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中身が空っぽな公爵子息の初恋  作者: 春樹凜


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14/18

14.欠片



 恋心を自覚してからというもの、僕は自分でも持て余すほど不安定になっていた。

 そのせいで生徒会の仕事を必要以上に抱え込み、彼女を避けていた。


 なのに姿を見かけると、つい目で追ってしまう。


 この間なんて、図書室で偶然彼女に会った時、とっさにいつもの本音を隠すような作り笑いをしてしまった。


 彼女を悲しませたことも、最近の彼女が元気をなくしていたことも分かっていたのに、僕は自分のことばかりだった。


 今度会った時は、動揺しないように、セレーナ嬢を悲しませないようにちゃんとしないと。

 そう、心に誓った。


 だけどある日、教室を出ようとしたところで、友人たちに呼び止められた。


「なあ、お前、最近ちょっと無理してないか?」

「……そうかな」


 似たようなことを、セレーナ嬢にも言われたけど。

 普段通りに振る舞っているつもりなのに、もしかしたらそうじゃないのかな。


 曖昧に笑って誤魔化そうとしたけれど、友人たちは納得していないようにこちらをじっと見てくる。


「いや本当に、お前あからさまに様子おかしいからな」

「生徒会の仕事も抱え込みすぎだし、顔色もよくないよ」

「ああ。ちゃんと寝てるのか」

「大丈夫だよ。ただ、少し考え事が多いだけだから」


 そう答えると、友人たちは何か言いたげに顔を見合わせたけど、それ以上は何も言わなかった。


 ただ、


「……何かあったら、話くらいは聞くからな」


 とだけ言ってくれた。


 その言葉に胸の奥がわずかに痛む。


 けれど僕には、作り物ではない自分を、今さら彼らに見せる勇気なんてなかった。


 だけど、次に会う時、彼女にだけはもうあんな作り笑いを向けたくない。


 そう思って歩みを進めたその途中、廊下の開け放たれた窓から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「最近、クライム様に――近づいて――!?」


 それは冷たくヒステリックな声だった。

 あれは確か……レイトニア嬢のものだ。

 

 加えて、途切れ途切れに聞こえた台詞の中に自分の名前があったことで、僕は思わず足を止める。


「クライム様は優しすぎる――、あなたみたいな声も――可哀想な子を無下にお断りできない――」

「いつもヘラヘラ――皆にちやほやされて。そのうえ、クライム様までたぶらかす――随分といいご身分ね!」


 聞こえてきたのはやはりレイトニア嬢の声だった。

 それから、彼女とよく一緒に行動している取り巻きの令嬢数人のもの。


「クライム様が足繁く図書室の――聞いて見張ってみれば……まさか、こんな小汚いノートを――本当に浅ましいわ!」


 レイトニア嬢の言葉に、僕はすぐさま状況を把握した。


 僕が図書室でノートをやり取りしている相手なんて、一人しかいない――。


 嫌な予感に心臓が大きく跳ね、僕はたまらず駆け出した。


 中庭の奥へ向かって走る僕の耳に、背筋がひやりとするような、残酷な声が届く。


「……あの時、あなたの声がヒキガエルみたいだって教えてあげたでしょう? 己の醜さを、図々しくもまだ分かっていなかったの?」


 その声と共に。


 ビリビリッ!  という、何かが無残に引き裂かれる音が、中庭に響き渡った。


「っ……!!」


 急いでアーチを抜けた先にあった光景に、僕は息を呑んだ。


 そこには、レイトニア嬢たちに取り囲まれ、青ざめた顔で震えるセレーナ嬢の姿があった。


 その周囲には、レイトニア嬢の手によって引き裂かれたらしいノートの残骸が、風に乗ってひらひらと雪のように舞い散っている。


 僕は思わず手を伸ばし、空中で一枚の欠片を掴んだ。


 そこには、不器用な僕が描いた歪な動物の絵の横に、彼女が優しく描き足してくれた、可愛らしい花のイラストがあった。


 名前を呼ぶことさえできないほど胸が詰まり、僕は舞い散る紙片の中を真っ直ぐに突き進み、地面に崩れ落ちそうになっているセレーナ嬢の元へ駆け寄った。


「あ、え、クライム様!? ち、違うのです、これは彼女が勝手に……クライム様を困らせようと……っ」


 レイトニア嬢が青ざめた顔で、見え透いた言い訳を並べながらすり寄ってくる。

 けれど僕の目には、震えるセレーナ嬢の姿しか映っていなかった。


「大丈夫!?」


 僕がセレーナ嬢の肩に触れようとすると、レイトニア嬢がさらに甲高い声で何かを言い募ってきた。


 だから僕は振り向きもせず、一言だけ言った。


「少し黙ってくれないか」


 一切の感情を排した、自分でも驚くほど冷たく低い声が出た。


 それだけで彼女たちはひっ、と短い悲鳴を上げて青ざめ、逃げるように足早にその場から立ち去っていった音がした。


 静かになった中庭で、セレーナ嬢は呆然とした顔で僕を見つめ返す。


 そして、ふらつく手でカバンからメモ帳を取り出すと、震えるペン先で必死に文字を書き殴った。


『ごめんなさい。せっかくアラン様が始めようって言ってくれたノート、破かれちゃいました』


 いつもは綺麗で丁寧な彼女の文字が、ひどく乱れている。


 彼女はメモを見せた直後、泣きそうな顔のまま、床に散らばった紙片を拾い集めるために這いつくばった。


「君が謝ることじゃない。だから 謝らないで……っ」


 大切な宝物を壊されたようなショックと、彼女への申し訳なさで胸が張り裂けそうになりながら、僕も彼女と一緒に冷たい土の上で黙々と紙片を拾い集めた。


 何とか目の前に見える範囲のものは拾い集めたけれど、レイトニア嬢が苛立ち紛れに千切ったせいで紙片は、中庭に吹く風に煽られてしまったため、本当に全部あるのかは分からなかった。


 少しでも手からこぼれ落ちないように、集めた小さな紙片の束を両手で大切に包み込むように持つセレーナ嬢。


 その両手を見つめながら、彼女の大きな瞳から、ついにポロリと大粒の涙がこぼれ落ちる。


 僕はあんなにも彼女にたくさんの言葉をもらったのに。


 不甲斐ない僕は彼女を慰めることもできず、唇を噛み締めて、ただその小さな肩にそっと手を添えることしかできなかった。



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