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中身が空っぽな公爵子息の初恋  作者: 春樹凜


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17.変わりゆく世界



 あの日から、僕たちはいつもと変わらず交換日記を続けている。


 今彼女とやり取りをしているノートは、既に三冊目になっていた。

 ツギハギだらけのノートは、一番の宝物として、僕の部屋の机の引き出しに大切に保管している。


 だけど時々それを取り出しては、セレーナ嬢との思い出をなぞるようにページをめくって温かい気持ちに浸っている。


 セレーナ嬢が声を出したがらなくなった理由――過去の出来事は、新しいノートの片隅に、彼女自身の言葉で短く綴られていた。


 僕は決して、彼女に無理をして喋ってほしいとは思わないし、急かすようなことはしたくない。


 けれど、あの日彼女が勇気を出して聞かせてくれた声の感想だけは、僕の飾らない本音として真っ直ぐに伝えた。


『ずっと隣で聞いていたくなる、温かくて安心する声だよ』


 そうノートに書いて渡した翌日。

 僕の手元に返ってきたノートには、少しだけ震えた、けれどとても丁寧な文字でこう綴られていた。


『アラン様の言葉のおかげで、自分の声が、少しだけ好きになれそうです』


 そして気づけば、セレーナ嬢の友人であるクロエ嬢たちと僕らのグループは、学年が違うにもかかわらず、よく一緒に時間を過ごすようになった。

 昼食を取ったり、放課後にそのまま同じ輪で過ごしたりすることが、ごく自然なことになっていたのだ。


「俺は別に、前からクロエ嬢のことが気になってたから声かけただけだっての」


 僕らを繋げてくれた張本人であるアークは、そっぽを向いてそんな風に言い訳をしていたけど、きっと彼なりの気遣いで輪を繋げてくれたのだろう。


 そんな穏やかな流れの中で、僕とセレーナ嬢は、教室の隅や中庭のベンチで、周囲の人が少ない時を見計らって自然にノートを交換するようになっていった。


 みんな、僕たちがノートを使って特別なやり取りをしていることにはとっくに気づいているはずだ。

 けれど、僕たちが会話から少しだけ外れてノートに視線を落としていても、あえて何も言わず、その時間をただ温かく見守ってくれていた。


 今のセレーナ嬢は、ノートのやり取りを始めた頃よりも、もっとずっと生き生きとしている。


 基本的にはメモを使っているけれど、僕と二人きりの時だけは、たまにあの愛おしい声を聞かせてくれるようになった。


 児童書の貸し借りは今も続いていて、僕がセレーナ嬢のためにお勧めの児童書を探して渡すこともある。


 最近では、この間少しだけ紹介した際に、彼女の雰囲気にすっかり懐いてしまった妹まで、


「これ、私のおすすめだからセレーナお姉様に読んでほしい!」


 と張り切って本選びに参戦してくるようになった。


 半ば三人での貸し借りのようになっているけれど、それもまた温かくて楽しい時間だった。


 あとは、二人で手作り絵本も作ってみた。


 文章は二人で考えた。

 そして――僕が描いた絶望的に歪な動物たちの周りに、セレーナ嬢が可愛らしいお花や森の背景を描き足してくれた、世界に一つだけの不格好な絵本が完成したのだ。


 それを、最近は彼女と一緒に行くようになった孤児院へと持ち込み、子供たちに向けて読み聞かせをしてみた。


 僕らの絵本を見た子供たちは、


「セレーナお姉ちゃん絵じょうずー! 可愛い!」

「アラン兄ちゃん、絵へたっぴー! この犬、足が一本多いよ!」


 と遠慮なく笑い転げた。


 けれど、すぐに、


「でもね、俺この変なクマさん好き!」

「わたしも!」


 と大はしゃぎで絵本を取り合ってくれたのだ。


『よかったですね、アラン様』


 声には出さなくても、そう口の動きで伝えてふわりと笑う彼女と一緒に、子供たちに囲まれて、僕たちは心の底から、一緒に声を上げて笑っていた。


 セレーナ嬢の笑顔はやっぱり目が眩むほどきらきらしていて、綺麗だった。

 飾らないこの温かな景色を、彼女のすぐ隣という特等席で、これから先もずっと見つめていたいと心から思えた。


 だけど……僕は彼女にまだ、想いを伝える気はない。

 いや、正しくは『まだ伝えないでおこう』と決めている。


 一つは、このゆっくりと、少しずつ歩み寄っていく穏やかな関係を、焦らずにもう少しだけ大切に育てていきたいから。


 そしてもう一つの理由は――『ありのままの僕』として胸を張って彼女の隣に立つためには、まだ足りないものがあると思ったからだ。


 僕の中にはまだ一つだけ、小さなわだかまりが残っていた。



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