[3-27] けじめ
ギルス自身への対処よりも先に、マリルへの対処について聞いて来るというのは、それだけギルスはマリルお事を思っているのだろう。
オリバー達を騙す事によって助かったマリルに対して、オリバー達が何かを要求する事があるのか。
「別にどうもしないよ。ただ、今言ったギルスの話が本当かどうかは聞かせて欲しい」
本当に門の向こうが三百年前の世界だったのか、それはマリルに聞けばはっきりする。ギルスの証言と矛盾がないか、その確認ぐらいはしようとオリバーは思っていた。
「本当にそれだけかい? 彼女を殺すつもりは?」
ギルスとしても、真相が明るみになった時、オリバー達がマリルに危害を加える可能性については考えていたようだ。
「今更それは意味の無い事だ。もう彼女の魂はこっちに来てる。殺したところで過去が元に戻る訳じゃない」
それはオリバーが昨日一日考えてでた結論の一つだ。今さらマリルを殺したところで何も解決しない。
「オリバー君は過去改変には反対なんじゃないのかい?」
過去を変える事が良い事か悪い事か。その答えについてはオリバーの中でもう出ている。
「使い方によるとしか言えないな。結局は魔術だ。リリアが使う炎の魔術や、ヴァネッサが使う治癒の魔術の恩恵は得ているのに、過去を変える魔術だけ反対っていうのは何かおかしい気がする。とはいっても使った結果、俺にとって何か良くない事が起きるって言うならそれは反対するけど、それで誰かが助かるっていうなら、止める必要は無いんじゃないかな」
それは昨日ヴァネッサと話した結果至った結論であった。過去を変えるといえば大袈裟に聞こえるかもしれないが、結局は魔術の一種に過ぎない。他の魔術は許容し、過去を変える魔術だけ禁止というのは、どこか腑に落ちない。
それならば魔術そのものは許容する事にし、魔術を使った結果によって、術者にその責任を取らせればよいのではないか。
「過去を変える魔術を使う事には反対しないのかい?」
オリバーの考え方が意外だったのか、ギルスが似たような質問を聞き返してくる。
「悪魔憑きの俺がそれを言っても仕方がないさ。ただ、魔術を使った結果何が起きたのかは確かめようと思ってる。だからマリルが目を覚ましたらマリルとは話がしたい。」
行動よりも結果で判断する。それがオリバーの至った結論だった。
「なるほど」
オリバーが過去を変える魔術を使用する事自体を反対しない理由を聞いたギルスは、オリバーの理屈に納得しているようであった。
「俺達以外の協力者を探す手は無かったのか?」
嘘を付いてまで協力させた上で、真実が露見した時の報復を恐れるのであれば、最初からギルスの考えに賛同するような協力者を選ぶことはできなかったのだろうか。
「僕はエルフの里を追放されたからね。エルフからは協力は得らなかったんだよ。その理由もこの時間接続の魔術だしね」
確かにギルスはエルフの里を追われている。エルフから協力が得られなかったからこそ、オリバー達に協力を求めた。それがギルスの事情のようだ。
「そうだったのか」
ギルス達がエルフの里から追放されたのは聞いていたが、時間接続の魔術が原因というのは初耳であった。
「ああ、ルーベルはホムンクルスの研究で、僕は時間接続の魔術の研究でエルフの里を追われた。エルフの里では、門の魔術を使って過去を変えるのは自然への冒涜だって事になって、それを使える僕は追放になったんだよ。でもルーベルも僕も、里で暮らす事よりもマリルの命を助ける事を優先した」
それでは時間接続の魔術を使う事を理由に、同族のエルフに助力を求めるというのは無理な話だろう。それで人間に助けを求めたという訳だ。
「それで、どうして俺たちのところに来たんだ?」
ギルスと初対面の時、明らかにギルスはオリバー達を探していた。裏を返せば人間なら誰でもいいという訳では無かったという事であり、オリバーとしてはこの際その理由を聞いておきたかった。
「君達はお尋ね者だ。最悪騎士団に駆け込まれる可能性を考えなくて済む。真実を知ったらどういう反応をするかは分からなかったけど、過去改変に賛同する協力者を探しても見つかるかどうかは分からなかったし、それなら目の前にいる魔術の腕の立つお尋ね者に頼んだ方が良いって思ったんだよ」
実際に魔術の支援を行ったのはリリアであったが、リリアはオリバーが処刑場から脱走する際に巨大な火の玉を生成したところを多数の見物人に目撃されており、腕の立つ魔術師が、オリバーの脱走を手引きしたと噂になっていた。ギルスもそれを聞きつけたのだ。
しかしまだ肝心な事を聞いていない。
「俺たちを騙してでもか?」
ギルスがオリバー達の事を騙す事をどう思っていたかだ。
オリバーの皮肉めいた言葉に、ギルスは動揺することなく毅然とした態度でこう返した。
「僕はね、彼女を生き返らせるために、この三百年を生きてきたんだ。このためだったらどんな事でもするって決めてたよ」
里を追放されてでも、自らのフィアンセの命を助けると決め、三百年もの歳月をかけて準備を行ったギルスにとっては、フィアンセの命を助けるためとなれば、オリバー達を騙す事は瑣末な事だったのだろう。
「マリルはこの事を知っていたのか?」
どんな事をするというのは、マリルをも騙すつもりだったというのだろうか。
「いや、僕は彼女も騙したんだよ」
先ほど聞いた海の話。その話から考えれば、マリルからすればギルスが未来から門の魔術を使うという事は知る余地はない。
つまりはギルスはマリルを騙してでも、マリルを助けようとしたという事だ。
「そこまでしてマリルを助けたかったのか?」
相手を騙してでもその命を助ける。その感覚はオリバーには理解できなかった。
「そうだよ。さっきも言っただろう。僕はマリルを助ける事を考えてこの三百年を生きてきたんだ」
ギルスは平然とそう言い切った。三百年と言う時があればそれぐらいの覚悟はできていたのだろう。
「マリルはあとどれぐらいで目覚めるんだ?」
オリバーからすれば、ギルスから聞きたい事は一通り聞いた。あとはマリルから話を聞いてギルスの話に嘘が無いかを確認するだけだ。
「それは僕にも分からないよ。元々彼女は病気で弱っていたからね。新しい体に魂を移し替えたとはいっても、どの程度の時間が必要かは彼女の体力次第だ」
治療が終わった直後には数日と言っていたが、本音は何日かかるか分からないという事だろう。前例の無い治療であれば、予測が出来ないのは無理もない。
「いいさ、俺はマリルが目覚めるまでは待つ」
例え何日待つことになっても、事実関係を確かめるためには、オリバーはマリルに話を聞く必要があると考えていた。
「それで、君はこの後僕をどうするつもりだい?」
そう言ったギルスの声のトーンは少し下がっていた。やはり何かしらの罰や報復がある事を警戒しているのだろう。
「マリルから話を聞くのが先だ」
何はともあれ、マリルからも話を聞き、ギルスの話との整合性を確認する。それをしない事には先に進めない。
「僕の話が嘘かもしれないって事かい?」
「一度騙したんだ。疑うのは当然だ」
騙したという実績がある以上、疑ってかかるのは自然な反応だろう。
「僕が言った事が全て事実だとして、僕は君達に過去を変える手伝いをさせた。それについては何も思わないのかい」
「過去を変える事についてはさっき言った通り、過去を変えた事で何か悪い事が起きているならその責任は取ってもらうつもりだ。でも今のところそういった変化は確認できていない。だから過去を変えた事でどうこうするつもりは無い」
それは昨日ヴァネッサと話して、至った結論だった。過去改変を行った事に対して、何かを要求するつもりは無い。
「僕が君達を騙した件については?」
例え騙されたとしても、実際に害があったのだろうか。怪我をした訳でも無く、物を取られた訳でもない。言い換えるならば、誰かが損をした訳ではない。
あとはオリバーの気持ちの問題だ。
それでもギルスは誤解を招く表現を使って、オリバー達が協力する状況を造り出した。それは詐欺と言っても大袈裟ではないだろう。
真実を知った時、オリバーは騙されたという気分になった。それを、損した訳ではないからといって許せるのだろうか。
オリバーがここで許すと言えば全て丸くおさまる。後はただ、オリバーが騙された事に対する代償を求めるかどうか。
「いくらフィアンセを助けるためとはいえ、俺たちを騙したという点については、何か償いをしてもらおうと思ってる」
フィアンセの命が掛かっていたのは分かっている。しかし、それを理由に誰かを騙すという行為が許されるだろうか。
「どうするんだい? 僕を殺すのかい?」
ギルスはいつもの調子でそう言った。。少なくとも死を覚悟していると自分で言っていたが、今からオリバーがギルスを殺す可能性があると、本気で思っているのだろうか。
「殺すつもりは無いよ。そんな事をしてもマリルとルーベルに恨まれるだけだ。それが解決になるとは思えない。でも黙って過去改変の手伝いをさせたっていうのはやっぱり納得できない。だから一つ条件がある」
ヴァネッサにも聞かれた。ギルスを殺すつもりはあるのかと。ギルスが殺意を持って襲い掛かってくるのであれば、応戦する事はあったかもしれない。しかし、戦意のないギルスを一方的に処刑するような事はオリバーはしなくなかった。
それでも騙されたという事に関しては気持ちの整理が必要だと思っていた。
「一発殴らせろ」
この方法が正しいかどうかは分からない。暴力で解決するのは野蛮と言われるかもしれない。かといって騙されたまま許せるかと言われれば、オリバーはそこまで寛容ではない。なにかしら怒りをぶつける方法が必要だった。
その言葉に、ギルスは少し驚いたように目を見開き、しばし沈黙するが、そう間を置かずに言葉を返す。
「それでいいのかい?」
殺される覚悟をしていただけあり、一発殴るだけでいいと言うのは、ギルスにとっては拒否するほどの事ではないようだ。
「俺も昨日、ミランダが死にそうになった時、死んで欲しくないと思った。だから、自分の近しい相手を助けたいと言う気持ちは否定しない。それが周りから否定されるような方法だったとしても、俺自身が悪魔憑きとしてお尋ね者になっている以上は、方法が間違ってるなんて言ったりしない」
フィアンセの命を助ける。それを否定する者はいないだろう。それでも、方法が間違っているとしたら、その方法で被害者が出るとしたら、それには償いを求めるべきだ。オリバーはそう考えた。
「まあ、悪いとは思っていたけどね」
ギルスとしても騙す事に対する罪悪感はあったようだ。
「でもギルスが、俺を騙したという事については、別の話だ。このまま許すつもりは無い。このまま何もせずに元の関係に戻るっていうのは無理だ。ケジメを付けてもらいたい」
過去改変という方法について償いを求めるつもりは無いが、嘘をついたという点については償いをしてほしい。だからと言って命を取るのは大袈裟であり、手打ちの方法としては一回殴るというのが妥当ではないかという結論に至った。
「それで済むなら安いものだよ。その代わりマリルとルーベルには手出しをしないでくれるかい?」
ギルスとしては、マリルとルーベルの事は巻き込んでしまったと思っているのだろうか。
「ああ」
オリバーとしても、約束をした相手はギルスであって、他の二人は約束を交わしたわけではない。よって二人にまで罪を償わせようとは思わなかった。
「じゃあ、早く済ませてくれるかい?」
オリバーの了承を聞くと、ギルスはオリバーの近く移動した。
「そうしよう」
ギルスが覚悟を決めていたように、オリバーももう心を決めていた。これはケジメとして必要な行為だ。オリバーは躊躇う事無く近くまで移動してきたギルスに向かって殴りかかる。
オリバーの握りこぶしが、腰の捻りを加えた全力の右ストレートがギルスに迫る。ギル手加減の無い全力の殴打であった。
ギルスはその顔にオリバーの右の握りこぶしを受けて、その勢いで床にたおれこんだ。殴り飛ばされたと言っても良いだろう。
ギルスが床に倒れてしばらく、部屋の中を奇妙な静寂がつつんだが、最初に口を開いたのはギルスだった。
「す、少しは手加減はしてくれるかと思ったんだけど」
ギルスが立ち上がりながらそう呟いた。殴った勢いで倒れたとはいえ、ギルスは減らず口を叩く余裕はあるようだ。
「手加減したら、罰にならないだろ」
ケジメとしての意味がある以上は、手加減したらその意味が薄れてしまう。オリバーも手が痛かったのか、殴った手を振りながら答える。
「これで、チャラって事でいいのかい?」
ギルスは殴られた場所を手で抑えながら現金な事を口にする。
「ああ、この後は俺達と行動を共にするんだろ?」
ケジメが済んだ以上は、これ以上ギルスがやった事を蒸し返すつもりはない。それよりも今後の事を話すべきだ。
「まあ、そういう約束だからね。その約束は守るつもりだよ。でもマリルが目覚めるまでは待ってもらうよ」
治療が終われば、ギルスはマリルと共にオリバー達に同行するという約束だった。とはいえまだマリルは目覚めていない。
「それぐらいは待つさ」
オリバーもマリルが病人であることぐらいは分かっている。無理やり起こすつもりは無かった。
「じゃあ、今の内に聞いておくけど、君はこのあとどうするつもりだい? 騎士団からは追われているみたいだけど、ユニオンの一員として、空賊と戦うつもりかい?」
ギルスにはオリバー達がユニオンに所属している事は話していたが、今後どうするか具体的な事については話していなかった。
「そうだ」
以前人間であるガエラとも戦う事になったが、それはオリバーが一時的に預かっている魔剣の使い方を覚える目的もあった。最終的な目標は空賊と戦う事である。
「何のために?」
詳しい経緯については、話せば長くるために割愛しようかとオリバーは考えていたがギルスとしては詳しい話を聞きたいようだ。
既にリリアとヴァネッサが魔族である事は話している。今更隠すような事でも無いだろうと思い、オリバーは自ら事情を説明する。
「空賊は人類を滅ぼそうとしている。だから俺はユニオンと協力して人類を守る」
人間として、人間を滅ぼそうとしている空増と戦う。それに対しオリバーは疑問を持つことは無かったが、ギルスはそれに対して異を唱えた。
「僕はエルフで、エルフの里からは追放されている。僕は個人的な感情からマリルを助けたけど、エルフという種族全体を守るために戦うかと言われたら、多分戦わないよ。オリバー君はお尋ね者として人間社会から追放された立場だと思うけど、それでも人間を守るために戦うのかい?」
追放者が、自らを追放した同族に対して助けの手を伸ばす必要があるのか。それは追放者であるギルスとしては当然の疑問かもしれない。
「そうだな。俺はお尋ね者だから、扱いとしては人類の敵なんだろう。それでも俺にはこの二人がいる」
そう言ってオリバーはリリアとヴァネッサを見る。リリアは少し照れ臭そうにしているが、ヴァネッサは無表情のままであった。
その二人の反応を見ながら、オリバーは言葉を続ける。
「二人とも何度も俺の命を助けてくれた。二人が魔族で、俺が人類を守る事で魔族が助かるっていうなら、俺はこの二人のために空族と戦うよ」
その言葉はギルスだけでなく、ヴァネッサにも向けられた言葉でもあった。昨夜他人のためではなく、自分のために戦うべきだと言ったヴァネッサ。
無表情でオリバーの言葉を聞いていた彼女の心中を、オリバーははかり知る事は出来なかったが、それでも、オリバーは他人を守るために戦うという考えをかえるつもりはな無い。その意思表示をヴァネッサにしておきたかった。
一方のヴァネッサはその言葉を聞いても無表情のままであったが、オリバーの言葉を否定する事もなかった。
●
空賊と戦えば命を落とすかもしれない。命を懸けて戦うというのにはそれなりの理由が居る。
それはオリバーも例外ではない。かつてオリバーは騎士であり、国を守るため、国民を守るために、騎士として様々な物と戦った。
それが今やお尋ね者であり、戦うためにはほかの理由が必要だ。オリバーはその理由にリリアとヴァネッサを選んだ。
共に冒険者として戦う仲間であり、度々オリバーの危機を救った命の恩人。この二人の為に空賊と戦うと決めた。
「まあ、僕もマリルの為に命を懸けたからね。君がこの二人の為に命を懸けるっていうのも否定しないよ」
ギルスがどういうつもりで言ったのかは定かではない。それでも聞き捨てならなかったのか、ヴァネッサが口を挟んだ。
「わたしはにーさんのフィアンセじゃないよ」
オリバーは仲間として、ヴァネッサとリリアの為に命を懸ける覚悟が出来ているという話をしたつもりであった。とはいえギルスの言い回しではそういう意図に取る事も出来てしまうだろう。
「俺はそういうつもりで言ったんじゃない」
念のためオリバーもまた、訂正の言葉を口にする。
「違うのかい?」
本当に分からないのか、分かっていてからかっているのか、その真意は不明だが、ギルスはオリバーのいう事がよく分からないといった反応を示した。
一方のリリアは何も言わず、目を泳がせている。やがて彼女はヴァネッサの方を見るとヴァネッサは無言で頷いた。
さらにヴァネッサは持っていた杖の先端に取り付けられている十字架に右手を掛ける。ヴァネッサが持っている杖は仕込み杖であり、先端の十字は仕込み杖を引き抜く際の固定機構である。そこに手を掛けるという事は、つまりはヴァネッサが戦闘態勢に入った事を意味している。
「いや、そこまで怒らなくてもいいだろ」
ギルスの言い回しが不快だったのかもしれないが、折角戦わずに話が収まりかけたというのに、このタイミングで力に訴えかける事はやり過ぎではないか。
そんな諫めるようなオリバーの言葉を聞いてもヴァネッサは杖の十字架から右手を離そうとしないそうとしない。
「ねえギルス、マリルってどういう性格なの?」
ここに来て突然リリアがマリルの話を始めたが、その声はどこか冷たく何かを警戒しているようであった、
「一言でいうと温厚かな?」
ギルスは対象的に呑気そうな声でリリアの質問に答える。
「さっきルーベルがマリルは人間を嫌っているっていう話は本当?」
たしかにそんな事を言っていた。あれはその場をごまかすための嘘だったのか本当なのか、マリルが目覚める前にはっきりさせておいた方がいいだろう。
「あの頃は人間や魔族との交流は無かったから、好きとか嫌いとかいう感情は無いと思うよ」
どうやら、あれはルーベルの嘘であったようだ。
「じゃあ、この隠れ家にエルフ以外の種族がいるからって襲ってくる事はないのね?」
言われてみれば、ギルスは初対面の時点で、オリバー達に協力させる意図があったという背景もあり好意的であったが、ルーベルはオリバー達に対して懐疑的であった。マリルには普通に接してもよいのだろうか。
「そんな事しないと思うよ」
最悪の事態として、初対面で戦闘になるという事は無いようだ。ギルスの言葉にオリバーは胸を撫でおろすが、ヴァネッサはギルスの言葉を疑っているのか、右手は十字架を握ったまま話そうとしない。ようやくその意図を察したオリバーは、もうヴァネッサの事を咎めたりはしなかった。
リリアはさらに言葉を続ける。
「マリルが目を覚ましたら、最初になんて言うつもり?」
リリアは既にギルスを見ていない。
「とりあえず、ソウルハンドを使った事を謝るかなあ」
ヴァネッサもオリバーも、ルーベルすらギルスの事を見ていなかった。
「あれは夢ではなかったんですね」
リリアの目線の先に居たエルフが会話に割って入ってきた。
●
オリバーからすれば、姿は見た事はあっても、その声を聴くのは初めてであった。この前治療を行い眠っていたエルフ。
その声にギルスが振り向くとそこには彼が長年追い求めていたフィアンセがそこに立っていた。
「マリル! もう動けるのかい!?」
それは嬉しさと驚きが入り混じった声であった。
「ええ、見ての通り動けます。それよりも私にソウルハンドを使ったというのはどういう事ですか?」
元々空間接続の魔術を使うと言う約束はしていたと聞いていたが、門越しにソウルハンドを使う話はしていなかったという様子だ。
マリルの言う事は、先ほどのギルスの話と整合は取れている。先ほどギルスが言った事に嘘は無かったのだろう。
「気絶する前に何が起きたか覚えているかい?」
ソウルハンドを使って魂を引き抜く事を、気絶と表現するかどうかは、怪しいところだが、オリバーは口を挟まずに動向を見守ることにした。
「ああ、そういえば、あなたが門を繫ぐ魔術を使った後に、ソウルハントを使って私の魂を…」
そこまで言って、マリルは思い出したかの様に、目線を下げて体を見た後に両手で自分の体のあちこちを叩いた。
「痛くない…。この体は…」
マリルは重病だったと聞いている。病気からくる体の痛みが消えていた事を不思議に思ったのだろう。
マリルのその反応をみたギルスは、恐る恐るといった様子でこう言った。
「どこか、体に違和感はないかい?」
見たところ、普通に会話は出来るようだが、マリルは魂を別の体に移植したのだ。マリルが目を覚ましたとはいえ、自身が行った治療が完全に成功したかどうかはまだ疑問だったのだろう。
「特に違和感がありませんが、何かあったのですか?」
当のマリルは何が起きたのか分かっていないようでただ困惑している。
「良かった、成功だ」
そのままギルスはマリルに抱き着いた。
「成功とはどういう事ですか?」
まだ状況が飲み込めないのか、マリルが戸惑いの声を上げる。
「君は助かったんだよ」
ギルスとマリルのやり取りを見ていたオリバーの腕を何者かが掴んだ。目線をむけるとヴァネッサが腕を掴んでこちらを見ていた。目線が合うと、彼女はもう片方の手で出口を指さす。
オリバーがリリアとルーベルに視線を向けると、彼女たちも無言で頷いた。
四人が部屋から出ようとすると、背後から声が聞こえる。
「あの三人は誰ですか?」
マリルからすればオリバー達三人は初対面だ。名前すら知らないのだろう。
「全部話すよ。長い話になるけど」
そう言ったギルスの声は、今にも泣きだしそうな声でこう言った。
「それなら構いませんが、彼らはエルフでは無いように見えますが、大丈夫なのですか?」
どうやらマリルは人間や魔族に対して負の感情を抱いているわけではないが、未知の存在であり初対面で気を許して良いような存在とは思っていないようだ。
「ああ、君を助ける手伝いをしてもらったんだ。安全だ」
その会話を聞きながら、オリバー達四人は正面の入り口から外に出ていた。このまま二人の会話を聞き続けるのも野暮というものだ。
その会話を断ち切るように、オリバーは扉を閉めた。
「一緒に出てきて良かったのか?」
その質問はルーベルに向けたものだ。オリバー、リリア、ヴァネッサの三人はともかく、ルーベルはマリルの姉妹だ。一緒になって出てくる事はなかったのではないかとオリバーは思ったのである。
「ええ、治療は成功したみたいだし、どうせ今までの事を話す流れになるだろうけど、私は聞かなくても知ってるから、居てもしょうがないわ。それよりもあなたたちに聞きたい事があるんだけど」
確かにルーベルからすれば知っている話を聞かされるだけになるだろう。そうであれば今の内に話しておくことがあるという事か。
「何だ?」
外にでたのは良いが特にする事がある訳でもない。とりあえずオリバーはルーベルの話を聞く事にした。
「あなた達はあの魔物を空族と呼んでいたわね」
そもそも空賊という呼称は、魔族が、防衛戦争時に現れた空からの侵略者に対して付けた名称だ。人間ですら空からの侵略者の正体を把握しておらず、魔族と混同しているというのが現状だ。エルフにとっても、空賊という言葉は馴染みが無いのだろう。
「そうだな。あれは普通の魔物じゃない」
そして一般的に魔物と呼ばれるのは、魔界から人間界に侵入した生物を指す。何も知らないというのであれば、まずは魔物と空族は違うという説明からしなければならない。
「知ってる事を教えてもらえるかしら?」
ルーベルには、リリアとヴァネッサが魔族である事は話したが、空賊の話はしていない。果たしてそこまで踏み込んだ話をしても良いのだろうか。
オリバーはリリアとヴァネッサに視線をむける、空賊に関する話は人間よりも魔族の方が詳しい。オリバーは二人からは聞いているものの、エルフに対して話しても良いかどうかはオリバーが決めて良い事ではないと考えていた。
その意図を察したのかリリアが口を開く。
「その前に聞きたいんだけど、あなたは防衛戦争があった時に生きていたの?」
空賊の説明をするには防衛戦争の話は切っても切れない関係にある。ギルスは防衛戦争時には生きていたという話は聞いていたが、ルーベルはどうなのだろうか。
「ええ、生きてたわ」
どうやら生きていたらしい。そういえば、ギルスが門を繫げた三百年前の世界に、既にルーベルは生まれていたという話だった。
「じゃあ空賊が何かは知ってるんじゃないの?」
確かに、空賊が活動していた当時の時代を生きていたのであれば、オリバー達に話を聞かなくとも、既に死っているのではないだろうか。
「私が知っているのは普通の魔物とは違う、人間を滅ぼしかけた勢力ぐらいにしか分からないわ。エルフはあれの正体の調査はしようとしなかったから」
ギルスからも、エルフは外の世界については関心が薄いといった話は聞かされていたが、その通りらしい。
「あなたはエルフの里に戻るの?」
魔族であるリリアとしては、ルーベルがエルフの里に戻るのであれば、あまり余計な事は話したくないのだろう。
「いいえ、私もギルスも追放された身だからね。姉さんの治療が終わったからと言っても、里に戻ることは無いわよ。姉さんは追放された身ではないけれど、里では死んだ扱いだし、今更生きてるって言っても、ギルスが過去改変したのがバレて追放されるのが目に見えてるから戻ろうとはしないと思うわよ」
ギルスが里を追放された理由の一つは過去改変を行おうとしたが、過去改変はエルフの基本理念である自然との調和に反するという事で追放されたと聞いている。そうなると過去改変によって助けられたマリルも同様に追放される事は容易に想像が付く。
「そう、なら今回の戦いの功績に免じて、もう話しましょうか」
リリアとしてももう隠しておく必要は無いと思ったのだろう。確かにこの後共に空賊と戦うのであれば、知っている情報は話しておいた方が良い。
その言葉は、どちらかと言えばルーベルに対してではなく、ヴァネッサに対して同意を求めるような言い方であった。
「そうだね。話しても良いんじゃない?」
もう一人の魔族であるヴァネッサも、事の経緯を説明するのには賛成のようだ。
「何を?」
先を促すルーベルに向かって、答えたのはヴァネッサだった。
「空族とはいずれ大きな戦いが起きる事が想定されてる。だからあたし達は戦いの準備をしてる」
次話は1/6に投稿予定です。




