14.欠片
恋心を自覚してからというもの、僕は自分でも持て余すほど不安定になっていた。
そのせいで生徒会の仕事を必要以上に抱え込み、彼女を避けていた。
なのに姿を見かけると、つい目で追ってしまう。
この間なんて、図書室で偶然彼女に会った時、とっさにいつもの本音を隠すような作り笑いをしてしまった。
彼女を悲しませたことも、最近の彼女が元気をなくしていたことも分かっていたのに、僕は自分のことばかりだった。
今度会った時は、動揺しないように、セレーナ嬢を悲しませないようにちゃんとしないと。
そう、心に誓った。
だけどある日、教室を出ようとしたところで、友人たちに呼び止められた。
「なあ、お前、最近ちょっと無理してないか?」
「……そうかな」
似たようなことを、セレーナ嬢にも言われたけど。
普段通りに振る舞っているつもりなのに、もしかしたらそうじゃないのかな。
曖昧に笑って誤魔化そうとしたけれど、友人たちは納得していないようにこちらをじっと見てくる。
「いや本当に、お前あからさまに様子おかしいからな」
「生徒会の仕事も抱え込みすぎだし、顔色もよくないよ」
「ああ。ちゃんと寝てるのか」
「大丈夫だよ。ただ、少し考え事が多いだけだから」
そう答えると、友人たちは何か言いたげに顔を見合わせたけど、それ以上は何も言わなかった。
ただ、
「……何かあったら、話くらいは聞くからな」
とだけ言ってくれた。
その言葉に胸の奥がわずかに痛む。
けれど僕には、作り物ではない自分を、今さら彼らに見せる勇気なんてなかった。
だけど、次に会う時、彼女にだけはもうあんな作り笑いを向けたくない。
そう思って歩みを進めたその途中、廊下の開け放たれた窓から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「最近、クライム様に――近づいて――!?」
それは冷たくヒステリックな声だった。
あれは確か……レイトニア嬢のものだ。
加えて、途切れ途切れに聞こえた台詞の中に自分の名前があったことで、僕は思わず足を止める。
「クライム様は優しすぎる――、あなたみたいな声も――可哀想な子を無下にお断りできない――」
「いつもヘラヘラ――皆にちやほやされて。そのうえ、クライム様までたぶらかす――随分といいご身分ね!」
聞こえてきたのはやはりレイトニア嬢の声だった。
それから、彼女とよく一緒に行動している取り巻きの令嬢数人のもの。
「クライム様が足繁く図書室の――聞いて見張ってみれば……まさか、こんな小汚いノートを――本当に浅ましいわ!」
レイトニア嬢の言葉に、僕はすぐさま状況を把握した。
僕が図書室でノートをやり取りしている相手なんて、一人しかいない――。
嫌な予感に心臓が大きく跳ね、僕はたまらず駆け出した。
中庭の奥へ向かって走る僕の耳に、背筋がひやりとするような、残酷な声が届く。
「……あの時、あなたの声がヒキガエルみたいだって教えてあげたでしょう? 己の醜さを、図々しくもまだ分かっていなかったの?」
その声と共に。
ビリビリッ! という、何かが無残に引き裂かれる音が、中庭に響き渡った。
「っ……!!」
急いでアーチを抜けた先にあった光景に、僕は息を呑んだ。
そこには、レイトニア嬢たちに取り囲まれ、青ざめた顔で震えるセレーナ嬢の姿があった。
その周囲には、レイトニア嬢の手によって引き裂かれたらしいノートの残骸が、風に乗ってひらひらと雪のように舞い散っている。
僕は思わず手を伸ばし、空中で一枚の欠片を掴んだ。
そこには、不器用な僕が描いた歪な動物の絵の横に、彼女が優しく描き足してくれた、可愛らしい花のイラストがあった。
名前を呼ぶことさえできないほど胸が詰まり、僕は舞い散る紙片の中を真っ直ぐに突き進み、地面に崩れ落ちそうになっているセレーナ嬢の元へ駆け寄った。
「あ、え、クライム様!? ち、違うのです、これは彼女が勝手に……クライム様を困らせようと……っ」
レイトニア嬢が青ざめた顔で、見え透いた言い訳を並べながらすり寄ってくる。
けれど僕の目には、震えるセレーナ嬢の姿しか映っていなかった。
「大丈夫!?」
僕がセレーナ嬢の肩に触れようとすると、レイトニア嬢がさらに甲高い声で何かを言い募ってきた。
だから僕は振り向きもせず、一言だけ言った。
「少し黙ってくれないか」
一切の感情を排した、自分でも驚くほど冷たく低い声が出た。
それだけで彼女たちはひっ、と短い悲鳴を上げて青ざめ、逃げるように足早にその場から立ち去っていった音がした。
静かになった中庭で、セレーナ嬢は呆然とした顔で僕を見つめ返す。
そして、ふらつく手でカバンからメモ帳を取り出すと、震えるペン先で必死に文字を書き殴った。
『ごめんなさい。せっかくアラン様が始めようって言ってくれたノート、破かれちゃいました』
いつもは綺麗で丁寧な彼女の文字が、ひどく乱れている。
彼女はメモを見せた直後、泣きそうな顔のまま、床に散らばった紙片を拾い集めるために這いつくばった。
「君が謝ることじゃない。だから 謝らないで……っ」
大切な宝物を壊されたようなショックと、彼女への申し訳なさで胸が張り裂けそうになりながら、僕も彼女と一緒に冷たい土の上で黙々と紙片を拾い集めた。
何とか目の前に見える範囲のものは拾い集めたけれど、レイトニア嬢が苛立ち紛れに千切ったせいで紙片は、中庭に吹く風に煽られてしまったため、本当に全部あるのかは分からなかった。
少しでも手からこぼれ落ちないように、集めた小さな紙片の束を両手で大切に包み込むように持つセレーナ嬢。
その両手を見つめながら、彼女の大きな瞳から、ついにポロリと大粒の涙がこぼれ落ちる。
僕はあんなにも彼女にたくさんの言葉をもらったのに。
不甲斐ない僕は彼女を慰めることもできず、唇を噛み締めて、ただその小さな肩にそっと手を添えることしかできなかった。




