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中身が空っぽな公爵子息の初恋  作者: 春樹凜


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11.想い人



 ノートのやり取りが始まってから数週間。

 

 空っぽだった僕は、彼女の世界を知って、言葉を知って、どんどん鮮やかに色づき始めているような気がしていた。


 ある日の放課後、教室を出たところで、少し先の廊下にレイトニア嬢が取り巻きたちと立っているのが見えた。


 彼女は僕に気づくと、すぐにこちらへ歩み寄ってくる。


「クライム様。今度の週末、よろしければ王都に新しくできたサロンへご一緒しませんこと?」


 レイトニア嬢の誘いに、僕はいつものように柔らかな笑みを浮かべて首を横に振った。


「お誘いありがとう。でもあいにく、しばらく週末は予定が詰まっていてね。本当に申し訳ない」

「そうですの……残念ですわ。では、またの機会に」


 僕は丁重に断ってその場を離れたが、その様子を少し離れた場所で見ていた友人たちが、すぐに面白がるような顔でこちらへ寄ってきた。


「おいおい、レイトニア嬢のお誘いをそんなふうに断るなんて。最近のお前、ずいぶんガード堅いじゃん」

「僕たちの誘いにも、前ほど気軽には乗らなくなったよね」

「それでも十回に八回は付き合っているだろう?」

「確かに」


 僕がもっともらしい理屈で返しても、友人たちは顔を見合わせてにやにやするばかりだった。


「……なんか最近のお前、やけにいい顔で笑うようになったよな。もしかして、誰か想い人でもできたのか?」


 その指摘に、僕は思わずピタリと足を止めた。


 想い人――その言葉を聞いて真っ先に頭に浮かんだのは、一生懸命に身振り手振りを交えながら、満面の笑みで僕を見上げる彼女の顔だった。


「……そんなんじゃないよ」


 すると友人たちは待ってましたと言わんばかりに口々に騒ぎ立てる。


 最近のお前は絶対におかしい、やっぱり恋人でもできたんじゃないか――そんな勝手な憶測を次々ぶつけられ、僕はありきたりな言葉で否定するので精一杯だった。


 けれど彼らはますます面白がるばかりで、あれこれと詮索をかわしているうちに、気づけばかなりの時間が過ぎてしまっていた。


「とにかく、僕はもう行くから」

「あっ、おいこらアラン!」


 僕は強引に話を切って背を向けると、ノートが入った鞄の持ち手を無意識にぎゅっと強く握りしめ、足早に家路についた。


 公爵邸に帰宅すると、足音を聞きつけたエミリーがパタパタと廊下を走ってきた。


「お兄様、おかえりなさい! 今日も本、読んでくれるんでしょう?」

「ただいま、エミリー。もちろんいいよ」


 以前、セレーナ嬢に借りた最初の児童書を読み聞かせて以来、エミリーはすっかり彼女が貸してくれる本の大ファンになってしまっていたのだ。


 自室のソファーでエミリーを膝に乗せ、二人で本を開く。


 今回彼女が貸してくれたのは、臆病な小さなうさぎが、仲間のために勇気を出して森の奥へ不思議な花を探しに行く物語だった。


 ページをめくりながら朗読をしていると、挿絵を見つめていたエミリーがふと顔を上げて僕を見た。


「この本を貸してくれるお兄様のお友達って、きっとすごく思いやりのある、素敵な人なのね」

「……え?」

「だって、これを読んでいる時のお兄様、今までで一番優しくてかっこいいお顔をしているもの」


 エミリーはえへへと笑うと、僕の顔をじっと覗き込んできた。


「ねえねえ、お兄様。そのお友達って、本当は女の人なんでしょう?  ふふっ、お兄様、絶対その人のことだーい好きだよね!」


 八歳の妹の無邪気で、あまりにもストレートなおませな指摘に、僕は一瞬呼吸を忘れ、見事に絶句してしまった。


 なぜか図星を突かれたように顔が熱くなるのを感じながら、僕は誤魔化すようにひどく不格好な笑いを浮かべることしかできない。


 どうしてこんなにも動揺したのか、自分でもうまく説明できなかった。



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