009 乗車許可証を求めて大騒ぎらしいですが、私は駅弁を頂きますわ
列車は、久しぶりに街へ停車していた。
雪原の中継街である。白い屋根が並び、煙突から薄い煙が上がり、凍った石畳の上を厚着の人々が行き交っている。雪山ルートの途中にある小さな街のはずなのに、停車した白銀列車の周囲だけ妙に人が多かった。
「なんか増えてません?」
ノアが展望車の窓から外を見ながら呟いた。
「気のせいですわ」
「いや、絶対増えてますって」
窓の外では、商人や旅人たちが白銀列車を遠巻きに見ている。中には毛皮の外套を着た貴族らしき人物までいた。
「本当にあの白銀列車だ……!」
「吹雪の中を無傷で走っていたっていう……」
「見ろ、“神の線路”が残ってるぞ。道が凍ってねえ!」
「王都の軍用列車より速いって、本当だったのか……」
ざわめきは、窓硝子越しでも分かるくらい熱を持っていた。
ノアが引きつった顔になる。
「あー……完全に噂が広がってますね、これ」
「騒がしいですわねぇ」
でも、私は気にしない。
だって今、それどころではありませんもの。
「戻ったぞ」
食堂車の扉が開き、アベルが大量の紙袋を抱えて帰ってきた。肉、野菜、香辛料、焼きたてパン。街の市場で仕入れてきたらしい品々が、次々とテーブルに置かれる。
そして、最後に少し得意げな顔で木箱を出した。
「今日は新作だ」
「まあ!」
木箱の中には、小さな箱が並んでいた。薄い木でできた箱に、綺麗な紙紐がかけられている。包み紙には雪の結晶と白銀列車らしき絵まで描かれていた。
「駅弁ですわ!!」
「駅弁?」
ノアが首を傾げる。
「列車旅には、こういうものが必要なんですのよ」
「列車旅……?」
ノアがなんとも言えない顔になった。
私は気にせず、紙紐を解いて蓋を開けた。ふわりと湯気が立つ。甘辛く煮た肉、ふっくらした卵焼き、香草を混ぜた炊き込みご飯、小さく切られた焼き野菜。彩りまできちんと考えられている。
「……完璧ですわね」
私は早速ひと口食べた。
肉の甘辛い味が、ご飯にしみている。卵焼きは少し甘く、焼き野菜は香ばしい。冷めても美味しいように作ってあるのに、今はまだほんのり温かい。
「~~~~っ」
美味しい。
旅をしている気分が、急に何倍にもなる。
「最高ですわ……」
「持ち運び用だからな。冷めても食えるように味を少し強めにした」
「天才では?」
「知ってる」
アベルが腕を組む。
ちょっと得意げだった。
「冷めても美味しいなんて、働く人に優しい食べ物ですわねぇ」
「……なんか妙に実感こもってません?」
「気のせいですわ」
その時、外がどんどんどんと騒がしくなった。
「開けろ!」
「頼む、金なら払う!」
「乗車許可証を譲ってくれ!」
ノアがぎょっとする。
「えっ、何事ですか!?」
ルークが静かに立ち上がった。
「確認してきます」
「お願いしますわ」
「ええ」
扉が開くと、冷気が一瞬だけ流れ込んだ。外には豪華な毛皮を着た貴族、商人、護衛騎士、そして野次馬たちが詰めかけていた。
「頼む、一晩でいい。乗せてくれ!」
「お前たちが残した“神の線路”を通らせてもらった。道が凍らなかったんだ!」
「吹雪の中で、我々を抜き去っていった奇跡の白銀列車だろう!?」
「王都の凍える旧式列車より、遥かに快適だと聞いたぞ!」
すごい熱気だった。
でも、ルークは一切表情を変えない。
「お断りします」
即答だった。
「なっ……!」
「お嬢様は、お食事を楽しまれています」
外の空気が、一瞬止まった。
「し、食事……?」
「邪魔をするな」
次の瞬間、扉の周囲の空気が冷えた。吹雪の冷気ではない。ルークの声の方がよほど冷たい。
ノアが小声で震える。
「外、大商会クラスの人たちですよ……?」
「関係ありません」
ルークは冷たかった。いつもの十倍くらい冷たい。
「お嬢様の時間を邪魔するなら、誰であろうと通しません」
扉が閉まる。
冷気が完全に遮断された。
「うわぁ……」
ノアが引いていた。
でも、ルークは気にしない。当然みたいな顔で私の後ろへ戻ってくる。
「問題ありません」
「ご苦労さまですわ」
その時、ふわりと駅弁の匂いが広がった。
扉の向こうから、またざわめきが聞こえる。
「な、なんだこの匂い……」
「肉か……?」
「いや、香草とバターも……!」
アベルがぼそっと呟いた。
「あの弁当、匂いが外まで行ってるな」
「飯テロじゃないですか……」
ノアが頭を抱える。
「美味しいですわよ?」
私は駅弁を持ち上げた。薄い木箱の感触が手に軽い。包み紙の模様も可愛い。列車の絵が少し丸くて、妙に愛嬌がある。
「……この包み紙、可愛いですわねぇ」
「そこ!?」
ノアが叫んだ。
「外で貴族たちが半狂乱なんですけど!?」
「でも駅弁は大事ですわ」
「そこですか!?」
扉の向こうでは、まだ騒ぎが続いていた。
「私に売れ!」
「貴様こそ引け!」
「金貨百枚出す!」
くぐもった怒号。揉める足音。護衛たちの制止する声。
それでも、列車の中は暖かい。
私は炊き込みご飯を食べながら、のんびり頷いた。
「人気ですわねぇ」
「完全に他人事ですね……」
「だって、私はもう乗っていますもの」
ノアが遠い目になった。
「その台詞、一番ヘイトを買うやつですよ……」
でも、私は駅弁の卵焼きを食べるのに忙しい。
甘い。ふわふわ。冷めても美味しいように作られているのに、まだ少し温かい。その半端な温度が、逆に旅っぽくて良い。
「……やっぱり、温かいご飯って最高ですわねぇ」
窓の外では、乗車許可を求める怒号が飛び交っていた。
でも、列車の中だけは今日も暖かくて平和だった。
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それでは、明日の12時にまた暖かい車内でお待ちしております!




