12.違和感の正体
その日の夕食の席でのことだ。
長いダイニングテーブルで向かい合って座る両親から、ふと予期せぬ話題を振られた。
「アラン。最近、なんだか雰囲気が変わったな。エミリーからも聞いたが、お前に素敵な本を貸してくれる友人がいるそうじゃないか」
父の言葉に、僕はビクッと肩を揺らした。
ふとエミリーに視線を向けると、妹はにこにこと楽しそうに笑っている。
そして父の隣でワイングラスを傾けていた母も、優しく目を細めて微笑んでいた。
「あなたにはまだ決まった婚約者もいないし、もしその人があなたの恋人だというのなら、私たちはちっとも構わないのよ?」
「母さん、違うよ。彼女とはただの……友達、だから」
僕は慌てて否定したけど、その声は自分でも驚くほど自信がなかった。
僕の両親は、この国でも随一の権力を持つ公爵家でありながら、家格や利益を優先する政略結婚を好まない。
それは、父が男爵家の出であった母に一目惚れし、周囲の猛反対を押し切って大恋愛の末に結ばれたという経緯があるからだ。
だからこそ、二人は僕の交友関係や恋愛に口を出すことはない。
「そうか。まあ、お前が心から大切にしたいと思える相手なら、どこの誰であろうと私たちは応援するよ」
父のその包み込むような言葉に胸がじんわりと熱くなるのを感じながら、僕はもう一度、
「ただの友達だよ」
と呟いた。
けれど、その言葉を口にするたびに、図書室で彼女に初めて「友達になりたい」と告げたあの時に感じた違和感が、チクチクと胸の奥を刺した。
夕食を終え、自室に戻った僕は、机の引き出しから大切にしまっていたノートを取り出す。
表紙を開き、彼女と言葉を交わした軌跡を最初のページから辿っていく。
そこには僕の言葉の他に、彼女が綴ってくれたたくさんの言葉と、二人の不格好な絵が並んでいる。
そして文字のインクの滲みや、少しだけはみ出した花の絵を指先でそっとなぞった、その時だった。
頭に浮かんだのは、リンゴを拾っていた彼女と、ノートを胸に抱きしめて嬉しそうに笑ってくれた彼女――その二つの姿だった。
『お兄様、絶対その人のことだーい好きだよね!』
エミリーの言葉が、耳の奥で蘇る。
二つの姿を重ねた途端、あの時『友達』という言葉に覚えた違和感が、今さらのようにはっきりと胸の奥で疼いた。
彼女と友達でいたかったわけじゃない。
そんな言葉では足りないからこそ、僕はずっとあの違和感を見ないふりしていただけだった。
静寂に包まれた部屋の中で、僕は一人、深く息を吐き出した。
これまで名前をつけられなかった感情が、ようやく正しい場所に収まった気がした。
僕に、たくさんの優しくて温かい色を教えてくれた人。
――僕は、セレーナ・ノルベルト嬢に恋をしているんだ。




