[3-28] 昔話
そして、ヴァネッサとリリアが、ルーベルに対して、防衛戦争と空賊に対する説明をした。防衛戦争時空賊は撤退しただけで、再度攻めて来るのは時間の問題である事。魔族としては、人類が滅ぶのは望ましく無い事、今となっては人間社会の中に多くの魔族が紛れ込んでいる事等を細かに話した。
話を一通り聞き終わったルーベルはこう言った。
「それなら、私も行くわ」
ルーベルからオリバー達への動向を申し出てきた。
「俺達についてくるのか?」
先ほどの室内のやり取りからして、ルーベルはまだオリバー達を完全には信用していないような態度であったが、どうやら先ほどのオリバーの対応を見て信用に値すると考えを変えたようだ。
「何よ、分かってたでしょ?」
確かに、先ほどの室内のやり取りで、オリバーもこうなる事は何となく想像していた。
「まあ、ここに一人で残る訳にもいかないか」
元々ギルスはオリバー達に同行する約束で、恐らくはマリルも同伴するだろう。さらに空族に場所を特定されているこの場所で、ルーベルが一人残るというのは危険過ぎる気がしていた。
「そうよ。それに空族と戦うっていうなら、ゴーレムの戦闘データを取るのに丁度良いしね」
どうやらルーベルは今後もゴーレムの研究は続けるようだ。確かに戦闘用のゴーレムを作るのであれば、戦う相手が居た方がデータは取りやすいだろう。
「二人はいいのか?」
オリバーとしてはルーベルの動向は拒む理由は無いが、魔族側として、エルフが加入するというのはいいのかどうか。
特にヴァネッサはギルスが同行を約束した時にも難色を示していた。
「いいんじゃないの。この後の事を考えれば、仲間が多くて困ることはないよ」
そんなオリバーの予想はすぐさま考えすぎである事が分かったギルスの時とは違い、反対する様子は全くない。あの時とは違いルーベルの背景が明確にされているからだろうか。
「まあ戦力は多い方がいいんじゃない。でも、団長がどう言うかは別よ」
リリアも何か含みがある言い方ではあるが、反対ではないようだ。
「団長って、ユニオンの団長?」
リリアがユニオン『魔女の隠れ家』の一員であり、オリバーがそこに保護されている立場である事は既に先ほどルーベルに説明済だ。
「そうよ。まあ、空族と戦うメンバーは多い方がいいし、あなたは戦闘能力もあるから拒否しないと思うけど、一応団長には確認させてもらうわよ」
今はオリバーの個人的な要件として、ギルドとは関係のない行動を取っているが、それもアンの許可を得た上での行動だ。
「じゃあ、正式にはその団長の許可を取ってからって事?」
オリバーはユニオンの保護下という立場である以上、アンの許可を取る前に勝手に同行の許可を出す訳にもいかない。
「そうね。マリルの治療が終わったら、一度報告に戻るつもりだったから、その報告と会わせて、あなたが同行する話もしてみるわ」
●
外に出たオリバー達に、ルーベルが今後も同行するという話をしてもまだギルスは隠れ家からは出てこなかった。積もる話もあるだろうという事で、オリバー達から隠れ家の中に入る事はせず、時間つぶしとして、ルーベルに人間社会の話をしていた。国の事、騎士団の事、ギルドの事。それこそ話す事はいくらでもあった。
元々研究者気質なのかルーベルは自分の知らない人間界の事に興味を示した。ギルスが隠れ家から出てきたのは、ギルドの話をしている辺りであった。
「気を使わせてすまないね。今後の話をするからとりあえず全員中に入ってくれるかい?」
そうギルスに言われ、四人は隠れ家に入り、それぞれ適当な椅子に座った。
隠れ家の中には先ほど同様、マリルの姿があった。治療の甲斐があったのか、一目みただけでは彼女がこの前まで重病であった事は分からないだろう。
全員が椅子に座ったところで、ギルスが話を切り出した。
「さて、マリルにはこれまでの経緯を説明した。僕はマリルを助けてくれた恩返しとして、オリバー君達に協力する事になる。マリルも一緒に来てくれるかい?」
そう言ってギルスはマリルを見る。答えは決めていたのかマリルが間を置かずして答えを口にする。
「ええそれは喜んで。というよりも門の魔術が協力条件に出したのであれば、私が拒否するとあなたが困るのではないですか?」
ギルスから事情説明はしていたようだが、マリルはすんなりとオリバー達に同行する事を承諾したが、その一方で鋭い指摘が入った。
「まあ、そうなんだけどね」
言われてみれば、あの魔術は二人一組となって場所を繫ぐ魔術である。ギルスの申し出は協力の見返りとして門の魔術を使うという事であったため、ここでマリルが同行を拒否していたら、その協力が成立しなくなる。
それを分かっていたのか、あるいは分かっていた上でマリルならば確実に同行すると思っていたのかはギルス本人にしか分からない。
ともあれ、今は二人ともオリバー達に同行する事に異議はなさそうなので、オリバーはそれについては深く言及しないことにした。
だが、当のマリルが、ギルスについて厳しい言葉を向ける。
「しかも、そちらの三人を騙すような真似をしたんですね?」
あの顛末を聞いたのだろう。そして、ギルスが言っていた通り、マリルはこの事を事前に何も知らされていなかったようだ。
「そうだね」
ギルスはばつが悪そうに、マリルの言った事を認めた。
「ちゃんと謝罪はしたのですか?」
オリバーはふと思い返す。ケジメとして一発殴ったものの、ギルスの口から謝罪の言葉は聞いていなかったのではないか。
ギルスもそれを思ったのだろう。
「騙すような真似をしてすまなかった」
ギルスはオリバーに向かって深々と頭を下げて謝罪をした。
「ああ、いや、それはもう許すよ。頭を上げてくれ」
先ほどケジメを付けているため、改めて謝られると落ち着かないところがあるが、オリバーとしても謝罪に対する答えを明確に述べた。
「私からも言わせて下さい。ギルスが失礼をしました。」
治療を受けた当事者として、ギルスに謝らせただけでは気が済まなかったのか、今度はマリルまでもが頭を下げてきた。
「いや、それはもう済んだ事なので」
オリバーとしてはマリルを責める気はなかった。治療の結果マリルが助かったのは事実であるが、マリルが今回の計画を立てた訳ではない。どちらかと言えば巻き込まれた方になるだろう。そのマリルから謝られると、ギルスから謝られる以上に気恥しいところがあった。
しかしそれでもマリルの気は収まっていなかったようだ。
「ルーベル、あなたはどうなのです? この体を造ってくれたとは聞きましたが、それはギルスの計画を知っていたのですよね?」
ルーベルは突然話の矛先を向けられ、驚きながらもこう答えた。
「それは、まあ、知ってたわよ」
治療用にマリルの新しい体のホムンクルスを造るのであれば、当然ギルスが魔術を使って過去を変えようとしていた事も知っているだろう。
その答えを聞いたマリルの声が、より一層厳しくなる。
「知っていて、黙っていたのですか?」
どうやらマリルとしてはルーベルもオリバー達を騙したと考えているようだ。
「そうね」
オリバーとしても、先ほどギルスを問い詰めに行こうとした時のやりとりからそうだろうとは思っていた。計画の詳細を知っていなければ、あのタイミングでオリバー達がギルスに会いに行こうとしたのを止めたりはしない。
「あなたは謝ったのですか?」
どうやらマリルはルーベルもまた、ルーベルもオリバー達を騙した以上は、オリバー達に対して謝罪が必要だと考えているようだ。
「私は、ギルスに協力しただけよ」
言い換えるならば、謝る必要は無いと思っているのだろう。
「謝ったのですか?」
ルーベルの反応を見たマリルが、声だけでなく、表情までもがより一層厳しくなった。その迫力に負けたのか、ルーベルがたじろぎながら口を開く。
「……ごめんなさい」
オリバーとしては、直接約束をしたギルスから謝罪の言葉があれば十分だと思っていたのだが、当事者であるマリルが謝った方が良いというのであれば止めはしない。
とはいえ流石に謝らせたままにしておく訳においかなかった。
「あ、いや、もう終わった事なんで…。俺はもう怒ってないですよ。ギルス、大丈夫か?」
ふと、ギルスの顔を見ると、彼の頬を涙が伝っていた。
「どうしたのです?」
それに気が付いたマリルが心配するような声を出す。
「ああ、いや、本当に、マリルは時間軸を移動した実感がまだないのかもしれないけど、僕は君と最後に会ってから三百年経ったんだよ。だから、本当にマリルが戻ってきたんだなって考えたら、なんか自然に」
ギルスが最後に会ってから、今日マリルと再び話すまで三百年という時が流れている。オリバー達と話している間にマリルが目覚めたせいで、マリルが戻ってきたという現実をあまり受け止められていなかったのだろう。
それがマリルと話した事で、ゆっくりと頭が理解し、感激が遅れてやってきて涙として溢れ出たという事か。
「私としては病気の体が、突然健康な体になったという変化には違和感がありましたが、それ以外で異変は感じませんよ。記憶もありますし。三百年の時間を移動したと言われても、私は直前までギルスと会っていたので、時間を移動したという実感はあまりありませんね」
一方のマリルは、本人が時間移動をしたとはいえ、時間移動をする直前にギルスに会っていて、本人の体感では時間軸でもギルスと合ってから一日しか経っていない。
急に病気が治ったという変化はあっても、それ以上の変化は感じられないと言う事だろう。
オリバーからすれば、マリルはギルスやルーベルと比べて特に変わった様子はなく、普通のエルフに見える。記憶があるかどうかは、オリバー自身が過去のマリルを知らないために何とも言えないが、少なくともおかしな様子は見当たらない。
そんな事を思いながらオリバーがマリルの方を見ていたら、ふとマリルと目が合った。
「ギルスから聞きましたが。私が時間移動をしたという事ですが、何かそれを分かりやすく説明する方法はありますか? エルフの里に戻って確認すれば一番確実ですが、どうやら私が里に戻るのは不味いようなので」
マリルとしてはギルス以外の者から、本当に三百年の時間移動をしたと分かるような説明をしてもらいたいようだ。いくらギルスがフィアンセだとはいえ、口で言われただけではとても信じられないのだろう。
エルフの里にはホムンクルスの研究も、時間移動の魔術も禁止されたという話だ。その両方を使って助かったマリルがエルフの里に言ったとしたらタダでは済まないだろう。
そうなると、オリバー達の口から、マリルが本当に三百年の時を移動した事を説明する事になるが、オリバーからすればとても答えにくい質問だ。ギルス本人があれが時間移動と認めたのは事実だが、それは本当かと聞かれても、あの魔術の正体を知るのはギルスのみである。
あの魔術を使った時の状況や、ギルスの証言からして、時間移動の魔術を使った事を、オリバーからマリルに対して証明しようとするのは難しい。
そして先ほどオリバー達が外で待っている間にこれまでの経緯はギルスからも話は聞いているのだろう。それ以上の事を答える事はオリバーにはできなかった。
何よりオリバーはマリルがいた三百年前の世界の事は良く知らない。当時の事を知っていれば三百年前との違いは説明できるかもしれないがオリバーにはそれが出来ない。
どう答えるか迷っていたオリバーの代わりに口を開いたのはヴァネッサだった。
「帽子から空賊の説明はうけた?」
ヴァネッサは空族の話をする事で、三百年の時間移動を説明するつもりのようだ。
「ええ、空から来た魔物のような存在を、あなた達は空賊と呼んでいるそうですね」
帽子という単語がギルスの事を指しているという事は説明し無くても通じるようだ。ギルスから説明を受けていたのだろう。
そして空賊の話も説明はされているようだが、マリルにとってはあまり馴染みの無い言葉のようだ。
「あなたが生きていた時代は、人間と空賊が戦っていた時代でいい?」
そういえば、ギルスもあの門の向こうが三百年前の過去だという話をしていたが、それは防衛戦争が起きていた時期と一致する。
「そうですね。戦いは終わっていませんでした」
その答えにオリバーはハッとする。そしてその言葉はヴァネッサが求めている答えであったようだ。
「あの戦いが終わってから、三百は経ってるよ。嘘だと思うなら、人間の町に行って人間から防衛戦争の話を聞いてみると良い」
防衛戦争の話は殆どの人間が知っていて、三百年前の出来事である事は一般的に知られている。無関係の人間に話を聞くという必要があるが、これならばマリルに本当に三百年の時を超えた事を納得させられるだろう。
「あの戦いは終わったのですか?」
戦時下にいたマリルとしては、あの戦いが終わったことが信じられないらしい。
「終わったっていうよりも、休戦してるって感じかな。一応撃退はしたけど、向こうの本陣を倒した訳じゃ無いから、今は向こうも様子見してるよ。でも、昨日みたいに空賊の勢力との小規模な小競り合いは頻繁に起こってるよ」
空賊との戦いは終わっていない。それは昨日空賊と戦ったオリバーも身に染みて知っている事だ。
「ギルスの話では普通の人間は空賊を認識していないという事ですが」
ある程度ギルスから空賊の話は聞いているようだ。確かにその話だけを聞いていたのだとすると今のヴァネッサの話は混乱するだろう。
「そう、空賊という存在を認識して、戦ってるのは魔族だけ。ここにいるにーさんは人間だけど色々事情があって魔族であるあたし達と共闘してる。それは帽子から聞いた?」
オリバーは人間であるが、魔族と空賊の存在を知っている、それには色々と事情があり、普通の人間は魔族と空賊が存在するとは思っていない。
「ええ、そういえば、そんな話を聞きました」
今の説明で、ようやくマリルは納得がいったようだ。
「だから、普通の人間は三百年前に空から正体不明の魔物が降ってきて、それを人間達が撃退したって事になってて、それを防衛戦争って呼んでる」
ヴァネッサの言う通り、普通の人間であれば、防衛戦争に対する認識はその程度だろう。
「では機会があれば聞いてみましょう」
マリルとしてもギルスが騙している事を疑っているという訳ではなさそうだが、同時に自分が三百年の時を超えた事をすぐさま証明する方法が無い事を残念がっているように見えた。
●
自分が本当に三百年の時を超えたという状況が納得できたのか、マリルは次の話題を振ってきた。
「貴方は魔族だとギルスから聞いていますが、あなたも、あの戦いの経験者ですか?」
マリルの目線の先にはヴァネッサの姿がある。この話を聞くのはヴァネッサしかいないだろう。
「そうだよ。ねーさんとにーさんは年齢的にまだ生まれてないけどね」
オリバー達三人の中で、防衛戦争時に既に生まれていたのはヴァネッサだけだ。
「あなたは、あの戦いに参加しても、発病しなかったのですか?」
どうやらマリルは自分が患った病が、ヴァネッサも発病したのか気になっているようだ。
「しなかったよ」
それが当然のように返すヴァネッサ。しかし今の言葉でオリバーの中に一つの疑問が生まれた。
「病気の原因が防衛戦争なのか?」
今のマリルの言い方は、あたかも戦争が原因で病気になったかのような言い方である。オリバーの知る限り、人間側の記録としてはあの戦争が原因で病気になったという話は聞いたことが無かった。
マリルの病気の正体についてはギルスからは詳しい事は聞いていなかったが、普通の病気ではなく、あの戦争に起因する病気という事なのだろうか。
「断言する事はできませんが、私が病に伏せったのはあの戦争が起きてからです。私以外にも同様の病気になったエルフが居ると聞いていますので、あの戦争が原因だと考えています」
どうやら、オリバーの予想は当たっていたようだ。開戦と発病の時期が同じであり、マリル以外にも同じ病気になったエルフが居るというのであれば、それは戦争が原因である事を疑うのは無理もない。
「戦争で病? 怪我じゃないのか?」
しかし戦争の結果病気になったというのはどういう事か。戦闘に巻き込まれて負傷したと言うのであればまだ理解できるが、戦争が起きた結果病気になったと言うのはオリバーにとっては理解が出来なかった。
「ええ、病です。私はもちろん、エルフはあの戦争に直接関わったわけではありませんが、あの戦争が始まってから、病にかかる者がエルフの中に何人か現れました。私の知る限りその理由は明確にされていません。三百年経った今となっては、里で何か新たな情報を掴んでいるかもしれませんが、里を出たギルスは何も知らないと」
あの戦争の際に、エルフは人間に対して全く干渉してこなかったというのは記録に残っていたため、オリバーでも知っている。だからこそ防衛戦争時のエルフ側の事情については人間側にとってほとんど知られておらず、エルフの中に戦争時に病が流行った話はオリバーにとっては初耳だった。
「それって空賊と戦ったらマズいんじゃないのか?」
今後、オリバー達は空賊と戦う事になる。もしも病となる原因が空賊になるのであれば、完治した病が再発する事になる。
「いえ、それが空賊と接触したエルフが全て発症した訳ではないのです」
言われてみれば、この前ルーベルは空賊と戦ったが平気な顔をしている。空賊と戦えば必ず発症するという訳ではないらしい。
さらにギルスとルーベルは防衛戦争時に既に生まれているがこの二人は発病していない。という事はエルフだから発病するという訳でもないようだ。
「じゃあ、発症者の中に共通点があるのか?」
そうなると特定の条件を満たせば発症するという事になる。
「あの病にかかる前にある場所を訪れました。なのであれが原因ではと個人的に予想しています。とはいっても、私一人に当てはまるだけなので、他の発症者の情報を集めないと、精度の低いただの予想という事になりますが」
マリル一人に当てはまるだけでは、偶然という可能性も捨てきれない。本当に原因を突き止めるならば、もっと多くの患者の情報を集めた方が良いのだが、残念ながらギルスは里を追放されている。他のエルフの情報を集める事は難しいだろう。
「それって、あの山を吹き飛ばされた攻撃があった場所?」
ヴァネッサが再度口を挟む。
「ええ、その通りですが、何か知っているのですか?」
マリルは、ヴァネッサが言い当てた事に驚くと同時に、ヴァネッサが何かを知っていそうな口ぶりに興味を引かれたようだ。
「魔族もね、あの攻撃の正体を掴むために、あの場所に調査に向かった者がいた。そして現場に近づいた者全員に同じ症状がでた。だからあの爆発はただの爆発じゃなく、周囲に毒を撒くような仕掛けがあったんじゃないかって言われてる。それが何かはつきとめられなかったけど」
どうやら発症したのはエルフだけではなく、魔族も同様うだった。
「俺は聞いたことがないが…」
オリバーにとっては初めて聞く話であった。
「にーさんはついこの前まで魔族の事情は大して知らなかったでしょ。それにこの話はアンもしなかった」
言われてみれば、オリバーの知っている魔族の事情は、アンやヴァネッサから聞いた話が情報源であり、さらについ最近しった情報ばかりだ。
ともあれ、魔族も発症したとなればまた新しい疑問が生まれる。
「エルフと魔族だけ発症して、人間は発症しなかったって事か?」
人間側にそのような話が伝わっていないとなると、エルフと魔族を病気にするような特殊な毒であったのではないか。オリバーはそう考えたがその予想は直ぐに否定された。
「人間にも発症者はいたよ」
当時を生きていたヴァネッサの口から、人間にも発症者にはいたと言う話が語られる。
「じゃあ、どうして記録が残ってないんだ?」
三百年前にあった防衛戦争。その話は有名であり、様々な記録が残っているというのに、病気の話は聞いたことが無かった。
その答えは簡単であった。
「病人は悪魔憑きとして処分された。だから病気として認定されなかった」
悪魔憑きとして処刑宣告をうけたオリバーにとっては、それは他人事には思えない事であった。
「どうして病人が悪魔憑き扱いされたんだ?」
病人が悪魔憑き扱いされる理由が、オリバーには分からなかったが、その理由は単純だった。
「病気の原因が分からなかったから、それは病気じゃなく、悪魔に憑かれたという事になった。だからあの戦いで病気になったなんて記録は、人間側には残って無い。探せば防衛戦争時に悪魔憑きが出たって記録は見つかるんじゃない?」
今のオリバーは、マリル達から戦争が原因で病気になったと聞かされている上に、マリルの病気は完治している。それが無かったらどうだろうか。
原因不明の病。それを悪魔の仕業として、患者を悪魔憑き認定する。今のオリバーの立場であれば、それがあり得ないと言う事はできなかった。
「処分っていうのは…」
ヴァネッサは処分と言ったが、病人を処分するというのはどういう意味か。薄々真意は分かっていながらも、オリバーはそれを聞かずにはいられなかった。
「今の悪魔憑きに対する対処と同じだよ」
つまりは、周りの者にうつらない様に、あるいは正気を失って物理的に周りの者に危害を加えない様に、その命を奪ったというのか。
「そこまでするのか?」
オリバーからすれば、生きたままの患者を、罪人と同様に処刑するというのはとても信じられなかった。
「実際そうしたんだよ」
当時を生きていたヴァネッサはそんなオリバーの想いも虚しく、ただ淡々と語る。ここでヴァネッサが嘘を付く必要は無い。恐らくそれが見てきた事実なのだろう。
「それは間違ってる」
それは過去の出来事であり、ヴァネッサに言ったからといってどうにかなることでは無いし、ましてやヴァネッサが悪いわけでもない。それは頭では分かっていても、オリバーはその言葉を飲み込むことができなかった。
「間違いとは言い切れないよ」
だがヴァネッサはそんなオリバーの神経を逆なでするかのように、オリバーの言葉を否定した。
「病人を殺す事が正しいのか?」
ヴァネッサの思わぬ反論に、オリバーはつい感情的に言い返すが、ヴァネッサはただ淡々と説明する。
「原因は分かってないって言ったでしょ。もしかしたら感染力の高い疫病だったのかもしれない。真実が確認できない以上、それは否定できない。人間達は患者を処分して、その結果病気の蔓延は防げた。それは事実であり結果。患者を処分しなかったらどうなっていたかなんて、今更分からないよ。それともギルスに頼んで過去に行ってみる?」
病気の原因が分からない上に、結果的に蔓延を防いだという事実がある以上、三百年前に人間達がとった行動が、間違っていた行為であるとは言うことは出来ない。それがヴァネッサの考え方であった。
そしてそれを間違いだと証明しようとするならば、自ら過去に赴いてそれを証明しようとする必要が出て来る。
「そこまでするつもりはない」
もう過去改変はしないとオリバーからギルスに約束させたのだ。今更過去を見に行く等と言うつもりは無い。
微妙な空気になったところでマリルが話を元に戻す。
「魔族として、あの症状が出た者はあの戦い以降いるのですか?」
マリルとしてもあの病気の正体を知りたいようだ。
「いないよ。それが理由かはわからないけど、あれ以降、あれと同種の爆発を起こす攻撃は無かった。逆に言うと万一なっても治療法が分からないって事だよ」
マリルの質問に対して、ヴァネッサが安心材料と不安材料の二つを立て続けに述べた。
「マリルが治ったって事は、治療法は確立で来たんじゃないの?」
リリアがルーベルに視線を向ける。今のマリルは病気が完治したのだ。それと同じ方法を使えば病気を治せるという事だ。
「姉さんは治ったけど、ホムンクルスを作るには時間が掛かるのよ。発症してからホムンクルスを作っても間に合うかどうかは保証できないわよ」
結果としてマリルは今健康な状態になったのは間違いではない。だがその準備として新しい体となるホムンクルスを事前に用意しなければいけないのもまた事実である。
「どれぐらいかかるんだ?」
「年単位よ。まさか先に作っておけとか言わないわよね。わたしはここに残ってホムンクルスの培養をする気は無いわよ。大体あなたはホムンクルスの使用に反対してなかったかしら?」
「別の命を犠牲にして助かるという方法が、正しいとは思えない、でも俺は、その方法でしか助からないって言われれば、その方法をとってしまう気がする。だから、俺はこの治療が間違ってるって言う事はできないよ。」
治療目的でホムンクルスを作成し、消費する。そのやり方にオリバーは賛同する事はできないが、かといって自分の知り合いが命の危機に瀕したとしたら、さらにホムンクルスを使えば助かるとしたら、オリバーはその方法を選んでしまう気がしていた。
だからこそ、ホムンクルスを使った治療を否定する事も出来なかった。
「ホムンクルスを最初に見た時と反応が違わないかしら?」
オリバーの考えの変化は、昨日ヴァネッサと話して起きた事であり、最初にホムンクルスを見た時と反応が違うというのは当然だろう。
「色々考えたんだよ」
次話は1/13に投稿予定です。




