう。

 昨日までの僕にはなかった、待ち遠しい明日ができた瞬間だった。



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